第19話 川村鮫子3

 ファミレスの中に入ると、夜の空気より暖かい空気に包まれて少し安心した。

 いつも窓から見えていた席に向かう。

 そして……やっぱりいた。

 影山はノートパソコンを広げて、この前と同じようにカタカタとキーボードを打っていた。

 飽きずに、いつも変わらず。

「……ねえ影山」

 話しかけるが、やはりカタカタとキーボードを打ち続ける。

 その態度がやはりかんに触った。

 こっちはこんな辛い思いしてるってのに!!

「おい!!」

 そう言ってバシンと背中を叩いた。

「いたっ……あ、川原さんか。またここで会ったね。家近いのかい?」

「ああ、まあそうね」

 もうその家には住む気はないが。

「……ところで、今日はなんの用事なんだい?」

「それはアンタ……」

 と、そこまで言ったところで言葉に詰まった。

 そう言えば、何を言えばいいんだろうか?

 ぶっちゃけたことを言えば、なんとなく心細くなって誰か人が側にいて欲しくなって、気がつけばここにきていたというところだ。

 でも、それをこの男に言うのは死んでも嫌だった。

 なので……。

「と……とにかくアンタ私に謝罪しなさいよ!!」

 ビシッ!! と影山の方を指差してそんな言葉を絞り出したのだった。

「?」

 影山は首を傾げる。

「とにかくと言われても……何がどう悪いのか言ってもらわないと謝罪できないよ」

「アンタのせいでおかしくなったの!! 昔みたいにいじめられないように、私なりになんとかやってきたのに!! アンタにあの日、わけわかんないこと言われて言い負けてからアタシの高校生活はメチャクチャよ!! だから謝んなさいよバカ陰キャ!!」

 自分でも言っていてメチャクチャな理屈だと思う。

 グループからハブられた件はまだしも、勉強がどうにもならないのと、母親のことは影山は全く関係がないのである。

 それでも、そんな風にやりきれない怒りをぶつけるしかなかった。

 というかなぜか、この男にはそう言う気持ちをぶつけてもいいんじゃないかと感じてしまう。

「……」

 しかし影山は、川村の話を聞いて少し驚いた顔をする。

「川村さんは昔いじめられていたのかい?」

「え?」

 一瞬、そんなことないと隠そうかと思った。だが。

「ええそうよ!! メチャクチャきつかったんだから!!」

 勢いに乗って肯定してしまう。

「その話詳しく聞かせてもらってもいいかい? もし本当に失礼なことをしたなら謝罪しなくちゃだからね」

「ええ、いいわ!! そもそアタシは昔から勉強も運動もうまく行かなくて……」


   □□


「……そんなわけで、今アタシは凄い困ってるの。どうしたらいいか分からなくなったの、アンタのせいよ」

 川村は気がつけば色々なことを話してしまった。

 自分の不器用さを自覚したこと、それによって起こった過去のイジメ、それから身を守るために高校デビューしたこと、結局勉強は苦手なままだから留年しかけているということ、そんな中で所属してるグループから弾かれてしまったこと、母親がどうしても許せずに家から飛び出して今に至ること……。

(あれ……やばいかも。影山に学校で言いふらされたりしたら……)

 今更その可能性に気づいて冷や汗を流す。

(でもまあこいつ友達はいなそうだし大丈夫か……てか、そもそも学校これからどうやって行けばいいかわかんねえし……)

「……なるほどね」

 影山は今川村から話されたことを、頭の中で思い返しているように一人でウンウンと頷く。

 それにしても、自分でも信じられないくらい色々なことを話してしまった。その中には自分の「ダサい」部分、誰にも話したことがないような弱い部分も沢山あった。

 いったい、この男はこれを聞いてどんな反応をするんだろうか?

