第26話 高嶺の花と家柄

 新学期の初日は始業式の後、ホームルームを行う予定となっていて、本格的な授業は明日から始まることとなっている。


 新学期最初の学校行事である始業式を終えて、少し長めの休憩時間が確保されている中、また机に拘束される日々が始まるのかと絶望に打ちひしがれた様子で生徒たちは話していた。蓮司も例外ではなく近くの席の聖奈に色々と愚痴を溢していて、聖奈は苦笑を浮かべていた。


 祐馬は家にいたとしても勉強かゲームかバイトの三択しかないので、学校は丁度いい具合で行動を縛り付けてくれる場所だと思っている。それと校内の学食をまた食べることができる楽しみでもある。


 そんな祐馬は今、手洗い場で手を洗い終えて教室に戻ろうとしているところだった。

 次はホームルームとなっているが、簡単な自己紹介や一週間の授業スケジュールの確認などを行うのだろう。


 これといった特技や趣味があるわけでもない祐馬が胸を張って言えることなどなく、当たり障りのない普通の自己紹介をした結果、個性がなく面白みがない外部生という認識されてしまった。


 祐馬は別にそれをなんとも思わない。変に虚勢を張り演じるなんて疲れるだけだからだ。ありのままが受け入れられなければそれまでの話。

 現に蓮司と聖奈は自然体の祐馬と一緒にいてくれている。自分の身近な人が理解して受け入れてくれるのなら他は正直どうでもいいとすら思っている。


 ハンカチ取り出して手を拭き終えて廊下を歩いていると、声が聞こえた。

 どうやら声の発生源は空き教室。しかも祐馬のすぐ目の前にある教室だ。


「急に呼び出してごめん」


 爽やかで柔らかい男子の口調の声が聞こえた。

 話しぶりからして、その男子ともう一人の生徒がその教室にいるということなのだろう。


 (中々趣味悪いことしてんな俺) 


 一つ扉を挟んだ向こう側から聞こえる会話を盗み聞きしていることに罪悪感を覚えた。

 それにしてもどこかで聞き覚えのあるような声なのだが思い出せず、首を傾げた。


「いえ。それより話というのはなんですか?萩浦くん」


 もう一人の声は麻里花のものだと気がつく。そして麻里花の口から萩浦と言葉が出て、空き教室にはその二人がいることを理解する。


 会話からするに萩浦が麻里花を呼び出したことは分かった。男女二人が空き教室で。つまり答えは告白の二文字しかない。

 確かに美男美女カップルでお似合いだろうし家柄も素晴らしい。むしろこれまでなぜ二人が付き合っていないのかと疑問にすら思えるレベルだ。


 強いていうならこんな時間じゃなくて放課後とかもっと余裕がある時間帯を選べよと言いたくなるのだが、祐馬が文句を言う筋合いはない。


 だとしたらもっと盗み聞きは良くないと思い、その場から立ち去ろうとした。


「単刀直入に聞く。麻里花ちゃん、あの家を出ていったって本当?」


 去ろうとした祐馬の足が止まって驚愕の表情を浮かべる。


 さっきは雨宮さんと呼んでいたのに、今は麻里花ちゃん、とまるで呼び慣れているかのように平然と言っていた。祐馬が知らないだけで二人少なからず関係があったということだろうか。よくよく考えれば大企業の御曹司とご令嬢の二人が接点がない方がおかしい。中学までは違えどど幼少期に社交界などで面識があり、関係があった可能性だってある。


 (いやいや。そんなことよりも……)


 名前で呼んだことよりも、麻里花が雨宮家を出ていったという言葉の方が祐馬にとって衝撃を与える発言だった。

 情報が色々と入ってきて混乱している祐馬をよそに、麻里花と萩浦は話を進めていく。

 

「その話。誰から聞いたのですか?」

「うちのメイドさんたちが話しているのを小耳に挟んだんだ。それでこの話は本当なの?」


 萩浦の追求に麻里花はしばしの沈黙のあとに、小さく吐息を漏らしてから言葉を紡ぐ。


「本当ですよ。もうずっと前からあの人たちに煙たがられていましたし、わたしのことをよく思っていないのは知っていましたから」

「それは……確かにそうだね。俺も薄々感じてはいたよ。でもさ。大丈夫なのか?家を出ていったってことはさ……」

「そこに関しては問題ありません。今はセキュリティがしっかりしたマンションに住まわせていただいてますし、必要最低限の支援はいただいていますから」

「いやでもさ。それでもしきみの身に何かあったら……」

「あの人たちにとってはただの邪魔者なんですよ。わたしは」


 麻里花の声音がだんだんと低く、そして暗く変わっていく。まるで初めて会った時のような。それよりもっと酷く悲しみに満ちたような寂しい声のように聞こえた。


「話というのはそれだけですか?」

「えっ。あ、あぁ」

「それではこれで失礼します」


 そう言って麻里花は扉に手をかけて教室を出ようとしたところで「最後にこれだけ言わせてくれ」と萩浦からの言葉で、麻里花は振り返る。


「変わったな雨宮さん。あのときから。雰囲気も。話し方も」


 呼び方が雨宮へと変わっていて、麻里花に話しかける萩浦は悲しげな瞳を麻里花に向ける。


「変わりますよ。あの出来事が起きて取り巻く全てが変わって、わたしだけ変わらないわけないじゃないですか」

「……あぁ。そうだね」


 そう言い残した麻里花は深呼吸をしたあと、萩浦を置いて今度こそ空き教室を出る。


 祐馬は麻里花に気づかれないよう、廊下の曲がり角で小さく身を潜めていて、少し早歩きで教室へと戻る麻里花の後ろ姿に目を送る。


 その背中は、祐馬にはものすごく寂しく見えた。

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