第24話 影山進
天気は青天、桜が風に吹かれて舞っている。
『第九十回、卒業証書授与式』
「……」
影山進はそう書かれた看板を黙って見つめていた。
手には卒業証書が丸められて入っている筒。
今日、影山とその同級生は高校を卒業し、それぞれの道に進む。
「……ありがとうございました」
影山は一礼すると、校門と逆の方向を向いて歩き出した。
校門を出たところでは卒業生たちが、思い出話やこれからの話に花を咲かせていた。
泣いている生徒もちらほらいる。
そんな中に……見知った人の影。高校生活で深く心に残った人影を見つける。
息を呑むような綺麗なブロンドの髪。
森アリサだった。
「あーもう、ほら恵美子。よしよし」
号泣している友人を、よしよしと背中をさすって慰めていた。
一瞬、二人の目が合う。
「……」
「……」
何を伝えるわけでもなかった。
ただ最後に一瞬だけ、二人は互いを見つめて。
「ほら、写真撮るよ。笑顔笑顔、くしゃくしゃの顔で映りたくないでしょ?」
そうしてまた、お互いの人生に戻って行った。
「……うん」
影山も振り返らずに歩き出す。
すると。
「おい!! 影山!!」
今度は聞き覚えのある声が聞こえてきた。
鬼束である。
「俺に一言も何も言わず帰ろうとするとはいい度胸だな。おいこら、これを見ろ!!」
そう言ってタブレットで出版社の新人賞受賞ページを見せてくる。
それは影山が受賞した新人賞の受賞ページだった。金賞に影山の作品が載っている。
「ここだ、これ、俺の作品!!」
受賞ページのしたの方に他よりも小さい文字で、佳作の作品が載っていた。タイトルから分かる明らかなハーレムモノ、そしてペンネームは『東城悪鬼』。
「俺が佳作で、お前が金賞なのは心底気に食わねえが、これで俺もプロデビューだ。プロにとって大事なのは賞の順位じゃねえ、売り上げだ。必ず売上でてめえを潰す」
そう言って立てた親指を下に向ける鬼束。
「そうか……鬼束くんもデビューか、お互い頑張ろうね」
「うるせえ。てめえは俺のライバルだ、宿敵だ!! 一切頑張らなくていいぞ、そのほうが倒しやすいからな。首洗って待ってろクソが!!」
そう言い残して、ズンズンと歩いて去って行ってしまう。
「パワフルな人だなあ」
そう言って影山は笑う。
そして、影山もゆっくりと歩いて学校から遠ざかっていく。
何度も歩いた通学路。
今日は桜並木が旅立ちの花吹雪を演出していた。
すると、影山の行こうとした先に。
「……やあ、影山」
体格のいい精悍な顔立ちの男、日野がガードレールに寄りかかって手を振ってきた。
□□
「先生のところにはいつ行くの?」
「明日、日本一の漫画家目指すから、ダラダラしてられないし早く漫画の仕事がしたい。実はもう何度かお邪魔しててさ、凄い人だよやっぱり、勉強になる」
影山と日野は並んで桜並木を歩く。
「そういえば知ってるか? 川村の話。難関大本当に受かってさ、先生驚いてたよ」
「そうなんだ」
「あんまり驚かないんだな」
「彼女はやると思ってたよ」
「……あいつとなんかあったのか?」
影山は首を横に振る。
「いや……彼女が自分の本当の姿に気付いた。それだけのことだよ」
「ふーん。まあお前はそう言うけどなあ」
日野は言う。
「影山にはさ……人を変える力があるよ。いい方向に人を変える力。影山自身にも影山の作品にも、そんな力があると思う」
「そうかな?」
「そうさ。現にここにいる、お前に変えられちまった奴がな」
そう言って爽やかに笑う。
曇りのない笑みだった。
「……いい笑顔だね日野君」
「じゃあ、俺帰りこっちだから」
日野はそう言って、横の道を歩き出す。
「影山!! 俺、お前のことライバルだと思ってるからな!! お互い頑張ろうぜ!!」
今度は親指を立てたままサムズアップで、日野はそう言って自分の家に向けて歩いて行った。
「……ライバルが多くて大変だね。燃えてくるよ」
影山はそう呟いて嬉しそうに笑いながら歩く。
真っ直ぐな帰り道、桜並木の並ぶ晴天の空。
ふと、影山は立ち止まり、あの時のことを思い出す。
自分が自分の道を見つけたあの時のこと。
■■
失うことが怖かった。
ただ、それだけを恐れて生きてきた。
影山進が極力誰とも関わらず、何もせずに生きてきたのは、それが理由だった。
とにかく、傷がつくのが怖かった、ダメージを受けるのが怖かった。
肉体的も精神的も。
理由も分からずとにかく猛烈に嫌だった。
だけど同時に、自分の中に常に感じているものがあった。
自分は何かを成すために生まれてきた。
それが何かはわからないが、ただなんとなくそんな確信だけが自分の中にあったのだ。
そんな中、赤信号を飛び出してきた車に跳ねられて、左目の視力を失う。
絶望した。
あれだけ失わないことを考えて生きていたのに。
ちょっとした不運でこうなってしまうのだ。
(ああ、人間なんて簡単に死ぬ。簡単に失ってしまう)
そんな絶望に打ちひしがれて病室で過ごしていると。
「お前、暇そうならこれ貸そっか?」
同じ病室の佐藤太郎という同年代の男が、一冊の本を貸してくれた。
それがライトノベルだった。
そして影山にとっては馴染みのない、可愛らしいアニメ調キャラの表紙を捲って物語を読み始める。
そして、夢中で物語を捲り、その作品のシリーズを丸ごと佐藤から借り一心不乱に読み続けた。
(ああ……これだ……)
影山は確信した。
僕が生まれてきた理由は「これ」だ。
心に火が灯る。
それが炎として燃え盛り、天まで届く大火となってこれまでの枯れた人生を燃やし尽くす。
その瞬間、全てが怖くなくなった。
これまでずっと恐れてきた、他人も失敗も恥も批判も怪我も……死ぬことさえ怖くなくなった。
「ああ……生きてる」
僕は今、産声を上げたのかもしれない。
そして影山進は、その情熱の赴くままに病室の引き出しから紙とペンを取り出して、第一作目となる作品を書き出したのだった。
■■
「……」
あの日から、影山の人生は変わった。
道を定め、決意し、傷つくことを恐れず、失うことを恐れず、進み出してから全てが変わった。
日野は「影山と影山の作品には人をいい方向に変える力がある」と言った。
そうなのだとしたら……自分の決めた道が、そういうものであるなら。
それはとても嬉しいことだな。
とそう思った。
「……行こう」
そうして影山は再び歩き出す。
真っ直ぐに、桜の舞い散る晴天の一本道を。
進もう。
この胸の炎が燃える限り。
全身全霊で、一瞬一瞬を、ただ悔いのないように生きるのだ。
影山進はその後もライトノベル作家「黒森シン」として、まるで本当に自分の全てを燃やし尽くすかの如く作品を書き続けた。
そして本当に全てを燃やし尽くしてしまったかのように……三十八歳の若さでこの世を去る。
彼が最後の年まで書き続けた代表作『閃光のスカイアリア』シリーズ(全四十一巻)は九十カ国以上で翻訳され、今も世界中の人々に読まれ続けている。
ーー
(あとがき)
読了いただきありがとうございます。
よければどのエピソードが良かったなどの感想いただけると、作者として嬉しい気分になります。
影山ラノベ作家目指すってよ 岸馬きらく @kisima-kuranosuke
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