 そして。


「辛かったんだね。川村さん」


 影山はこちらの手をとって、ゆっくりとした口調でそんなことを言ってきたのである。

「え?」

 思わぬ返しに川村はあっけに取られる。

「大変だったね。自分は何も悪いことはしてないのに、人より不器用なだけでいじめられてさ、でも自分にはできることもないし、誰かに頼るために説明するのも苦手だし……我慢することしかできなかったんだよね」

「そ、そう……だよ」

 その通りだ。

 影山の言う通りだった。

 本当に辛かったんだ。

 理不尽で、何もできなくて、誰も助けてくれなくて……。

 毎日自分の部屋で泣いていたくらい辛かった。

「よく頑張ったね……川村さん、よく頑張った……」

 影山の真っ直ぐな目がこちらを見てくる。

 前はその瞳の奥の熱量に気圧されたが今は違う。

 真っ直ぐに真摯に、君は大変だったと、よく頑張ったと労りの気持ちを伝えてくる。

 ジワリ。

 と川村の目から涙が滲んだ。

「うん……そうだよ……アタシ……辛かった、頑張ったんだ……」

「うん、うん」

 頷く影山。

(……もしかしたら。アタシはこいつのことを誤解していたのかもしれない)

 ただの夢しか頭にない頭のイカれた陰キャだと思っていた。

 でも、本当はこんなにも優しくて、思いやりのある人だったのだ。

 握られた、意外にも男の子らしい手から暖かい体温が伝わってくる。

「辛かった……辛かったよ……」

「うん、うん、そうだね……よく我慢したね……」

 影山はそう言って頷くと。


「だから、これからは『努力』して逆転する番だね!!」


 グッ、とこちらの手をさらに力強く握ってそう言った。

「…………は?」

「まるで物語の主人公のようなピンチじゃないか。燃えてくるね、逆転が楽しみだね。ああ、どんな熱いドラマがこれから繰り広げられるんだろうなあ。川村さんの背後霊になって一部始終を見て見たい気分だよ!!」

「ちょ、ちょっと待ってよ!?」

 一人で勝手に盛り上がり始めた影山の手を振り払う。

「急に何言ってんの? 今、アタシのこれまでの苦労を労わる流れだったじゃん!! アタシ不覚にもちょっとあったかくて泣いちゃったんだけど!?」

「その通りだよ川村さん。苦難と時を過ごし、理解者にそれまでの苦悩を打ち明けた……となれば次は『努力』によって逆転する展開だよ!! 物語の基本だ。どん底からの逆転劇の王道だ」

 グッ、と今度は自分の手を握る。

「見える……僕には見えるよ……決意を決めて母親と和解し、学校のカーストのことなんてもう目もくれずに勉強に打ち込んで、進級どころか難関大学に合格する川村鮫子の姿が……川村さんにも見えるでしょ?」

「見えねえよ!! クスリ決めてんのかアンタは!?」

 ホントなんなんだこの男は!!

「てか、さっきも言ったじゃん!! アタシはアタシなりに努力したんだから!! これ以上は無理なのよ!!」

「いや、川村さんは『努力』はしてないよ」

 その言葉にカチンと来る!!

「はあ? アンタもさっきアタシは頑張ったって言ったじゃない!!」

「『頑張る』ということには二種類あるんだよ川村さん」

 影山は指を二本立てる。

「『努力』と『我慢』だ。川村さんがやってきたのは主に『我慢』だよ。『努力』はほとんどしてない。これからさ、これから君は『我慢』をやめて『努力』し、自分のなりたい自分になるんだ。グッドラック」

 そう言ってサムズアップする影山。

「だから無理だって言ってんじゃん!! アタシには無理なの!! もう限界なの!!」

「……」

 影山は「何を言ってるんだ?」という顔をしてこちらを見る。

 なんだ? なんでこっちが信じがたいものを見る目で見られてるんだ?

