第21話 知人へのインタビュー4

「……その時、彼の作品を読んだ感想ですか? それはもう、感動したのなんのって……ちょうど私も特になりたい自分に向けて頑張っていた時期ですから、テーブルの紙ナプキンが無くなるんじゃなかってくらい泣きましたよ」

 その女性の部屋の本棚には沢山のビジネスパーソン向けの本が並んでいた。

 実際にとある一流商社で活躍する彼女は、その本の教えをただ読むだけではなく実践してきたのだろう。

 しかし、その中で異彩を放つ場所がある。

 本棚の一つのスペースが、そこだけ一人の作者のライトノベル作品で埋まっているのだ。

 そして一番目立つ場所に、古くなった模試の結果用紙の裏に書かれたその作者のサイン。

「ああ、このサインですか? 大切にしてますよ。挫けそうになった時、自分で自分を嫌いになりそうなことをしそうになった時、このサインを見ると彼が語りかけてくれる気がするんです。真っ直ぐにこっちを見て『僕は川村さんが『努力できる』って信じる。川村さんは君の大好きな君になれるよ!!』ってね」

 そう言って彼女は表情を緩める。

 もう二十年以上前のことだが……彼女にとっては昨日のことのような、鮮明で鮮烈な一生残る記憶なのだろう。

「え? それで結局今自分のことが好きか、ですか?」

 そう尋ねると彼女は、待ってましたと口元を吊り上げて。

「もちろん『私は私が大好き』ですよ。一流の商社でしっかりと活躍して、理解のある優しい夫もいて、わんぱくだけど元気な子供にも恵まれて、毎日毎日自分のやるべきことを積み重ねて……私は私を『かっこいい』と思います」

 自信に満ちた笑顔で、そう笑うのだった。

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