第14話 鬼束雄二3

 犬飼が連絡をとったアニメ化作家は、部室で話す件を了承してくれた。

 そして二日後。

「どうも。松山寅次郎です。ペンネームですけどね」

 やってきたのは四十代くらいの身長190cmほどある背の高い痩せ型の男だった。

 四角いフレームのメガネとボサボサの白髪の混じった髪が特徴的で、一見するとダサくて清潔感が無いと言われそうな要素だが、この男は何故かサマになっていた。

(すげえ……本物だ。本物の松山先生だ)

 鬼束は少し体が震えるのを感じた。

 犬飼が「一応アニメ化はしてる」などと言っていたが、松山寅次郎は二十年以上連載を続けており、自作を三本もアニメ化している超一線級のラノベ作家である。

 もちろん鬼束も松山の作品は大半を読んでおり、特に二本目にアニメ化した「ブラットバルド戦記」は全巻読んで家の本棚に入れている。

 こんな人間の話を聞けるとは……。

 なんと貴重な機会だ。

 鬼束は今すぐ犬飼の前で手を合わせて拝みたくなったが、それはまあ後にするとしよう。

「……しかし影山のやつは勿体無いな」

 ちなみに文芸部員の中で影山だけが現在部室にいなかった。

「ここ数日は部室どころか、学校にもきてないみたいだから伝えようもないしねえ。連絡先もそういえば交換してなかったし」

 そう言って肩をすくめる猿楽。

「じゃあ、早速事前に送ってもらった皆んなの作品の感想を言って行こうか」

 ありがたいことに、松山は部員全員の作品を読んできてくれたというのである。

「実はあんまり時間なくってさー。僕、締め切り迫っててね。早く東京に戻って原稿書かないと編集さんにぶっ飛ばされちゃう。今の編集さん大学時代アメフトやってたから、こんなヒョロガリが殴られたら死んじゃうよね。君たちの作品読ませてもらったのも半分現実逃避だよ現実逃避」

 松山はそう言って肩をすくめて見せて、皆んなの笑いをとって場を和ませる。

「……んじゃあ、まず雉谷くん」

「は、はい」

 とはいえいざ名前を呼ばれると緊張した様子の雉谷。

 ちなみに雉谷は唯一書き上げた中編を見せていた。鬼束の見た感想としては正直大した出来ではない。一応中編を投稿できる新人賞や小説投稿サイトはあるが、あれでは結果が出ないだろう。

 鬼束がそのことをストレートに言ったら、かなりしょんぼりしていたのを思い出す。

(さて、松山先生は結果を出してる実力者だ……いったいどんな痛烈な批評をするんだろうな)

 果たして雉谷は耐えられるのだろうか?

「雉谷くんの作品だけどさ……」

 などと思っていたら。



「ヒロインが可愛いね。この小学生の子、僕も好きだよ」



「ほ、本当ですか!?」

 バッと顔を上げる雉谷。

「うん。こんな妹が欲しかったーって君の思いが伝わってくるよ」

「あ、ありがとうございます!!」

 その後も、雉谷の書いた妹がいかに可愛いかを語る松山。

「そうです!! そうなんですよ!!」

 雉谷も喜んで、自分が書いたキャラのここが好きなんだと話し始める。

 その話を、うんうんと頷きながら聞く松山。

(……なるほど、褒めて伸ばすタイプか)

 鬼束自身は結構それをやるのは苦手なのだが、それはそれで大事な指導法だというのも分かっている。

 確かに雉谷の中編で、唯一褒められるとしたら強いていえばだが妹キャラの可愛さであった。ただ褒めるだけではなく、褒めるポイントも的確だ。

「なるほどねえ。そういう魅力を出そうとイメージしてたのかあ。でもそれだと、このSF要素がこの妹の可愛さを伝えるためのノイズになってると思うよ」

「え? そうなんですか?」

「うん。だってこのこの魅力は何気ない日常の中にあるでしょう? ハードなSF設定でその日常を壊しちゃって妹が魅力を発揮する舞台が壊れちゃってる」

「あー、言われてみればそうかもしれません。てか部長にも似たようなことを言われた気がします」

(……そして褒めつつもしっかりと改善点も伝える、上手いな)

