第二章
第25話 高嶺の花と新二年生
春休みも何事もなく終えて今日から新学期。
二年生となった祐馬が数週間ぶりに学校に訪れたとき、校内に植えられている桜が満開に咲いていて、祐馬たち新ニ、三年生をそして今日から高等部に入学してくる新入生を出迎えてくれた。
朝、祐馬が廊下を通ると掲示板に大勢の生徒が集まっていて、皆張り出された一枚の紙をまじまじと見つめている。
その紙には新しいクラスの名簿が記載されていて、仲の良い友達と同じクラスになって喜ぶ生徒や逆に離れ離れになって悲しむ生徒などさまざまだ。
別れの季節は三月というけれど、クラス替えがあるという意味では四月もまた別れの季節なのかもしれない。クラスが別々になっただけでそれを思うかどうかは人それぞれではあるが。
祐馬もこれから一年どんなクラスで過ごすことになるのか気になったので、掲示板へと足を向けて立ち寄った。
「おーっす」
背後から蓮司が声をかけてきて祐馬の背中をポンと叩く。祐馬も「ういっす」と挨拶を返すと、二人して掲示板の方に目をやった。
「さてさて。二年のクラスはどんな割り振りになってますかな」
「俺は何事もない平和なクラスならどこでもいい」
「祐馬には俺がいないといけないもんな」
「いやなんでよ」
「祐馬の話し相手がいなくなっちまうから」
相変わらず調子で接してくる蓮司に、祐馬は「やかましい」と顔を顰めて言い返す。
仮に別のクラスになったとしても会えなくなったわけではないので別にどうとも思わない。関係性が変わるとも思っていないので、そんな心配は何らしていなかった。
「見てください!雨宮さんと太陽さまが同じクラスになっています!」
「本当に!?何組!?」
「一組だって!」
「わたくし、違うクラスですわ……貴公子様と同じクラスになれませんでしたわ……」
「あたしは……一組だ!やった!雨宮さんと太陽くんと同じクラス!」
ドッと、掲示板が騒がしくなる。
聞こえてきた情報によれば、高嶺の花こと麻里花と≪貴公子≫こと萩浦は同じクラスらしく、その二人と同じ教室で学べる者はこれでもかというくらいに喜びを露わにしていた。
「まるで宝くじが当たった時みたいな喜びようじゃんね」
「それだけ価値があるってことだろ。同じクラスになれるってのはさ」
麻里花と萩浦の同じ教室で授業を受けられるなんてことは、来年の進路のことも含めると可能性としてはほぼないと言っていいものだろう。
「えーっと俺は俺は……一組だな」
「俺も一組」
張り出されている名簿の一組の欄には、祐馬と蓮司と名前が書かれていた。同じクラスであることを知った蓮司は嬉しそうに表情に花を咲かせる。
「二年も同じクラスじゃん。よろしくな祐馬」
「おう。よろしく」
蓮司が笑いかけてきたので祐馬も口元を緩める。また騒がしくなると同時に、退屈しない一年が送れるような気がした。
他の知り合いがいないかどうか、蓮司は名簿を再び眺める。
「おはよう蓮くん。一条くん」
「おはよ」
「おはよう聖奈」
その声に振り返ると、聖奈が祐馬たちに手を振ってこちらに近づいてきていて、蓮司の表情が分かりやすいくらいに緩んだ。
「二人は何組だった?」
「俺ら二人とも一組だったぜ。聖奈は?」
祐馬の肩に腕を回した蓮司が質問に答えて逆に問い返すと、聖奈が驚きの表情を見せたあとにそれがすぐ喜びへと変わる。
「本当っ。わたしも一組。同じクラスだね」
「良かったー。これでわざわざ休み時間に聖奈の教室まで移動する時間が省けて、話せる時間が増えたわ。あ、もちろん祐馬と同じクラスになれて嬉しいよ。でもそれ以上に聖奈と同じクラスになれて喜んでるだけだからね」
「知ってるしそれはさっき聞いたから」
これで蓮司の騒がしさっぷりに更なる拍車がかかることは明白だなと祐馬は密かに思った。
でもその分、普段は祐馬が握っていた蓮司の手綱を彼女である聖奈が握ってくれることになる。祐馬としては少し楽にもなるので、聖奈が同じクラスになってくれたことはありがたかったし、それを抜きにしても友達として嬉しかった。