「つまり、川村さんは一生そのままで『自分の嫌いな自分』のままでいるつもりなのかい?」

「は?」

「だって、これまで『努力』しないから何も変わらなかったんだよね? 何がどう転んでも同じように生きてたらてたら、同じことになるか悪化するだけだよ? そんなことをしたらどんどん自分が嫌いになっていくよ?」

 真顔でそんなこと言ってきた。

「うぜえええええええええええええええええええええええ!!」

 川村はテーブルを叩くと、立ち上がってファミレスを飛び出したのだった。


   □□


「あのクソ陰キャをちょっと見直しかけたアタシが馬鹿だった……」

 ファミレスを出た後、川村は近所の漫画喫茶に入った。

「……こうなったらもう、高校も辞めて一人で生きてやる」

 髪を染めたり肌を焼いたり化粧をしたりと、そのためのお金を稼ぐために多少バイトはしているため、少しの間泊まる程度のお金はある。

(……そうよ。別に高校を卒業することにこだわらなくたっていい。アタシは自分の力で暮らすんだ)

 となれば最初は住むところだろう。

 部屋に備え付けのパソコンでネットを検索した。

 この辺りの家賃はいくらだったか? 確か一人暮らしをしているといっていた近藤が家賃三万くらいのところに住んでいると言っていた。そのくらいなら、今のバイトのシフトを増やしてもらえればなんとか……。

 調べると、確かに安ければ月三万円くらいの家賃の物件はいくつかあった。

「……よし、これなら」

 と、思ったところで。

 検索結果に「一人暮らしにかかる費用は?」というページを見つけた。

 気になって見てみると思いもしなかった、情報に出くわす。


『一人暮らしをスタートする場合、一番費用がかかるのが「入居費用」です。毎月の家賃を払うだけでは賃貸物件は借りることができません』


「……え?」

 初耳であった。

 どうやら敷金礼金や仲介手数料などの他の費用が入居時にはかかるのだ。

 川村はページを戻って目星をつけたた物件の詳細を見ると、確かにそういう項目があった。それはどの物件でも同じで初期費用だけでもう川村の持っているお金では払うことができなかった。

「なんだよそれ!! 詐欺じゃんか!!」

 理不尽を叫んでも状況が変わることはない。

「どうしよう……バイトのシフト増やしてもらっても、増えた分の給料もらえるの再来月だし、そこまでここに住む分のお金なんてない……あー、ヤバい」

 どうする?

 どうすればいい?

 川村は慌てて短期間で高額を稼げるバイトがないか検索した。

 しかし、基本的には普通のバイトは今川村が働いているバイトと同じような時給。そして給料の高い仕事は大学生か大卒以上が必要だったり何かしらの資格が必要だったりした。

「マズイ、マズイ、マズイ……何か……何か……無いの?」

 そう言ってネットを検索すると……。

「……これは!?」

 二十五歳以下の女性限定の日当四万円の仕事。

 しかもその日のうちに支払い。

 仕事内容はどうやら、パーティのサクラらしい。

 若い女性を呼んでパーティに花を添えたいということだった。

 川村は年齢十八歳以上限定で高校生以下は不可だったが、そこは二年誤魔化して名前も偽名にし大学生ということにして、募集ページにDMを送ったのだった。


   □□


 パーティ会場は、隣の県の街から山を少し登ったところにある金を持ってそうな家の屋敷で行われた。

 自分と同じサクラの仕事でやってきた女の子たち数人は、開始前にホールとは違う部屋に通されドレスに着替えた。

 その格好が母親のやってる夜の接客業っぽくてかなり嫌だった……だが、背に腹は変えられない。

 そして、パーティの行われているホールに行くと。

 そこにいたのは、スーツを着込んだいかにも金を持ってそうな中年から壮年の男性たちだった。

 どうやら何かビジネス系のサロンの十周年記念パーティということで、皆盛り上がっていた。

「皆さんは、とにかく声をかけられたた愛想よく笑って、手渡されたドリンクは飲むようにお願いします」と、顔に傷の入ったスキンヘッドの男に事前に言われた。

 なので川村はその通りに、男たちの相手をする。

 と言っても、本来はコミュ障なところもあり、緊張で全く会話を盛り上げることも愛想よく笑うこともできなかった。

 というかさっきから、皆言葉使いこそ紳士的だが、どうにもドレスの間から見える自分の谷間や太ももや尻に舐め回すような視線を向けているような気がしてならない。

(……でも、我慢。今晩我慢すれば四万円が)

