第20話 川村鮫子4
「……ぐすん」
「……川村さん、これ着る?」
そう言って影山は自分の制服の上着を脱いでこちらに渡してくる。
「うん……ありがと、ぐすん」
川村は鼻を啜りながら、ボロボロに破けたドレスの上から上着を羽織った。
暖かい。
さっき嗅いだ汗の匂いとは違って、どこか落ち着くような匂いがする。
「あ、店員さん。ドリンクバー一つ。彼女の分」
影山はそう言うと、ホットココアを持ってきてこちらの前に置いてくる。
「今日は奢るよ」
「……ありがと」
もう一度お礼を言ってココアを啜る。
甘い、美味しい、落ち着く……。
ココアを飲み切って体を温めると、心も落ち着いてきた。
「……何があったか聞かないのね」
「教えてくれるなら、作品のネタにはなりそうだなとは思うけどね」
影山は笑ってそう言った。
「……ねえ、影山」
「ん?」
「アンタの言う通りだった……自分自身に向き合うことから逃げて、本当にやるべきことから逃げてたら……もっと自分のことが嫌いになっていく」
精魂尽き果てた今になって、なんというか素直な言葉が出て来る。
「だからさ……本当は……アンタの言うとおりさ『努力』しなくちゃダメなんだと思う。どうしようもない自分から変わるために。教科書ちょっと読んで分からないからって投げ出したりしないでさ。友達がどうとか、親がどうとか、そんな言い訳してないでさ」
そう。
本当は分かっていた、そんな単純な理屈。
「『やるべきことを、脇目も振らずにできるまでやる』。自分で自分のことを好きになれるように……こうして毎日自分の夢に向かって努力してるアンタのように」
今なら分かる。
影山の凄さ。
こいつはブレない。こいつは逃げない。本当にやるべきことから。
自分が迷走して馬鹿みたいに逃げるための行動を繰り返してる間に、ただ黙々と自分の夢を実現するのに必要な「小説を書く」ということをやっているのだ。
「そこまで分かっているなら、やればいいじゃないか。本当にやるべきことを。今からだって遅くない。いや、むしろここまでボロボロになった今だからこそ、始めるのにちょうどいい時のはずだ」
影山はそんなことを言ってくる。
「うん……でも、無理」
「なんで決めつけるんだい?」
影山が聞いてくる。
「無理なものは無理なの」
影山が再度聞いてくる。
「だからなんで?」
「だって自信が無いんだもん!!」
そう。
それが本当の気持ちだった。
「私誰にも期待されたことないもん!! 信じてもらったことないもん!! ずっと言われてきたんだもん「お前バカだな」とか「大丈夫か?」って馬鹿にされたり心配されたことしかない!!」
顔を両手で覆いながら、声を震わせて言う。
「勉強しようとするとさ……聞こえてくるんだよ。そういう風に『お前は無理』だって。すぐにできないって思っちゃうんだもん。どうしても……」
情けない。
あまりにも情けなすぎる理由だった。
でも、だって、仕方ないじゃないか。
ただでさえ不器用なのにただでさえ頭が良くなくて、つまづくことが多いのに。そんな中でずっと周りから「お前が上手くいくことなんか信じてねーよ」って言葉や態度を取られたら、前向きに努力なんかできっこない。
「……ああ、もう、ダサいこと言ってるアタシ。こいつやだ……ほんとかっこ悪い」
自己嫌悪がどこまでも溢れてくる。
いっそ死にたい。
死んで、このクソどうしようもない女を殺してやりたい。
そんな風に思った時。
ぽん、と肩を叩かれた。
顔を上げると、間近に影山の顔があった。
「じゃあ、僕が期待するよ」
影山はそう言った。
「え?」
「川村さん……僕の目を見て」
言われた通りに影山の目を見る。
熱い瞳。
「川村さんはできる。川村さんは努力できる人だ。川村さんは頑張れる」
確信の籠った真っ直ぐな瞳がこちらを見つめながら、そんな言葉を叩きつけてくる。
「何を根拠に……」
そう言いつつも、その言葉が胸の奥に熱く染み渡って行くのを感じる。
「根拠なんかなくても信じるよ。ここでこうして苦しんで悔しがって、本当は自分を変えたいと思っている川村さんを信じる」
そして繰り返す。
「僕は川村さんを信じる!! 川村さんを信じる!!」
何度も何度も繰り返す。
「川村さんを信じる、川村さんを信じる、川村さんを信じる……信じる、信じる、信じる、信じる、信じる……」
そして最後に両手で両肩をグッと掴んで。
「僕は川村さんが『努力できる』って信じる。川村さんは君の大好きな君になれるよ!!」
そう断言した。
「……」
不思議な心地だった。
なんだろう。これは。
なんだろう、この安心感は。
今までまるでぐにゃぐにゃとした液体のような地面に立っていたのが、急にコンクリートで固められた確かな支えを感じる足場に立っている感覚になった気がする。
こんなこと……。
こんなことってあるのだろうか?
