第15話 鬼束雄二4

 影山を潰してやったとはいえ、自分の方も結果が出ないのでは勝ったことにはならない。

 しかし鬼束は、やはり前回の落選から突破の糸口を掴めなかった。

(……クソ、どこだ、俺の作品に足りない部分は。売れてる作品、ネットで人気の作品のどの要素を取り入れればいい?)

 そんなことを考えるうちに時間は過ぎていく。

 最終的な結論としては「前回の選考は審査員と著しく合わなかったかもしれない」というものだった。なので、もう一作品書いて二作とも選考に出して確率を上げるというやり方をとることにした。

 そして二ヶ月後。公募の一ヶ月前。

 今日は休日を一日使っての、文芸部内での公募作品の読み合いである。

 一ヶ月前のここで作品を読み合って、改善点があれば洗い出し公募に出す前の仕上げをしようという目的である。

 とはいえ、公募に出せる長編を完結させてきたのはいつも通り鬼束と影山のみ……と思ったが今回に関しては、この前の松山の言葉に感化されたのかなんと雉谷も長編を仕上げてきたのである。

「いやあ、初めてだけど、こうして書き切って人に見せるとなると感慨深いね」

 そう言って笑いながら、全員に自分の作品が印刷されたコピー用紙の束を渡す雉谷。

「……というか、僕も参加しちゃっていいの? 最近全く参加してなかったけど」

 そう言ったのは影山である。

 ここ数ヶ月は執筆に集中したいからということで、数回ちょっと顔を出しただけになっていた。

「ははは、いいのいいの。元々そんなガチガチの部活じゃないしさ。ねえ、部長?」

「……ああ、そうだな。早速始めるか」

 ちなみに読む順番はクジで決めてあり、影山→鬼束→雉谷の順番である。

「じゃあ、まず影山の作品からだな」

「みんなよろしくね」

 影山がそう言うと、部員たちは作品を読み出す。

 鬼束も影山の作品が印刷された紙を手に取る。

(しかし、影山のやつあれだけ迷わせるアドバイスされておいて、ちゃんと仕上げてきたか……)

 まあ、内容がどうなってるかは見ものである。

 そして影山の新作を読み始めてすぐ……鬼束は目を見開いた。

(なんだこりゃ)

 面白い……文句なしに面白い。

 メチャクチャだけど見どころがあるとか、そう言うのではなくちゃんと読めてしっかり面白いのだ。

 熱いキャラたちの生き様、力強い一言一言のセリフと地の文、そしてそれを盛り上げる舞台設定。全てが様になっていた。

 物語の基礎、ライトノベルの基礎をしっかりと抑えつつ、影山進という男らしい強烈なオリジナリティに溢れている。

 引き込まれる、読んでいて胸が熱くなる。

 他の部員たちも食い入るように影山の作品を読んでいた。

「影山くん……ぐすん、これ……凄いよ……凄い作品だよ……ずびっ」

 猿楽なんかは、中盤から目を潤ませ最終的には眼鏡をずらして何度も何度も涙を拭いていた。

「ありがとう、猿楽くん」

 嬉しそうにそう言う影山。



『だから……僕は『自分の魂を震わせながら、ちゃんと多くの人にも届くもの』を作るよ』



 かつて影山が言っていたことを思い出す。

(至ってやがる、完全にやつの言っていたレベルにこの作品は到達してやがる……っ!!)

 影山の作中に書かれている主人公の言葉が鬼束の目に入る。



『僕はきっと何者かになるよ。誰になんと言われても、何度無理と言われても、何度失敗しても、諦めた数と同じ数だけ立ち上がればいい。たったそれだけできれば人は誰でも最強の勇者なんだ』



「……っ!!」

 不覚にもその言葉に涙腺が刺激されてしまう。

 一度原稿から目を逸らし、気持ちを立て直してから影山に言う。

「おい影山……」

「ん? なんだい?」

「お前、これこの前聞いたアドバイス全部無視してるじゃねえか。参考にするんじゃなかったのかよ」

 そう。

 影山の作品は鬼束のついた嘘のアドバイスを一切取りれてなかった。

「参考にはしたよ。どれも言われたことのない意見だったから取り入れてみようとしたんだ。でも……」

 影山は自分の作品が書かれた原稿を手にとって言う。

「どれも僕の魂が『そうじゃない』と言った。だから申し訳ないけど作品には反映させなかった」

「三本もアニメ化してて、累計八百万部を超えてる人間のアドバイスを……そんな理由で?」

「当然じゃないか。相手がアニメ作家でも世界的なIT企業の社長でも……なんならもし神様が僕の前に現れて作品についてアドバイスをくれてもさ、僕の魂が『そうじゃない』と言えばそうじゃない。この魂の声こそが僕の信じる唯一にして絶対の道標だよ」