「そこのお嬢さん。少し私とお話しませんか?」

 そう言って声をかけてきたのは、五十代くらいの太った男。

 手には炭酸の泡が浮かぶワインを持っていた。

「あの……すいません。さっきからお酒はお断りしていて……」

「お嬢さん、こちらをどうぞ。ぶどうジュースです」

 すると横から現れたボーイが見た目はほぼ同じのジュースを持ってきた。

「おお君、気が利くね」

 そう言って男はボーイのポケットに、数枚のお札を押し込んだ。

 一瞬二人の目が合い、男の目がギラリと怪しく光った気がしたが気のせいだろうか?

「では……素敵なお嬢さんに乾杯」

「……乾杯」

 グラス同士を当てて、川村はジュースを飲み干す。

(……あ、結構美味しい)

 たぶん、高いものなんだろうなと、思いゆっくりと味わって飲み干すと。

「……あれ?」

 アルコールの匂いはしなかったはずなのに、意識が遠くなっていく。

 スッと、先ほどドリンクを手渡してくれたボーイが倒れそうになった川村の体を支える。

「では……手筈通りに。二階の個室で」

「ははは、君らの手際には毎回感心するよ」

 ボーイと男のそんな会話が遠くなる意識の中で聞こえた気がした。


  □□


「……ぅぅん」

 頭が重い、体が思ったように動かない。

 川村が意識を取り戻して薄目を開けると、知らない天井だった。

(……ここ、どこ?)

「いやあしかし。今まで色んな女を抱いたから分かるぞお。これは十八なんて言ってるが、本当は十六歳くらいだ。いやはこの年齢の女を抱くのは久しぶりだねえ。乳も大きいし、いかにも馬鹿っぽい見た目、実に私の好みだ……いい掘り出し物だよ」

 先ほどの五十代の男の声がする。

 そして、体にズシンと男の体重がのしかかった。

(……ひっ!!)

 鼻を直撃する不快なタバコと酒と男の汗の臭い。

 だが体が上手く動かない。たぶんさっき飲まされたジュースに睡眠薬か何かが入っていたんだろう。

「さーてさて、ご開帳!! おおこれはいいサイズ」

 男はいやらしい手つきで、ドレスの前をはだけさせる。

 怖い、怖い、怖い、怖い。

(いや!! いや!! やめ!!)

 恐怖と嫌悪感で必死で体を動かそうとしたら、どうやら睡眠薬の量が少なかったのか体がある程度は動くようになってきていることに気づいた。

「ではいただきまーす」

 そう言って自分の乳首にかぶりつこうと迫ってくる、黄ばんだ歯の生えた男の口。

「いやあ!!」

 川村は男の股間を思いっきり蹴り上げた。

「うぐっ!!」

 股間を抑えてうずくまる男。

 その間に川村はベッドから起き上がろうとする。

「待て!! このアマ!!」

 ガシッ!! っと服を掴まれ床に転がされる。

「あーくそいてえな……てめえ、殺すぞ?」

 大人の男が怒りを込めて見下ろしてくる。

 怖い。

 誰か助けて……!!