ただ、同じ年齢の冴えない見た目の男に「君を信じる」と言われただけで……。
「アンタさ……そんなに言って、アタシが結局頑張れなかったらどうするのよ」
そう聞くと。
「殴っていいよ思いっきり。できれば左側にしてね。万が一右目が失明したらちょっと困る」
笑ってそんなことを言った。
目のことを具体的に心配するあたり、本気で殴られてもいいと思っているんだろう。
「でも、そんなことにはならない」
そして。
「全ての人が信じなくても君自身すら君を信じなくても……僕が君を信じよう」
力強く、そう言った。
「……」
「……」
しばらく、二人の間に沈黙が流れる。
そして……。
「ふふ……」
笑ったのは川村だった。
「あっはははははははははははははは!!」
店中に響くような笑い。
店員や客が一斉にこちらの方を見るが、川村は気にせず笑う。
「……っ、はあ〜」
そしてひとしきり笑った後、立ち上がった。
「……影山」
「何?」
「アタシ、頑張ってみるよ」
「うん」
影山は頷くと言う。
「じゃあ川村さんに。一つだけアドバイス」
影山の声が背後から聞こえる。
「すぐに結果を出そうとしなくていいと思うよ。不器用なら不器用なりに毎日少しづつ進んでいけばいい。僕もそうだった」
ノートパソコンを指差して言う。
「最初はただ気持ちのままに書くだけだった。それだと結果は出なくて……でも色々探したけどスマートですぐに結果を出せる方法なんてなかった。結局、読んで、書いて、どこが悪かったのか勉強して、また書いて、自分の手で自分の頭で一つ一つ物語の基礎を体に染み込ませて行くしかなかった……それでようやく、最近少しづつ分かるようになってきたんだ」
「……うん」
川村は深く頷いてそのアドバイスを心に深く刻んだ。
そして。
「じゃあね。ドリンクバーありがと」
そう言って上着を返すと店の出口に向かって歩いて行く。
と、その前に言う。
「そうだ……アリサの言ってたこと。分かった気がする」
「森さんが?」
「うん。アンタってさ『かっこいい』んだね」
「はは、ようやく気づいてくれたかい?」
「ばーか」
そう言い残して川村は店を出たのだった。
□□
川村は母親の家に戻ってきた。
玄関を開ける。
「ただいまー」
「鮫子ちゃん!?」
ドタドタと、玄関まで小走りで母親がやってくる。
「よかった……心配したのよ……」
あんなことを言って出て行ったのに心配はしてくれる母親。
これはこれでありがたいことなんだと、今ならわかる。
「どうしたのよその格好……何かあったの? お父さんがいない間に、鮫子ちゃんに何かあったら……私どうすればいいか……」
だけどやっぱり、このありもしない元夫への幻想にすがる姿は、どうしても川村の胸をざわつかせる。
でもいい。
それでもいいのだ。
「お母さん」
川村は深々と頭を下げる。
「ごめん……やっぱり卒業まではここに住ませて」
「と、当然じゃない。何言ってるのよ」
「それから、今まで色々文句言ってごめんね。お母さんの人生はお母さんの人生だもんね。あ母さんがアイツが帰ってくる希望に縋っていても、アタシはアタシのやるべきことをすればいいんだもんね」
「鮫子ちゃん……?」
「じゃあ、シャワー浴びるね」
少し呆然とした様子の母親の横を抜けて家に上がる。
シャワーを浴びて、身体中の泥を落とす。擦りむいたところにお湯が沁みた。
そして部屋着に着替えると。
「……よし」
まだ重く疲労が残る中、椅子に座って教科書を開いた。
「……ちぇ、やっぱり分からないか」
さっそく投げ出したくなる。
投げ出して寝てしまいたくなる。
「でも……」
『僕は川村さんが『努力できる』って信じる。川村さんは君の大好きな君になれるよ!!』
さっき言われた影山の言葉が、そんな心を支えてくれる。
「……そうだ。二年の教科書読んでも分からないなら一年の時からやろう」
そう思って収納の奥で埃をかぶっていた一年生の時の教科書を頭から読み直す。