 確信に満ち溢れた目。

 情熱に満ち溢れた真っ直ぐな目。

 純粋でどこまでもどこまでも遠くを見据えるその目は、一切の濁りなく前を向いていた。

「でも、どれが『そうじゃない』かを発見する参考にはなったかな。松山先生に感謝だねそこは」

「……」

 鬼束は完全に言葉を失った。

 そして、時間は経ち。

「もう皆、読み終わってくれたかな?」

 影山が周囲を見回してそう言った。

 頷く部員たち。

「じゃあ、次は鬼束くんの作品だね」

 そう言って影山が鬼束の作品に手を伸ばした時。

「あ、いや、待て」

 鬼束は自分の作品の印刷された紙束を手元に戻した。

「どうしたの部長?」

 雉谷が不思議そうにそう言ってくる。

「あ、えっと……」

 鬼束は視線を泳がせてから言う。

「すまん、ちょっと致命的な設定のミスに気付いてな。あとで修正してから見せることにするわ」

「えー、それくらいならいいじゃん。見せてよ部長」

 そう言って猿楽が原稿に手を伸ばす。

「ダメだ!! やめろ!!」

 思わず大声で叫んでしまった。

 一瞬、シンと静まり返る部室。

 嫌な空気が流れる。

 その時。

「……鬼束くんは完璧主義なんだから、あとで見せて貰えばいいわ」

 唯一の女性部員、犬飼がそう言った。

「うーん、まあそれもそうか。ごめんね部長」

「お、おう。気にするなよ。それより雉谷の作品読もうぜ。どんなの仕上げてきたか楽しみだからよ」

「えー、お手柔らかに頼みますよー部長ー」

 そう言って、雉谷は少し気恥ずかしそにしながら人生初の長編作品を部員たちに渡したのだった。



   □□



(……ダメだ!! この作品じゃダメだ!!)

 鬼束は部活が終わってすぐに、自転車を飛ばして自宅に帰ってパソコンを開いた。

 理由は影山の作品を見てしまったから。

 パソコンの画面に改めて自分の作品を映し読み直す。

(クソ!! どう考えても影山の作品よりレベルが低い!!)

 何を俺は、前回は審査員と相性が悪かったからもう一回同じような作品を書いて二作とも出せば確率が……などとヌルいことを考えていたのだ。

 どう考えても作品のクレードそのものをあげなくてはダメだ。

 だが……どうすればいい?

 考えてみれば今まで研究してきたのは、「いかに売れ筋に合わせるか」や「いかに審査員に受けそうな作品を作るか」ばかりだった。

 作品そのもの面白さの強度を上げるというのは考えてこなかったため、どうすればいいか分からない。

 むしろそんな方法論など存在するのだろうか?

 でも、どうにか……どうにかしなければ……。

「もう一度、分析し直しだ。徹底的に流行りと成功例を分析して要素を取り入れるんだ」



 そうして一ヶ月が経過した。

「できたぞ……描き直し」

 この一ヶ月、ほとんどの時間を分析と執筆に費やし描き直した新作。

 半ば意識が朦朧となりながら書き上げたその作品を、出版社のページから新人賞に投稿する。

「間に合った……なんとか……」

 そう呟きつつも……心は晴れなかった。

 確かに描き直した。描き直しはしたのだが……。

(これ……良くなってるのか……?)