 そう思っていると、ふと、気を失う前の二人の会話を思い出す。


『では……手筈通りに。二階の個室で』

『ははは、君らの手際には毎回感心するよ』


 もう考える前に体が動いた。

 勇気が湧いたというよりは、とにかく目の前の男が怖くてこの場から逃げ出したかった。

 テーブルの上に置いてあった寝ている間に取られていたらしい自分の財布とスマホを手に取ると。

 川村は部屋の大きな窓に思いっきり体当たりして、ガラスを割って外に飛び出した。

 ガシャーン!! という盛大な音が響く。

 当然、話の通り二階から飛び降りたので重力に従い、思いっきり下の庭に体を打ち付ける。

「ぐえっ……ぐう……」

 運動神経が悪いので上手く受け身なんてできるはずもない。

 だが痛みにいつまでも悶えている暇はなかった。

 川村は内臓が口から出てきそうな気持ち悪さに涙目になりながら、半分這いずるように邸から逃げ出す。

 運が良かった。もっと上の階だったり下が石畳だったりしたら、動けなくなっていただろう。

「はあ、はあ、はあ」

 追いつかれて連れ戻されたら何をされるか分からない。

 全然速く走れない自分の運動神経のなさと体力のなさを呪いつつ、恐怖から逃げ出したい一心でとにかく山を降って逃げる。

 転びながら、ところどころ枝や石で擦り切れながら。

「……ははは」

 途中でなぜか笑いが込み上げてきてしまった。

「……なんで、なんでアタシはこんな『ダサい』んだろ」

 痛みだけではない理由で涙が出てくる。

 馬鹿すぎて留年しかけて、友達ともコミュニケーションを失敗して、母親にキレて何も考えずに家を出て、挙げ句の果てにどう考えても怪しいバイトに手を出して、嫌っている母親よりももっと女の体を売り物にするような格好で、ボロボロになって逃げている。

 なんだ。

 なんだこのしょうもない女は……。

「嫌い……こいつ嫌い……この馬鹿でどうしょうもない女……だいっきらい……」

 もはや自分への嫌悪感だけを気力の代わりにして、川村は道を下って行く。

 そしてなんとか山を降りて道に出ると、運よくタクシーが通りかかった。

 川村は当たってでも止めに行く勢いで、タクシーに手を振って止めると。後部座席に乗り込む。

 財布にはバイトで稼いだお金が全額入っている。かなりの距離移動できるだろう。

「あの……お嬢さん。どうされたんですか?」

 どころどころ破けて土と擦りむいた血で汚れたパーティドレスという、珍妙な状態に唖然とする運転手。

「いいから車出して。行き来は……」

 最初警察に行ってと言おうとしたが……。

(ダメそれは……大事になったらアタシが年齢と身分嘘ついて働いたのもバレちゃう!!)

「……」

「あの、お嬢さん。行き来は?」

 ダメだ。もう疲れた。

 頭が回らない。

 でも、どこか言わなきゃ。

 そして、川村の口から出た行き先は……。


   □□


「はい、ありがとうございました」

 目的地につくと時間は真夜中だった。

 川村は財布からタクシー代を出す。

 なんとかバイトで貯めたお金の範囲に収まった。

 川村がタクシーから降りると。

「あの……詳しい事情は聞かないですが……お嬢さん」

 ドライバーは窓からこちらを見て言う。

「あんたはまだ若い。命あっての物種ですよ。あんまり危険なことに首を突っ込まない方がいい」

 そう言い残して去っていった。

「……」

 川村はその言葉を耳にはしたが、全く頭に入ってこなかった。

 頭が完全にショートして何も考えられない。

 そんな中でも、まるで本能に従って家に戻る犬のように、目的地の建物の中に入って行く。

 ……家の近くのファミリーレストラン。

 いつもの気の抜けたピロンピロンという電子音と共に店内に入る。

「いらっしゃませ……ひっ!!」」

 ボロボロで精魂尽き果て、もはや幽鬼のようになっている川村を見て店員がちょっとした悲鳴をあげる。

 そんな店員の反応にも無反応で川村は、その場所に目をやった。

「……いた」

 いつもの席。

 影山だった。

 ゆっくりと痺れてあまり動かない足でそこに向かう。

 影山はいつも通り小説を書いていた。

 真剣に、一心不乱に。

 その姿を見た時。

「ああ……」

 なんとも言えない安心感が、凍り切った心をほぐす。

 川村は影山の体に倒れるようにもたれかかった。

「影山ぁ……」

「え? 川村さん? え? どうしたのそのボロボロのドレス!?」

 さすがの影山もこれには気付いたようで、見たことないくらい驚いていた。

「影山ぁ、影山ぁ……怖かったあ、怖かったよお……」

 ボロボロに泣きながら、川村は影山の体にすがりついたのだった。

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