 松山は雉谷に一通りアドバイスを終えると。

「じゃあ次に、猿楽くん」

「は、はい。お願いします!!」

 そうして部員たちにアドバイスをしていく。猿楽には「魔法と近代兵器を合わせた設定がイカしてるよ」と褒め、犬飼には「ダークな世界観がいい味出してるね」と褒める。

 そしてその良さをよりよく出すにはこうしたらいいよと、改善策を伝える。

 改善点のポイントも的確。当然かもしれないが松山には物語を見る目がある。

(……なるほど。これが一線級の作家か)

 これは自分へのアドバイスが楽しみだ。

「で……最後に部長の鬼束くん、だっけ? 君の作品も読ませてもらったよ」

「はい、よろしくお願いします」

 さあ俺の作品はどこをストロングポイントだと松山は見たんだ?

 主人公か? ヒロインか? 物語構成か? 設定か?

 しかし……。

「んーあー。ちょっとお腹減ったな」

 松山はそう言うと、財布から一万円札を取り出す。

「君たち三人さ。ちょっとそこのスーパーまでお弁当買ってきてくれないか? 余った分で好きな物買ってきていいからさ」

 急にどうしたんだろうと言う表情をしつつも、すでにアドバイスをもらった雉谷たちは、言われた通り弁当を買いに部室を出て行く。

(……いったい何だ? 急に)

 まるで人払いでもするような……。

「あの……松山先せ……」

「君はプライドが高いと思ったからね」

「え?」



「君の作品はダメだ。褒めるところが一つもないよ」 



 松山は鬼束の作品が印刷された紙の束をデスクの上に放り投げながらそう言った。

「……は?」

 鬼束は最初何を言われたのか認識できなかった。

「ライトノベルを舐めてないかい? 創作を舐めてないかい? それらしく小賢しく外っ面だけ形を整えればなんとかなると思ってないかい?」

 矢継ぎ早に次々と叩きつけられる言葉。

「そ、そんなことは……」

「作品は嘘をつかないよ鬼束くん。君の作品は驕り高ぶった欺瞞に満ち溢れている。それっぽいだけのキャラ作り、いかにも売れそうなだけの世界観、こんなもので読者は満足するんだろうという考えが透けて見える台詞回し……もはや読んでいて君の他人を舐め腐った顔が浮かんできて不快になるレベルだ。非常に気分を害した、損害賠償を請求したくなる」

「なっ、なっ……なんでそんなこと言うんですか!!」

 鬼束は思わず叫んでしまった。

「他の奴らは褒めたのに!! 全然俺の方が書けてるのに!! 結果も出してるのに!!」

「三次選考まで進んだことかい? それはむしろ『それっぽく書けているから最初方の選考では落とされにくい』けど『根本的に面白くない』ということの証明じゃないのかい?」

「……ッ!!」

 このクソ野郎が……売れてるからって見下しやがって。

 本来ならここも下手に出てなるべく情報を吐き出させるべきなのだが、抑えられなかった。

 怒りに任せて攻撃的な言葉を使ってしまう。

「じゃあ、どうすりゃいんだよ!! 偉そうに上から説教するだけならバカな無能でもできんだろ!! どうすりゃいいか言えよ!!」

 しかし松山はそんな鬼束の怒りも全く気にせずに言う。



「簡単なことだよ『本当の自分を曝け出して書けばいい』」



「……」

「自分の魂を投影した主人公、自分の心に刺さる設定、自分が好きでも嫌いでも目を離せなくなるような魅力的なヒロイン、自分という人間の全て曝け出して『これが俺なんだ!!』と思う作品を書けばいい」

(……なんだよ、なんでそんな)

「それが無い作品は……全てゴミだよ。人の心など一ミリも動かす力のない文字が並んでるだけのゴミだ。君は今まで賢いつもりになって得意げにゴミを生産していた。そのことを自覚するといい。話はそれからだ」

(なんで、アンタみたいな大成功者が……あの影山の野郎と同じことを言いやがるんだ!!)