 描き直しの作品は部員たちには見せてない、当然影山にも。

 怖かった。

 見せるのが怖かったのだ。

 だってこれは……どう考えても……。

「クソ!! 何を俺は弱気になってるんだ!!」

 鬼束のそんな声が、深夜の自室に響いたのだった。



   □□



 どれだけ本当は自信がなくても、出してしまった以上は選考は進む。

 そして……。

「影山くん三次選考突破おめでとう!!」

 部室に雉谷の声が響く。

「いやあ、凄いね。このまま受賞しちゃうよきっと。今のうちにサインもらっておこうかな」

 猿楽も嬉しそうに影山の肩を叩いている。

 影山の作品は見事に三次選考を突破した。

 鬼束も突破したことのない三次選考だ。

 これから最終選考で最後のふるいにかけられることになる。

(……だが、あの作品ならどう考えても)

 鬼束は曲がりなりにもほとんどの受賞作を読んでいるから分かる。ここまで来たならあの作品は間違いなく受賞するだろう。それくらい後間一つ抜けて面白いのだ。

 一方。

 鬼束はというと。

(……二作とも、二次審査落ち)

 鬼束は雉谷たちが影山を祝って盛り上がる中、もう何度も見返した選考結果の画面をスマホで眺めていた。

 前よりも結果は後退していた。

 頭の中をグルグルと嫌な思考が回る。

 自分は一生このまま結果が出ないのではないだろうか?

 本当はなんの才能も能力も無い無能なのではないだろうか?

 今影山を賞賛している部員たちから「普段偉そうなこと言ってけど、結局影山に負けたやつ」と今後侮られ続けるのではないか?

 気持ち悪い……吐きそうだ……。

「ありがとう皆、まああとは審査員の人たちに任せるしかないよ」

 影山は素直に喜びつつも、どこか冷静にそう言った。

 そして。

「だから、選考の間に三つ新作を書いてみたんだ」

 そう言ってテーブルに三つの紙の束を並べたのである。

「!?」

 鬼束は驚愕に目を見開いた。

「え? この数ヶ月の間にそんなに!?」

 驚く猿楽。

「うん、この前投稿した作品を書いた時から物語の基礎をようやく掴んでさ。筆が早く進むようになったんだ。やっぱり基礎は大事だね」

「……っ!!」

 ギリッ、と奥歯を噛み締める鬼束。

 その執筆ペースは自分がこの前、投稿作を一ヶ月で死にそうになりながら修正したのと同じペースだった。

 影山のやつは、それを平気な顔でずっと続けている。

 なんだそれは……。

 なんだそれはこの化け物め……。

 なんでお前のようなイカれた奴が俺の前に現れるんだ!!

「ふざけんな!!」

 気がつけば、鬼束は立ち上がってそう叫んでいた。

 部員たちが驚いて鬼束の方を見る。

「なんでお前なんだよ!! お前はただの現実見えてねえ御花畑野郎で、俺より結果出てなくてよ!! お前はただの俺のモチベーションを上げるための道具だ!! そうだろ!? そうだったはずだろ!!」

「ぶ、部長……? 急にどうしたんだよ」

 猿楽が明らかにドン引きしているが、そんなことは耳にも目にも入らない。

「お前は俺より下のはずだろ!! そうじゃなきゃらねえんだよ!! そうだろ影山!!」

 影山はしかし鬼束の剣幕にも一切動じずに言う。

「そうだね。鬼束くんは僕に色々な作品作りの基礎を教えてくれた。僕の師匠みたいな存在さ。実際選考も上の方まで行ってたしね。だからいずれ超えなくてはいけない壁だった」