(……さすがにこれは、ちょっとだけ分かる。それでも分かんないところばっかりだけど。あ、ここって次の教科書で問題解く時に使うやつじゃん)
なるほど、こうやって前にやったところを応用していくから、最初の方でつまづくと意味が分からなくなってしまうのか……。
「……あ、それなら」
あることに気がついた。
もしかしたら……それをやればいいのかもしれない。
「えー、マジでやるの……」
正直そのやり方はかなり「かっこ悪い」と思う。少なくとも周囲は笑うだろう。
でも……。
「うん、やる。やるべきことから逃げずに」
□□
翌日。
川村は朝一番に本屋に行き……なんと小学校一年生〜六年生の参考書を買った。
そして髪を短く切り、カラコンを外して手間のかからない黒縁メガネをつける。
「……よし」
そうして家に帰って一年生の頭から問題を解いていく。
そして驚くべきことを発見する。
「うえ……結構間違えてる」
まだ一年生の時はマシだったが、学年が進むと半分以上間違えることもあった。
これは酷い……。
正直頭を抱えたくなる。
……でも。
『すぐに結果を出そうとしなくていいと思うよ。不器用なら不器用なりに毎日少しづつ進んでいけばいい。僕もそうだった』
「やる。アタシは……やる」
そう呟いて動画サイトで、小学生に優しく語りかけるように勉強を教える動画を見ながら、一つ一つ理解していく。
当然、この後中学三年間もやるつもりであり、高校二年までの計十一年間の遅れを取り戻すつもりなのだ。よって学校でも小学校の問題集を持ち込んで空いた時間は勉強する。
クラスの連中は、急に黒髪で黒縁メガネになった川村に驚いたし、田島のグループの人間たちなど口をあんぐりと開けて遠目からこちらを見るだけだった。
そんな他人の目に、心が掻き乱されそうになる。
高校二年にもなって小学生の問題集を解いているなんて、あまりにもダサい。
皆んな内心笑っているだろう。
でも。
(アタシはアタシのやるべきことをやる……そうでしょ? 影山)
ちなみに分数の割り算で分からないところがあり、数学の先生に質問に行ったところ、見た目の変貌と質問に来たことに驚いて椅子からひっくり返っていた。
そして、それを続けた。
何日も、何週間も、何ヶ月も。
すると少しずつ。
本当に少しずつ分からないことが分かるようになっていく。
一つ分かったのは、頭が悪いと思い込んでいたせいで頭を使うことを避けて、頭を使わないのでより悪くなるという悪循環に陥っていたのだということ。
もちろん、結局小学校や中学校の問題にかなり四苦八苦しているのだから、頭がいいわけではないことは変わらないのだろうが……。
だから挫けそうになる時は何度もあった。
というか実際、何度も挫けた。数日投げ出してしまうこともよくあった。
でもその度に、自分の部屋から窓の外を見るのだ。
窓の向こう。ファミレスの窓側の席では今日も影山が小説を書いている。夢に向かって一歩一歩進み続けている。
自分も負けてられない。
あんな努力できるやつに「信じる」と言われたんだ。
「やる……やってやる……やるべきことをできるまで」
そうしてちょっとずつ勉強が習慣になり、そんな風に努力できている自分が……少なくともその部分に関しては好きになってきた。
いい気分だった。
自分のことが好きというのは、こんなにも嬉しいものなのかと思った。
だからもっと頑張る。
もっともっと、自分を好きになれるように。
そうしていると、思いもしなかった変化が起こった。
「はい、川村。頑張ってるから購買の弁当奢るよ」
そう言って田島たちが、昼休みの菓子パンを齧りながら勉強している自分に、話しかけてきたのである。
「俺も少しは見習って勉強しようかな」
「あ、まじ? じゃあウチも宿題しちゃおうかな」
そう言って、田島たちも川村の近くの席に座って勉強を始めた。