「君以外の他の部員たち……彼らは技術は拙いが、ちゃんと自分の好きな要素を作品の中に入れていた。だから褒めることができた。今日は来ていないみたいだが、特にこの作品を書いた子だ」

 そう言って取り出したのは、もし当日来たらということで犬飼が渡していた影山の作品だった。この前一次選考で落ちた作品である。

「影山くん……彼はいいね。凄くいいよ。彼の作品には、熱がある、文章やセリフに力がある。まだ技術は拙いが、このまま技術がついていけば彼は凄いことになるだろうね。正直言うと、今日僕は彼と話してみたくて来たみたいなところもあるんだ。会えなくて残念だよ……」

 その時。

「お待たせしましたー。あの松山さん、海苔弁当でよかったですか?」

 部室のドアが開いて、三人が戻ってきた。

「……さて、では僕はそろそろお暇するかな」

 松山はパイプ椅子から立ち上がると、出口の方へ歩いていく。

「あの、お弁当……」

「ああ、ごめん。思ったよりお腹空いてなかった。よかったら君たちで食べてよ」

 そして、去り際に一度鬼束の方を振り返って言う。

「じゃあ、影山くんによろしく伝えておいてね。それから、もし息詰まってるなら彼にアドバイスを聞くといいんじゃないかな?」

 そう言って松山は部室を去って行ったのだった。



   □□



「ふざけんな!! クソが!!」

 ドン!!

 と、鬼束は日も暮れはじめた部室で椅子を蹴り飛ばした。

「俺を舐めやがって!! あの腐れロートルが!! てめえの作品描写がくどいんだよ!! 死ね、死ね、死ねええええええ!!」

 他の部員たちはとっくに帰っているので遠慮なく大声で叫ぶ。

「ふーっ、ふーっ、ふー」

 一通り叫んで暴れると、肩で息をしながら自分が蹴り飛ばした机や椅子を元の位置に戻す。

(……俺が間違ってるってのか? 俺のやり方が?)

 ふざけるんじゃねえ、俺のやり方は正しい。

 自分を曝け出すだの魂が震えるだの、そんな抽象的なものはアドバイスでも創作技術でも何でもない。

 松山の野郎は特別天才だからあんな適当にやって結果が出てるだけなんだ。

 俺はそういうタイプじゃない。徹底的に分析して確実に結果を出す。

 それでいいんだ。戯言に惑わされるな……。

「……あっ」

 そこで自分が机を蹴飛ばした際に床に落ちたコピー用紙の束が目に入る。

 影山の作品である。



『影山くん……彼はいいね。凄くいいよ。彼の作品には、熱がある、文章やセリフに力がある』



「……」

 あの腐れロートル作家の言葉が蘇る。

「逆だ……あいつのアドバイスに従うんじゃねえ。アイツの言ってることが間違ってるって確認するんだ」

 そう呟きながら鬼束は影山のこの前公募に出した作品を読み始める。

 中盤くらいまでは前に見たのでその続きからである。

「……はっ、やっぱり基本がメチャクチャだぜ。クソだなこの小説は」

 読みにくいったらありゃしない。

 こんなものをいいと言っている奴らは松山も含めて全員クソだ。

 そう思いつつも、何とか情景をイメージしつつ「読みにくい、つまんねえ、設定が破綻してる」などと不満を呟きながら読み進めていく。

 そして物語の終盤に差し掛かり。

「……」

 いつの間にか鬼束は不満を口にするのを忘れていた。

 そして、最後まで読み切る。

「いや……これは……マジかよ……」

 読みにくいし色々破綻しているのは間違いなくそうである。

 だが、そこを堪えて読み進めればキャラやセリフに確かに所々魅力があるのだ。

 正直認めたくないが、松山や部員たちが影山の小説に何とも言えない魅力を感じていた感覚が分かってしまった。一人のラノベ読みとして、否定することできない確かな「魅力」がある。