 そしてスッと立ち上がると鬼束の前に立つ。

 身長も鬼束の方が10cm以上高い、筋肉量も鍛えている鬼束の方が遥かにある。

 だが、その情熱的な瞳に気圧され、鬼束は一歩後ずさる。

 そして影山は。



「ありがとう、鬼束くん。君のおかげで僕はもっと先に進めるよ」



 一点の曇りもない感謝の念を込めて、爽やかにそう言い放った。

 プツン、と鬼束の中で何かが切れた気がした。

「てめえええええええええええええええええええええええ、影山あああああああああああああああああああああ!!」

 怒声と共に拳を振りかぶる。

「お、落ち着いてよ部長」

「鬼束!! 自分が何しようとしてるのか分かってるのか!!」

 男子部員二人がかりで抑えこまれる。

「……」

 唯一の女性部員の犬飼は唖然として黙っていることしかできなかった。



   □□



「……はっ、誰も来なくなっちまったな」

 影山に殴りかかろうとした次の日から数日。

 その間、部員たちは文芸部の部室に来なかった。

 まあ選考結果で追い抜かれたからいきなり殴りかかる奴が部長やってる部なんて、怖くていられないと思うのは当然だろう。

「何より、俺は影山に負けて結果も出せねえ雑魚だからな……俺なら雑魚の下にはついていかねえ……」

 誰もいない部室を見回して一人呟く。

「あー、全部失っちまったな」

 あの三人を集めるのにはかなり苦労したもんだ。

 学校中のラノベに興味ありそうなやつに声をかけて、教師に部の設立を申請して、生徒会の会議でプレゼンして。

 そうして手に入れた部室と部費と部員たちだった。

 部員が四人を切れば部としては成立しない。同好会に格下げされ部費も出ず、この部室も明け渡すことになるだろう。

「ちっ……どれもこれも影山の野郎のせいだ……クソ」

 その時。

 ガシャ、と部室のドアが開いた。

「……!!」

 誰か戻ってきたのか?

 そう思って背もたれから体を起こすが。

「あれ? 今日は鬼束くん一人?」

 現れたのは影山だった。

「……」

 あまりにも普通な様子で入ってくるので、怒りが湧くどころか呆れてしまった。

「お前……よくこの前あんなことがあって平気で来れるな」

「殴りかかってきたことかい? 熱い証拠じゃないか。鬼束くんの向上心を感じるよ。ここはいい部活だね」

「前向き馬鹿が……まあ、来月には廃部だろうがな」

「そうなの? それは残念だね」

 影山はそう言いながら、自分のバッグからラノベを取り出して部室の本棚に戻していく。

 どうやら借りていた本を返しにきたようだった。

「ちなみに聞くけど、お前がここ数日来なかったのは?」

「うん、執筆に集中したかったから」

「またどうせ、一日中書いてたんだろ?」

「そうだね。筆は進むようになったけど、書くスピードそのものが速くなったわけじゃないからさ。そこはたくさん書けてるのはずっと書いてるからだね」

「……チッ」

 鬼束は露骨に舌打ちする。

 やっぱりムカつく野郎だ、と心底思う。

(……だが、俺よりも結果を出しやがった)

 そしておそらくだがこのままデビューをモノにするだろう。

 ちなみに、部室に残っていた影山の新作は三本全部読んだが、全部しっかりと面白かった。新人賞に出せば受賞する確率は高いし、WEBで出せばランキング上位行き、上手くいけば出版社から声がかかることもあるだろう。

 この男は完全に掴んでいるのだ。

 高いレベルの、ちゃんと面白い作品の書き方を。

「……」

 あの松山の言葉を思い出す。



『それから、もし息詰まってるなら彼にアドバイスを聞くといいんじゃないかな?』



 そう言えば……と今までのことを振り返って思う。

 一度も影山からアドバイスを聞いたことはなかった。入った時はこんな基礎もへったくれもない雑魚から聞いてもしょうがないと思っていたし、影山に恐れを感じ始めてからは負けるのが嫌でアドバイスを受けたくなくて避けていた。

 だが……。

 本当に嫌だが。

 この男には嘘も言ったが、基本的には自分の知ってる創作技術はできる限り伝えてきたのだ。

 少しくらいは返してもらわなければ損と言うモノではいだろうか?

 そんな言い訳を心の中ですることで悔しさを多少誤魔化して、鬼束は言う。

「なあ、影山……」

「ん? なんだい?」

「俺の作品に足りないところって……なんだと思う?」

 聞いた。

 聞いてしまった。

 悔しい。

「そうだね……」

 影山は少し考えた後。



「魂(ソウル)だと思うよ」



 たった一言そう言った。

 やはりイラっとくる。こいつは俺をイラつかせる天才だな。

「松山の野郎も同じようなことを言いやがったな。訳のわからねえ抽象論だ……」

「そうかな?」

 影山は机の上に置かれた鬼束の作品が印刷された紙束を手にとって言う。

「例えばだけど、この作品さ。主人公とヒロインの一対一の純愛恋愛モノだ。鬼束くんはこれのどこを面白いと思いながら書いたんだい?」

「面白いも何も、それが今受けてるからだよ。受けてるモノを書くのは当然だろ」

 影山は首を横に振る。

「そうじゃない。君はこの作品を心から面白いと思って書いているのかと聞いている。この作品が書店に置いてあって、少し立ち読みしたら思わずレジに持っていってしまうのかと聞いているんだ」