「……え? アンタたち。私のこと嫌って……」
「いや、あの映画のことなんだけどさ。原作がライトノベルだって話だからさ。絶対影山の話題になると思ったんだよ。お前、嫌なんだろ影山の話? だから呼ばなかったんだよ」
「そうだったんだ……」
「ウチは、それでも声かけた方がいいって言ったんだけどね〜」
「ああ、ひでえ。俺のだけに責任押し付けんのかよー」
そう言って笑う田島とその彼女。
「しかし、川村お前最近ほんと頑張ってるよな。すげーと思う」
田島はそう言った。
「どっかいい大学とか目指してんの?」
「……うん、なるべくいいところ行きたい」
「すげえじゃん、頑張れー」
「川村が頭良くなったら、アンタが一番アホだねサキ」
「えーまじ? それはちょっとキツイなあ」
そう言って皆んなが笑う。
その後も勉強があるので、前のようにいつも一緒に行動するというわけではなかったが、たまに集まりに参加すると歓迎してくれたし、勉強を応援してくれたりもした。
『自分で自分を心底『かっこいい』と思えていれば、いずれ人はそんな自分を心底『かっこいい』と思ってくれる』
また一つ、影山の言っていた言葉を理解した気がした。
……そうして、一年が経った。
□□
「……よし」
川村はその夜、自分の部屋に届いていた紙を見て小さくガッツポーズをとった。
そして窓の外を見て、いつものアイツがいつもの場所にいることを確認すると、その紙を持って家を出る。
道路を横切ってファミレスへ。
変わらぬ電子音に迎えられ、あの席に向かう。
「……」
影山はやはり書いていた。
変わらず、ずっとノートパソコンに向かい合ってライトノベルを書いていた。
(……ほんとに変わらないな、こいつは)
もう自分たちは三年生。
同級生たちは受験や進路で慌ただしくなっているが、ずっとこうして淡々と小説を書いている。
川村は影山の肩をツンツンと指つつく。
「影山」
「ん? ああ、川村さん。ここで会うのは久しぶりだね」
こちらに気づいた影山が顔を向ける。
「……学校では何度か見かけたけど。こうして改めて見るとほんとに変わったなあ」
こちらの方をジッと見て感心したようにそう言ってくる。
「そりゃ、髪も黒くして短くしたし、メガネにしたし、肌も今は焼いてないしね」
「いや……そっちじゃなくてさ」
影山は首を横に振って言う。
「目が変わった。いい目になった」
そう言って、影山はこちらの目を真っ直ぐに見てきた。
前はその熱い瞳に見られていると、自分自身に後ろめたさを感じてすぐに目を逸らしてしまったが、今は真っ直ぐにその目を見つめることができる。
「なれたんだね……自分を好きに」
「……うん。まだアンタみたいに心底自分を大好きまでは言えないけど」
影山の言葉に川村は頷いた。
一年前では絶対に頷くことができなかった。
「見てよ、これ」
そう言って川村は家から持ってきた紙を見せる。
それは全国模試の結果だった。
結果は上位私立大学にB判定の合格圏内。しかも最難関私立にもC判定と合格ラインに迫っていた。
「どうよ? 凄いでしょ?」
「うん!! 凄いよ!! 最高の逆転劇だね!!」
そう興奮気味に言ってくる影山。
「ふふ……」
と思わず笑みが溢れてしまう。
これだ、これが見たかったから、頑張ったまである。
「うん……うん……」
影山は模試の結果の紙を見て、何度も頷いた。
「川村さん……頑張ったんだなあ……偉いなあ……凄いなあ……」
「……」
そんな風に噛み締めるように自分を賞賛する影山を見た時。
川村はある記憶を思い出した。
幼い記憶。まだあの男……父親が家にいた時のこと。
一度もまともに他人に褒められた記憶が無いと思っていたが、そういえば一度だけ。
父親に頑張って書いた似顔絵を褒められたことがあった。
『おー、よく書いたなー、上手だなー、偉いぞー』
そう言って頭を撫でてもらった。
