第28話 高嶺の花とらしくない台詞

「これ。今日の分です」

「あざっす」


 翌朝。

 麻里花の差し入れを祐馬はお礼を言ってありがたく受け取った。


 以前菜穂が言っていたが、麻里花からいただくこの恵みは祐馬にとって朝が訪れたと実感する合図であると同時に、増えた楽しみの一つでもある。

 麻里花が入れる具材には基本外れはないし、時々希望を伝えればよほどの手間ではない限りは応えてくれる。

 今日の中身は何かなと予想しながら登校するくらいに祐馬の胃袋と心を掴んでいた。


「最近はどうですか?用意していない日はちゃんとした朝ごはん食べてますか?」

「できる限り食べるようにしてる」


 元々祐馬の朝のリズムを整えるために麻里花の親切心から始まったこのやりとり。麻里花に甘えてばかりではいけないと祐馬も直すために意識的に食べるようには努力している。


 麻里花は覗き込むようにして祐馬を見上げ、


「初めて見たときの朝の時間帯の顔色と比べれば一目瞭然ですね。あとお腹の虫も声も聞かなくなりましたし」

「そいつはおかげさまで」


 授業中に空腹に死に絶えることはなくなったし、以前よりも集中することができるようになった。間違いなく麻里花のおかげなので頭が全く上がらない。


「それではまた学校で」

「お、おぉ」


 少し頬を緩ませた麻里花はひと足先に学校へと向かおうとする。


「……なぁ雨宮」

「どうかしました?」

「……あー、っと……」


 呼び止められた麻里花はくるりと振り返ると目を丸くして首を傾げて、見つめられた祐馬は口を籠らせる。


 祐馬が無意識で呼び止めてしまったのは、麻里花が向けたその背中が、昨日見たときと同じくらい寂しげに見えたから。

 でもなんて声をかけてやればいいのか分からなくて、首を突っ込んでいい話ではないことなのは分かっていて。

 それでも見て見ぬふりなんてできなかった。だからせめてもの言葉をかける。


「……その、悩みがあって聞いてほしいなら言えよ。話くらいは聞いてやれるから」

「……急にどうしたんですか?」

「いや別に。つか真顔やめろ」


 突然だったこともあってか、麻里花の表情は驚きを通り越した故のものだろう。気を取り直して祐馬は続けて口を開く。


「まぁその……日頃から世話になってるのもあるし、雨宮はそういうのは一人で抱えて溜め込みそうな感じだから。そりゃ家柄上誰にも言えないことだってあるだろうけどさ……」


 麻里花のことはまだまだ知らないことだらけだ。内面的なことはもちろん、麻里花を取り巻く家柄のことももちろん知らないし、中には祐馬が知るべきことではないことだってたくさんあるだろう。

 ただ麻里花が何かを抱えているときは初めて会ったときからなんとなく感じていた。


「何言ってるんだって思うかもだけど、頼ってほしいときがあったら頼れ。まぁそういうことだから」


 話せと無理強いをするつもりはない。話したいときがあれば話してくれればいいと思うし、頼りたいときは、そのときは全力で力になるということを、しどろもどろになりながらも祐馬は伝えた。 


「一条くんってそういうことを言う人なんですね」

「俺もらしくないこと言ってる自覚はあるよ」


 呆気に取られていた麻里花だったが、口元を緩ませて淡く笑い、祐馬も慣れないことを口にした恥ずかしさからかそっぽを向く。

 

「そうですね……もしそんなときが来たら、そのときはお願いします」


 麻里花は小さく、でも確かな一言を発すると足を学校へと向けて歩き始める。微笑んだ麻里花が見せたその背中には微かな憂いさが残っているように見えた。


☆ ★ ☆

 

 学校では今日から通常通りの授業が行われていた。

 進級したことで授業内容はより濃密となり進む速度も速くなり、初日というのもあってか生徒たちの顔には疲労の色が窺える。


 春休み中、これといってやることがなかった祐馬はある程度の範囲は予習を済ませていたため、そこまで苦労することはなかった。


 昼休みが終わる十分前のこと。

 少し早めに午後の授業の準備を始めていた祐馬の席に、一つの影が入り込んだ。蓮司かと思い顔を上げると、予想外の人物がそこにはいた。


「えっと、一条くんだよね?」

「あっ、そうだけど」


 爽やかな笑顔を浮かべた萩浦に声をかけられた祐馬は頷いた。

 今まではもちろん、大した接点がなかった萩浦が一体何の用だろうかと思っていると、萩浦は名前を間違えなかった安堵感からか息を吐いた。


「実は今日放課後にちょっとした親睦会を開こうと思ってさ」

「親睦会?」

「そっ。初等部から一緒の生徒が大半だけど実は話すのが初めてな生徒もいるし、中には一条くんのような外部受験で入学した生徒もいるだろ。これからいちねん一緒に過ごすわけだしお互いをよく知ろうっていう意味でね。今日って何か予定とかあったりする?強制参加ってわけではないしサッカー部は今日オフなんだけどほとんどは部活で断られていてね。無理強いはするつもりないんだけど」

「俺は……」


 今日はバイトもなく大した予定はないのだが……祐馬は振り返って蓮司と聖奈の方を見た。

 その意味を察した萩浦はクスッと笑って、


「さっき鎌ヶ谷くんと倉浜さんにも声はかけて二人とも参加するってさ」

「あー……じゃあ俺も参加しようかな」


 二人の返答次第で断ろうと思っていたのだが、参加するのなら祐馬も特に断る理由はなかった。


 このクラスの生徒たちが少しでも早く仲を深められるような計画を立てて、祐馬たち外部性たちが馴染めるようにできるようにと気遣いが含まれているし、周りがよく見えている。祐馬が蓮司と聖奈とよく話していることを知った上で、一瞬見ただけでそう察知した萩浦の一言だった。


「了解。最終的な場所が決まったらまた教えるよ」


 それじゃあまたあとで、と言って萩浦はこの場を去っていった。


 人の上に立つために必要な能力を既に兼ね備えていて、流石は次期社長と言ったところだろう。

 この学校には頭一つも二つも抜けている人材がゴロゴロいることを改めて実感させられた気がした。

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