「それは……」

「この作品からは、僕の知っている鬼束くんを何一つ感じない。読んでいてツユのついてないそうめんを食べている気分になる」

「……」

「つまり君は、自分は全く面白いと思えなかった作品を他人に出して、楽しんでもらえると思っていたんだよね?」

 影山は強い口調で言う。

「僕が読者なら、こんな作品は見たいと思わない。僕が読者なら鬼束くんという人間のありのままが溢れ出すような……そんな作品が読みたいと思うよ」

 そして影山はこちら方に紙束を突き出して言う。

「改めて聞くよ鬼束くん。鬼束くんは一対一の純愛ラブコメが好きなのかい? 本当は他に書きたい作品が、自分が好きで自分を曝け出すことのできる作品があるんじゃないのかい?」

「……」

 初めての影山のアドバイス。

 真摯に真っ直ぐに、遠慮なく。思ったことをぶつけてくる言葉。

 そんな影山の言葉に。



「……うるせえ馬鹿」



 鬼束はやはり、イラッときた。

「てめえも松山もわかったようなこと言いやがって……何が魂だ……何がありのままの自分だ……いいか聞けこの野郎」

 ドン!!

 と苛立ちに任せて机を叩く。

「俺はな!! 性格が悪いんだよ!! ありのままの自分を出して、読者から受け入れられるわけねえだろ!!」

 そう、そうなのだ。

 御花畑連中はそこを勘違いしてやがる。

「俺様はなあ、自分のことしか考えねえし、平気で人騙すし、いつも他人や世の中に不平不満抱いてるし、自分より優れてるやつ見ると引き摺り下ろしたくなる!!! なんなら結構サイコパス入ってるんじゃねえかと自分でも思ってる!! 正直他人とか道具くらいにしか思ってねえ!!」

 鬼束は影山から自分の書いた作品の紙束をひったくると、地面に放り投げた。

「一対一純愛ラブコメが好きかどうかだって? 好きじゃねえよバーカ!!」

 そしてその表紙に書かれている、甘ったるくて小綺麗なタイトルを靴底で思いっきり踏みつけた。

「女なんて、スペックの高い女抱けば抱くほど気分がいいに決まってんだろ!! なのに周りにいい女がいて、好意向けられたりしてんのに抱きにいかねえとか馬鹿なんじゃねえか? 理解できねえよインポ野郎が!! 俺ならゼッテーハーレム作る。全員に「君だけを愛してる」って嘘ついてでも、全員俺に惚れさせてブチ犯してやりてえんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ははは、どうだ見たか!!

 これが普段は隠している正直な気持ちってやつだ!!

 こんな醜い本性を晒したら引かれるだけだろうか!!

 しかし。

「そう!! それだよ!! 鬼束くん!!」

 なんと影山は嬉しそうにこちらを指差してくる。

「僕はそんな鬼束くんを面白いと思う!! 容赦がなくて、野心があって、目的のためならどんな手段も使う、そんな君を僕は魅力的だと思う!! そんな君の魅力が溢れ出た作品を僕は見てみたい!!」

「うるせえばか!! てめえにうけてもしょうがねえんだよ!! 俺の本性なんか出しても読者や審査員にはうけねえんだ」

「なんでやりもしないで決めつけるんだい!!」

 影山はそんな呑気なことを言ってくる。



「やったんだよ!! 最初の作品でな!!」 



 そう。

 プロになることを目指して、最初に書いた小説はとんでもなく邪悪でやりたい放題の主人公の作品だった。

 俺は好きだった。その主人公が。そこに出てくる主人公にいいようにされるヒロインたちが。

「落ちだんだよ……一次選考で」

 今でも思い出す。

 評価シートに書かれた「主人公に好感が持てません」の文字。

 吐きそうだった。

 自分という存在は受け入れられないのだと、まざまざと見せつけられた。

「結果は出てるんだよ!! 自分を曝け出して書いたところで、自分のようなやつは結果が出ないって。だから市場分析と技術でなんとかしようとしたんだ!! 自分を完全に捨てて、読者のウケるモノだけを書く。俺みたいなやつにはそれしかねえんだからな!!」

 ぜえ、ぜえ、と言い切った後に息があがる。

 普段走り込みもしていると言うのに、なんでこんな息が上がりやがるんだクソ!!

