第29話 親睦会

 放課後。 

 祐馬たちは学校から親睦会を行われるお店へと場所を移動していて、開始から三十分ほど経過していた。


 萩浦の言った通りほとんどの生徒は部活で参加できなかったようだったのだが、参加できなかった生徒にはまた改めて開くそうだ。


 一番隅の席に座っている祐馬はオレンジジュースが入ったガラスのコップに口を付けて喉を潤したあと、隣に座る蓮司に声をかける。


「なぁ蓮司」

「なんすか?」

「これ親睦会じゃねぇよな」

「まぁあれを見せられたらそう言いたくなる気持ちも分かるわ」


 祐馬はそう愚痴らずにはいられなかった。

 この場にいるのは祐馬含めて十数人程度なのだが、問題は男女の比率。萩浦効果なのか、男子は祐馬と蓮司と萩浦と他二人であり残りは全員女子。しかもその女子のほとんどは萩浦とお近づきになろうとあれこれ話を振っていて、流石の萩浦も苦笑を浮かべながらも相槌を打って話を聞いていた。


 しかも萩浦たちとは別で親睦会に訪れていた男女二人ずつが良い雰囲気になってしまい違うお店でご飯でも食べようと移動してしまう始末で、もはや親睦会というより合コンと化したこの場は祐馬としては非常に肩身の狭い場となってしまった。


 それでも帰ろうとしなかったのは、誘ってくれた萩浦の気遣いを無碍にできなかったからだ。


 ちなみに女子の中に麻里花の姿はない。性格を考えるとこのような雰囲気はあまり好まないだろう。むしろ来なくて良かったかもしれない。

 

「はい。一条くんもポテト食べていいよ」

「サンキュ」


 蓮司の向かいの席に座っていた聖奈に声をかけられて大皿に盛り付けられたポテトを差し出される。祐馬は手を伸ばしてポテトをひと齧りした。


「へぇ。一条っちってポテトには何も付けずに食べる系?」


 そう呼んだのは聖奈の隣に座る女子生徒だ。

 赤みがかった髪は肩ほどまでに伸ばしていて、目つきは少し鋭いが口調はとても柔らかい。


「まぁな。あとなんで一条っち?」

「なんでも何も一条っちは一条っちだから」


 慣れない呼び方をされた祐馬は若干戸惑いを覚えながらも、残りのポテトを放り込んだ。

 

「それよりさ。一条っちはわたしの名前分かる?」

「清羅さんだろ」

「せいかーい。改めてだけどこれからよろしく」


 清羅薫(きよらかおる)は聖奈とは初等部時代からの友達で、蓮司とも聖奈繋がりで面識はあるらしい。


 覚えられていたことに清羅は嬉しそうに反応を示すと、手を差し出して祐馬にハイタッチを求めてくる。仕方なく手を前に伸ばすと「イェーイ」と嬉しそうに微笑する。


 祐馬は清羅とは初対面で、独特のペースに少し少し調子を崩しそうになりつつも「あぁ、よろしく」と返した。


「隣は随分と楽しそうだね」

「俺たち蚊帳の外じゃんか」


 萩浦を中心として女子たちが楽しそうに会話している姿を聖奈は遠目で眺めるようにして、それに同意した蓮司はコーラを飲み干したあと、清羅に目を向ける。


「清羅もみんなみたいに萩浦くんと仲良くなりたい的な感じで来たの?」

「いや。わたしは純粋にみんなと仲良くなりに来ただけ。まさかこうなるとは思ってもなかったけど、一条っちと仲良くなれたから今日はもう満足」

「あっ。薫ちゃんはこれが素だからね」

「それ多くの男子を勘違いさせちゃうタイプだよ」


 しれっと言う清羅に聖奈が彼女の性格を付け加えると、蓮司がすかさずツッコんだ。

 この場でたった一言話してハイタッチを交わしただけなのだが、清羅の中ではもう仲良くなったという認識らしい、

 当の清羅は首を傾げていたので本人は自覚がないのだろう。見た目と反して思ったよりも天然のようだった。


「そうだな。俺も清羅と仲良くなれて良かったよ」

「おっ。嬉しいこと言ってくれんじゃん」


 慣れるに時間こそかかりそうだが、なんとなく波長が合うような気がする。祐馬はそう口にすれば、清羅は淡い微笑みを浮かべてストローでメロンソーダーを吸った。

 

☆ ★ ☆


 聖奈と清羅、そして萩浦たちを囲んでいた女子生徒たちは飲み物をとりに行くといってドリンクバーへと向かって、テーブル席には祐馬と蓮司と萩浦の三人だけになった。


「ごめんな。まさかこうなるなんて思わなくて」


 静かになったテーブル席でそれを破ったのは萩浦で、申し訳なさそうに弱々しい声で謝罪の言葉を口にした。


「いや。萩浦くんが謝ることじゃない」

「そうそう。あんま気にすんなって。それにそれを機にっていうみんなの気持ちも分かるからさ」

「……ありがとう」


 萩浦は親切心でクラスの親睦を深めめようとこの会を開いたはずなのに、ふたを開ければ女子生徒たちが萩浦を取り囲む事態となってしまい、思っていたものとかけ離れたものとなってしまったのだろう。

 祐馬たちも多少の面は喰らったが、少なくとも萩浦に対する怒りの感情は湧かなかった。


「それにしても萩浦くんさ……」

「萩浦で構わないよ」

「それなら俺も一条でいい」

「俺も鎌ヶ谷で」

「あぁ、分かった」


 互いの呼び方を改めたところで「それでどうしたんだい?鎌ヶ谷」と萩浦は蓮司に問いかける。


「分かってたつもりだったけど萩浦って凄いよな。顔良し頭良し運動できて人気者とか」

「ハハッ。それは買い被りすぎだよ」

「やっぱ日頃から家で予習とか自主練とかしてんの?」

「それなりに、だけどね。家のことだってあるからさ」


 萩浦も財閥の御曹司のであるため恥ずかしい成績を残すわけにはいかない。元々の地頭や身体能力の高さはあるだろうが、見えないところで相当な努力はしているのだろう。


「試しに変わってみる?」

「んー。遠慮しておくよ。人気者ってのは憧れるけど、それ以上に苦労の方が勝ちそうだし。萩浦くらいじゃねぇと保たねぇよ」

「あぁ、大変だよ」


 頷いた萩浦は汗のかいたグラスに注がれたアイスコーヒーを一口飲む。


「本当に……色々と大変だよ」


 呟いた萩浦は窓から見える夜の景色へと視線を向けた。

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