あの男のことだから、そんなに真剣には言ってなくてそれっぽく娘を褒めただけなのだろう。でも……その記憶は川村にとって、思い返せばどこか暖かい記憶だった。
「……」
「どうしたの川村さん」
「ねえ、今言ってたこと、アタシの頭撫でながらもう一回言って」
「……はい?」
「いいから、お願い……いい成績とった記念だと思って」
「え? まあいいけど」
影山は少し身を乗り出して、自分より少し背の高い川村の頭に手を伸ばす。
そして。
「川村さん、頑張ったね、偉いね、凄いよ」
そう言って頭を優しく撫でたのだ。
その手から伝わる体温が、その力強くて安心する声が、あの日の思い出と重なった。
「……お父さん」
気がつけば、一筋の涙と共にそんな言葉が川村の口から漏れていた。
ひとしきり頭を撫で終わると影山は言う。
「実は僕もさ、川村さんに自慢したいことがあるんだ。見てもらってもいいかい?」
そう言ってノートパソコンであるメールを開く。
出版社からのメールである。
「川村さん頑張ってるだろうなと思って、僕も負けないように頑張ったよ」
そこに書かれていたのは……。
「!?」
『アナタの作品が新人賞の大賞を受賞しました』という編集者のメッセージだった。
「……影山、アンタこれ」
「うん。ちゃんと本物だよ。編集者の人から連絡も来て、公式ページにも僕のペンネームと作品のタイトルが載ってる」
「凄い……」
川村の口から素直にそんな言葉が出てきた。
夢を叶えたのだ。目の前の男は。
皆んなの前で宣言した、最初は笑われ、すぐには叶わなかった夢を。
ずっとずっと、真っ直ぐにやるべきことをやり続けて。
毎日毎日、川村が時々サボってしまった日も休まずに……。
「川村さんも十分凄いと思うけどね」
「そんなことないよ。こっちの方がすごい」
だって大学受験はあくまで「社会で戦うための準備」だから。
もし川村がこのまま難関大に受かったとしても、それは「人よりちょっといい準備ができた」ということにすぎない。
でも影山はもう社会で結果を出したのだ。
出版社の賞を取り、賞金をもらい、これから市場に自分の作品を出して印税を稼いで生きていく。
まだ、頑張って準備をしている自分よりも遥か先に行っている。
「ねえ影山……お願いばっかりして申し訳ないんだけど」
「なんだい?」
「サインしてくんない? その模試の結果の紙に」
「ここにかい? まだサインのデザインとか決まってないんだけど」
「うん。いいよペンネームそのままとかでさ。きっとアンタはすごい作家になるから。そんなやつとここでこうして話したんだって記念にする」
川村がそう言うと、分かった、と言って影山はペンをバッグから取り出して、ペンネームをそのまま模試の結果用紙の裏に書く。
そして最後に「川村鮫子さんへ」の文字。
「ありがと……ふふ」
川村はその紙を大事に胸に抱えた。
「まさか、サインの第一号を川村さんにすることになるなんてなあ。まあでも僕の作品を最初に読んだのは川村さんだし妥当なのかな?」
ああ、そうなんだ。
そう考えると何やら自分が誇らしい気がしてきた。
だからこそ、あの時はまともに読んだとは言い難いので、ちゃんと読みたいと思った。
「……ねえ影山。この受賞した作品っていつ読めるの? いつ発売?」
「もうちょっと先だけど……今あるよ、読む?」
そう言って影山はバッグから紙の束を取り出した。
「文芸部はもう無くなっちゃったけど、皆んなに見せ合いしてた時に使ったやつ」
「読んでもいいの?」
「もちろん!! 感想を聞かせてよ!!」
影山は笑顔でそう言った。
あの時、あんなにライトノベルと影山の作品をバカにした自分に対して。
「……うん、分かった。読ませてもらうね」
そうして、川村は影山の作品を最初から……今度はバカにするためでなく、素直な気持ちで読み始めたのだった。
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