第30話 高嶺の花と側付きさん
親睦会を終えて解散となりそのまま帰宅する……はずだったのだが、祐馬は自宅とは真逆の方を歩いていた。
「人使い荒すぎるだろ。全く」
祐馬はため息と共に悪態をつく言葉を吐いた。
親睦会が終わる少し前、菜穂から『帰りに柔軟剤買ってきてくれない?』と連絡があった。
好きなお菓子も買っていいしその分のお金も後で返すからと追加で送られてきたが、そのまま家に帰りたかった祐馬にはその文章は目に入らず、重い足を動かして、ここから一番最寄りの薬局に訪れた。
時間も時間のため、客の入りは少なく大人がほとんどで、制服姿の祐馬がかなり目立っている。
そんなことを気にするわけもなく、さっさと買い物を済ませて帰宅するべく歩き始めた。
菜穂が使用しているものは把握しているので、柔軟剤が並んでいるコーナーに移動して、探し始めた。指で追っているとお目当ての柔軟剤が見つかったので、祐馬は手を伸ばした。
掴もうとした直前、別方向から腕が伸びてきて細い指先の白くて綺麗な手が祐馬の手と触れた。
「あ、すみません」
「いえ。こちらこそごめんなさい」
伸ばしていた腕をスッと引っ込めると同時に謝罪すると相手側からも言葉が返ってきて、反射的にちらりとその方向を見けば、一人の女性がいた。
(この人どこかで……)
目を引く色素の薄い金色の髪と淡い緑色の瞳を持った女性に見覚えがあり、祐馬は内心首を傾げる。どこかで会ったような気がするのだがどうも思い出せずにいる一方で隣の女性は「貴方はマンションの……」と呟く。
彼女の呟き声を聞いた祐馬はハッと目を見開いて、いつかの日に麻里花の自宅から出てきた女性だったことを思い出す。
が、結んでいた髪は今は下ろしていて、服装も無地のモノトーンコーデと非常にラフな格好。見た目も雰囲気も遭遇したときの女性とは全くの別人だった。
「あっ。先にどうぞ」
先に柔軟剤に触れていたのは女性のほうだったので順番を譲ると「ならお言葉に甘えて。ありがとうございます」と柔軟剤を手に取って買い物かごへといれた。
「あの、もしかして雨宮の家の人ですか?」
唐突に放たれた質問に女性は顔色一つ変えることなくこちらを向く。
「なぜそう思われたのですか?」
「あのとき雨宮のことを下の名前で呼んでいたので……あと家から出てきたの見えてたし」
それなりの根拠がある上で祐馬は答えると、女性はふと身体の力を抜く。
「見ていらっしゃったのですか。ならば隠すのも無駄なようですね。一条さまのおっしゃる通りです」
「なんで俺の苗字……」
「すれ違ったときに表札を拝見させていただきました」
「なるほど」
苗字を知っていた理由に納得しつつ、語尾にさまを付けられることに若干のむず痒さを覚えた。
麻里花のこともさまを付けていたので、仕事柄そう呼んでしまうのだろう。
「それにしても麻里花さまと桜ノ宮学園の生徒さんだったのですね」
「えぇ。まぁ一応」
「学校での麻里花さまのご様子はどうでしょうか?元気に過ごしていらっしゃますか?」
「はい。元気というかいつも通りですよ」
「そうですか……良かった」
まるで自分ごとのように安堵で顔を緩めると吐息を漏らした。側付きなら一人暮らしの麻里花のことが心配になるのも当然だろう。ご令嬢である麻里花の身に何かあれば彼女はもちろん、会社全体に……
(あの人たちは心配しません)
昨日麻里花が口にしていたことが、祐馬の脳裏に蘇った。
「あの、雨宮のことで一つ聞きたいことがあるんですけど……雨宮、親と何かあったんですか?」
あの言葉は一体どういう意味なのだろうか。
部外者が口を出していいことではないと思ったから、麻里花には朝らしくない言葉を使って伝えたが、あんな背中を間近で見せられたら黙っていられなくなった。
偶然にも麻里花に近しい人が現れたのだ。
もしかしたら麻里花があんな風に言った理由が分かるかもしれない。そう思って祐馬は尋ねたのだが、
「申し訳ありません。お家のことについて詳しいことは今は申し上げることはできません」
女性からはそのような答えが返ってきた。
支えている以上は仕事から離れていたとしても、雨宮家のことに関しては一切口に出すことができないのだろう。だとしたら麻里花と麻里花の家の事情は口が裂けても言わない。言えないはずだ。
半分はそう言われる可能性も考えていたので「そうですよね」と潔く身を引く。
「急に変なこと聞いてしまってすみません」
「いえ。失礼ですが麻里花さまとは隣人以外ですとどのようなご関係で?」
「クラスメイト……くらいですかね」
それ以上でもそれ以下でもない、ただ家がすごい近いクラスメイトくらいの認識でいる。おそらく麻里花も似たようなものだろう。
「仲は良いのですか?」
「どうですかね。俺は色々と彼女に世話になっててその意味では迷惑をかけてますから、あまりいいようには思われていないかもしれません」
「そうですか……色々と手間をとらせてしまい申し訳ありませんでした。失礼します」
女性は最後に小さく微笑んで会釈をすると別のコーナーへと向かい、祐馬の視界から消えた。
(きっと色々あるんだろうな)
今まで忘れていた空腹が襲ってきて、祐馬も手を伸ばして柔軟剤を掴むと会計の列に並ぶ。
済ませたあと祐馬はようやく帰路に着いたのだった。
☆ ★ ☆
「ごめーん。柔軟剤じゃなくて漂白剤だったー」
「明日自分で買ってこい」
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