第31話 矛先
「では最後にこの3次方程式の問題を……」
数学の授業中、教壇に立っている教師が誰を当てるか教室を見渡していて、生徒はわざとらしく俯いたり問題を解き直しているふりをしていた。
「それじゃあ……雨宮」
「はい」
指名された麻里花は立ち上がってチョークを掴むと、黒板に数式を書き連ねていく。手を止めることなく解を導き出すとチョークを置いた。
「正解だ」
黒板には完璧に導き出された数式と答えが書かれていて、教師が唸るようにして言えば生徒たちから「おぉ……」と感嘆の声を上がった。
チャイムが鳴って午前の授業が全て終わり昼休み。各々がカフェテリアへと向かう中、麻里花も教科書を片付けて弁当箱を手にする。
祐馬も蓮司と共にカフェテリアに向かおうと立ち上がると、
「雨宮さん。ちょっといいかな?」
声をかけられて顔を上げると、ノートを手にし聖奈が申し訳なさそうに眉尻を下げて麻里花の前に立っていた。
「倉浜さん?どうかしたのですか?」
「少しお願いがあって、雨宮さんが最後に解いていた問題。どうしても分からなくて教えて欲しいなって。大事なお昼時間奪っちゃうし無理なら全然断ってくれてもいいんだけど……」
「構いませんよ。わたしで良ければぜひ」
「本当?ありがとう」
不満そうな顔を一切見せず柔和に微笑む麻里花に、聖奈も表情を明るいものにしてノートを広げ麻里花が解いた最後の問題を指差した。
「早速なんだけど最後の問題、ここまでは分かったんだけど……」
「ここはこの公式を使ってあとは因数分解して解を求めれば……」
邪魔になるのも悪いなと思った祐馬はあまり足音立てず静かに、その場を去って蓮司の元へと向かった。
☆ ★ ☆
「何気に雨宮と倉浜が話したのって初めてだよな」
「あー。確かに」
カフェテリアにいた祐馬と蓮司はいつも通りの席に座り昼食をとっている。ただ窓から見える景色はいつもと少しばかり違う光景が広がっていて、祐馬たちは視線を向ける。
いつもの麻里花が昼食時に利用している屋根付きベンチ。今日も麻里花がそこに座って昼食を食べているのだが、その隣に聖奈も座っていた。
中々……というか初めて見た組み合わせにここにいる生徒たちも驚いているようだった。
本人たちは気にすることもなく、聖奈が話しかけると麻里花もうっすらと口元に笑みを浮かべていて、持参してきた弁当を口にしている。
「雰囲気も似てるし思いの外仲良くなれるんじゃない?」
「そうだな。それはそうと仲が良いと言えば祐馬よ。雨宮さんと随分と仲良さそうじゃないっすか」
「そうか?」
「祐馬と雨宮さんが話しているところを見るたびにクラスの男子の目が血走ってんだよ」
同じクラスになってからは校内では最低限の事務的な連絡以外はあまり関わっていない。たまにすれ違ったりしたときは言葉を交わしてはいるがそれも一言二言程度だ。それで怒りの矛先を向けられてはもう呆れて笑うしかない。
「みんなの憧れの高嶺の花と普通に話してる祐馬が羨ましいと同時に嫉妬しちゃってんの」
「別に話したければ話せばいいと思うんだけど」
「それができないからみんな困ってんだよ」
「なぜよ」
「緊張っていうか、近づくのも恐れ多いっていう感じじゃね?」
「じゃあ蓮司も雨宮は近寄りがたい存在なわけ?」
「いや。ただ話す機会がないだけ」
ふーん、と祐馬は相槌を打ちながらとんかつを頬張った。
最近当たり前のように話すようになっていたので麻痺していたのだが、麻里花は大企業のご令嬢であり、本来は祐馬のような平凡な生徒と接点を持つような存在ではないのだ。が、家族間の何らかの原因で祐馬の住むマンションに引っ越してきた。
祐馬と麻里花が同じマンションに住んでいることは蓮司や聖奈も知らない。別に話しても祐馬に何もないので聞かれない限りは自分から言うつもりはない。聞かれても本人の了承を得ない限りは事実を伝えるつもりもない。
おそらく本人も言いたがらないし、言わないでくれときつく言われるだろう。
「とりあえず、何事もない平和なクラスってのは諦めろ。もうクラス中の男子から目つけられたんだから」
「なんで少し嬉しそうなんだよ」
「いや、祐馬の困った顔見たことないからもしかしたら見れるのかなって」
「嫌なやつかお前は」
「冗談よ冗談」
「冗談に聞こえねぇんだよ」
祐馬は訝しんだ顔を蓮司に向けたあと、半分ほど残っていたとんかつを一口で頬張った。
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