「しかも……少なくとも前回より、分かりやすくなってやがる」

 もちろん、まだメチャクチャはメチャクチャで、自分が新人賞の選考員だったらこんなラノベとして成立していないような作品は落とさざるを得ない。

 だがそれでも、一つ前の影山の作品よりは明らかに創作の技術が上がっているのだ。

 もしも……。

 もしもこのまま、奴が創作の技術をつけていったら……。



『まだ技術は拙いが、このまま技術がついていけば彼は凄いことになるだろうね』



 再び脳裏に蘇る松山の言葉が浮かんだのだった。



   □□



 ……翌日。

 鬼束が放課後部室に行くと、他の部員はまだ来ておらず影山だけが来ていた。

「珍しいな……影山」

「うん、ちょっとこの作品読み返したくなってね」

 そう言って影山は読んでいた、鬼束が部費で買って部室に置いておいた小説をこちらに見せてくる。

「そういえば朝廊下で猿楽くんに聞いたよ。あの松山先生が来て話してくれたんだってね。水臭いなあ僕も呼んでよ」

「お前、連絡先交換してねえだろ……」

「ああ、そう言えばそうだったね」

「でも、ここに僕の作品が他の皆んなの作品と一緒に置いてあるってことは、僕の作品も松山先生は読んでくれたんだよね? なんて言ってたの?」

 影山は無邪気にそんなことを聞いてくる。

「……」

「鬼束くん?」

「なあ影山……お前のこの前の作品さ。俺も改めて読んだよ。最後までちゃんと」

「そうなんだ、ありがとう!! 良くなってたでしょう? あれ、中盤以降を四回くらいゼロから描き直してるからね」

「……マジかよ」

 途中からいきなり読みやすくなっていたからおかしいと思ったんだ。

 まさか公募までの期間中にそんなに描き直していたのか……。

「そんな時間、どこにあるんだよ。お前むしろ筆は遅い方だろ……」

 前に一緒に執筆して速度を測ったことがあるが、時間単位で書ける文章量は影山は少ない方だった。

 半分以上全部書き直しをしたと言うことは分量だけ見ればプラスで二作分書いたことになる。影山のペースで、一ヶ月や二ヶ月でなかなか終わる量ではないはずだ。

 しかし影山は。

「開いてる時間はずっと書いてるからね。二時間でも三時間でも一日中でも」

 当然じゃないか。と言った感じでそんなことを言ってくる。

 一日中書く。

 言葉にすれば簡単だが、現実的にできることではない。

 締め切り前の数日ならまだしも、毎日毎日一年中そんなことをやることは当然鬼束だってできない。色んなことに気は散るし、他のことでストレスを発散したいこともある。

 だが影山のやつは、この手のことで嘘を言ったり話を盛ったりはしないだろう。

 本当に一日中書いているのだ。この男は。

 恐ろしい。

 鬼束は今、明確に目の前の男に恐怖した。

「……なあ、影山。松山先生だけどさ。お前の作品のこと」

「うん」



「これじゃダメだって言ってたわ」



「あー、そうなんだ」

 影山は少し残念そうにそう言った。

 当然嘘だ。

「お前の書く主人公は、根本的なところで熱血すぎてお前の文章と合ってないってよ。もうちょっとクールで冷めたキャラを書いてみたらいいんじゃないかとさ」

 これも嘘。むしろ熱さを秘めたキャラはこいつの作品の最大の魅力である。

「ふむふむ」

 大成功してるアニメ化作家の話ということもあるのか、ウンウンと頷いて話を聞く影山。

 その後も、俺は松山の言葉と偽って、影山の作品の良さが崩壊するようなアドバイスを続ける。

 卑怯?

 うるせえ知ったことか。

 なぜか分からないが、こいつに負けるのだけは無性に許せないのである。

「分かった、参考にするよ。伝えてくれてありがとうね鬼束くん」

 影山がそう言ったのを聞いて俺はニヤリと笑った。

「おう。今言われたこと忘れずに頑張れよ」

 次の公募まであと三ヶ月。

 せいぜい迷走して苦しみやがれ。

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