「よろしくな倉浜」
「うん。よろしくね」
「ってことは、俺らは雨宮さんと萩浦くんと同じクラスってわけですな」
蓮司に聖奈に麻里花と、祐馬にとっては知り合いが多い偏りのあるクラス編成になったと言える。もちろん学校側が決めたことなので文句は言えないし、別に文句をつけるほど不服とも思ってもいない。
「あっ。雨宮さんだ」
祐馬たちに少し遅れて麻里花も掲示板へと姿を見せる。しばらく名簿を眺めていた麻里花が祐馬がいることに気がついたのか、ちらりとこちらを見て目が合うと微かに口元を緩める。
「なぁおい祐馬。今雨宮さん笑ってたぞ。見てたか?」
「……いや。見てない」
「マジかよ。なんか今までとは違うっていうか自然に見せた笑顔だったっていうか」
「雨宮さんがあんな風に笑うなんて初めて見たかも。凄く可愛かった」
初めて見た麻里花の自然体の微笑に驚きを見せてうっとりした様子で感想を述べていた。
(……まさかな)
まさか自分を見つけて微笑んできたなんて、都合の良い解釈をして期待して後々痛い目に合いたくない。ないないと、祐馬は小さく首を横に振った。
そんな麻里花に近づいていく生徒が一人いて、掲示板周辺はさらに騒がしさを増した。
「た、太陽様!おはようございます!」
「うん。おはよう」
凛々しさと清潔感を感じさせる容姿と隠しきれない雰囲気は、萩浦の爽やかな笑顔に一層の破壊力を与えていた。
そんな萩浦は麻里花の近くまで歩み寄って、その口を開く。
「二年は同じクラスだね。よろしく。雨宮さん」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。萩浦くん」
そう言うと、萩浦は先に一組の教室へと向かった。
「あの二人が同じクラスとかやべぇよな」
「てか、何気にあの二人が話してるところ初めて見たかも」
「まじそれな」
ワイワイガヤガヤと、騒がしさは収まるどころか酷くなる一方だったので、祐馬たちも一組の教室へと向かう。その時には既に麻里花の姿はなかった。
☆ ★ ☆
教室に入った時には既に半数以上の生徒の姿があった。
仲の良い友人と話す生徒もいれば、お互い初めまして同士で交友を深める生徒もいる中で、窓際の席で静かに外の景色を眺めている麻里花と真ん中の列の席で友人と話している萩浦は、一際存在感を放っていた。
「やったな祐馬」
「何が」
「席、雨宮さんの後ろじゃんよ」
「そうだな」
祐馬たちは黒板に張り出された座席表を見ていた。座席は出席番号順であることは決まっている。麻里花と同じクラスになったときからこうなることの予想はついていたので別に驚きはしなかった。
「なんだよ。もうちょい喜べよな。周り見てみ」
蓮司に言われて見渡すと、何やら突き刺すような目(主に男子生徒から)で見られていた。なぜそんな視線を向けられるか分からずきょとんとした顔の祐馬に、蓮司はやや呆れたようにしていた。
「みんな羨んでんだよ。雨宮さんの後ろの席になったお前に」
「俺以外にも雨宮の近くの席のやつはいるだろうが」
「いるけどみんな女子だぞ。雨宮さんの近くの席に座る男は祐馬だけ」
「出席番号順なんだから恨まれる筋合いなんてないんだが」
「それだけレア席ってこった」
まぁ頑張れと他人事のように呟かれて、祐馬は気が重くなっていくのを感じながら自分の席につく。そのタイミングで、麻里花が祐馬の方に身体を向ける。
「同じクラスになりましたね」
「おう。これから一年よろしくな」
「こちらこそ」
一言交わしただけなのに、男子生徒からの視線がより一層鋭くなり、祐馬に注がれる。
どうやら新学期は去年ほど平和に送れるような気がしなくて、ため息を吐かずにはいられなかった。
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