 息を整えながら影山の方を見る。

「……」

 影山は唖然とした様子で黙ってしまっていた。

 御花畑野郎には考えたこともないことだったのだろう。

「……鬼束くん。君は……」

 バカが、ザマアミロ、自分の浅薄さを恥じて俺に詫びやがれ。

 しかし。



「もしかして、たった一度上手くいかなかっただけで諦めるほど、君は臆病だったのかい?」



 影山は首を捻って、本気で疑問に思っている様子でそんなことを言ってきた。

「……は?」

「自分を曝け出して、最高の面白さを届けようとして、いきなり上手くいかないなんて当たり前じゃないか……全身全霊なんだから、失敗もするし明後日の方向にも行く。何より全てを込めた渾身の作品を拒絶されるのは、辛いことだ。痛くて苦しくて眠れない日もある……でもそれは当たり前のことじゃないか。世の中そんな都合良くないさ」

 そして、影山はあの言葉を口にする。

「『僕はきっと何者かになるよ。誰になんと言われても、何度無理と言われても、何度失敗しても、諦めた数と同じ数だけ立ち上がればいい。たったそれだけできれば人は誰でも最強の勇者なんだ』」

 影山の作品に書かれていたあの言葉。

 そうだ。

 こいつはそうだった。

 こいつは最初の作品から、今日この日まで書いた作品の全てが、自分を曝け出した全身全霊のモノだった。

 そして何度も落選し、何度も人から面白くないと言われ、それでも絶対に自分を曝け出して書くことをやめなかった。

 そして至った。自分を曝け出し全身全霊で書いても、圧倒的に面白い作品に。

「そんな挑戦者にとって当たり前のことを、鬼束くんが分かっていないなんて思わなかったよ。僕が勘違いしていた」

 影山は申し訳なさそうにそう言って。

「ごめん、君は思った以上に繊細で、まだ覚悟が決まっていなかったんだね」

 深々と頭を下げたのである。

 そのあまりに酷いナチュラルな見下しに。



 ブチン、と鬼束の頭の中で再び何かが切れた。



 たぶん人生最大にキレれた。

「うるせえボケえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 廊下の外、部室棟全体に響くき渡るほどの声で叫ぶ。

 手近にあった文庫本を影山に力一杯投げつけた。

「うわ!?」

 意外にも反応よく躱す影山。

「俺が臆病者だと……? 繊細だと……? 覚悟が決まってないだと……?」

 そして、すぐに帰り支度をして部室のドアの前に立つと言う。

「上等だ。書いてやるよ、クズ男のハーレムモノ。俺はビビってなんかねえ!! ただ結果が出なそうだからやらないでいただけなんだからな!!」

 そう言って飛び出すように部室を出て、猛スピードで自転車を飛ばす。

「クソが……クソが……クソが……っ!!」

 息を切らしながら自宅に辿り着くと、階段を駆け上がって自室に飛び込み、すぐさまパソコンを立ち上げる。

 そしてファイルを開いて執筆を開始した。

「ムカつく……ムカつく……ムカつく……」

 やつに見下されたことが。やつの言った通りにこうして作品を書いていることがムカつく。

 何よりムカつくのが……。

「クソ、なんで……なんでこんなに筆がノリやるんだクソ!!」

 主人公が軽やかに動く、ヒロインが次々と魅力的なことをする、練ってもいないのに次々に設定が湧き出してくる。

 しかも最初に書いた時とは違い、研究してきた創作の技術がそれらを見事にライトノベルの基本の中に落とし込んでいた。

 ことここに至って、鬼束はそのことに気づく。

 創作技術は物語の形を整えるためのものではなく、「本当の自分を他人に楽しんでもらうための道具」なのではないか? ということだ。

「あああああああああああああああ!!」

 脳裏に影山と……ついでに松山の野郎が「そうだよ。その通りだ」と満足そうにしている顔が浮かぶ。

 死ね。

 死んで二度と俺の脳内に姿を表すなクソが!!

「決めたぞ……影山……てめえは俺の生涯の敵だ!!」

 今は負けてることを認めてやるが、いずれゼッテー勝つ。

 圧倒的に勝つ。

 あのクソ陰キャ野郎に完全勝利するまで俺は枕を高くして眠れねえ。

「くくくく……ふふふふふ……ハハハハハハハ!!」

 その日、鬼束の家では一晩中邪悪な笑いが響いていたのだった。

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