第21話 親友との付き合いとぬいぐるみ
「ゆーまー。放課後ゲーセン行こうぜ」
授業の終わりと共に、蓮司は身体の向きを百八十度回転させて、祐馬にお誘いの言葉をかけた。
「どうせ暇だろ?」
「どうせってお前なぁ」
暇だと決めつけてくる蓮司に眉間に皺を寄せるが、否定できない事実なので「まぁそうだしいいけどさ」と付け加えると「じゃあ決まりだな」と指を鳴らした。
「つか、なんで急にゲーセン行こうだなんて言ったんだ?」
「あぁ、それは……」
「蓮くん。一緒に帰ろっ」
蓮司が理由を言いかけようとしていたところで、既に帰り支度を済ませた聖奈が柔和な笑みを浮かべながら現れた。いつもならだらしのない表情になるのだが、今日の蓮司は「あー」と目を逸らして後頭部を掻いていた。
「悪い。今から祐馬と遊びに行くんだよ。だから今日は友達と帰ってて」
「う、うん。分かった」
「ほら祐馬。行こうぜ」
「お、おう」
蓮司に急かされて祐馬もそそくさと鞄に教科書を詰め込み、教室を出ていく。何やら慌てた様子の二人を聖奈は不思議そうに首を傾げて見つめていた。
☆ ★ ☆
「で、なんで急にゲーセン行きたいだなんて言ったんだ?」
特有の照明と少し騒がしいと感じてしまう鳴り響く音楽が、祐馬たちを出迎える。
ゲームセンターに着いて、まず最初に祐馬は声を張って答えてもらっていない質問を再度投げかけた。
「……実はさ。明後日、聖奈の誕生日なんだよね。この間、聖奈とこのゲーセンに来たんだけど、そのときクレーンゲームにペンギンのぬいぐるみあったんだよ。それを凄い物欲しそうな顔で見てて、そろそろ誕生日だしそのぬいぐるみをプレゼントしようって思ったんだ」
その質問に照れ臭そうに口元を緩めながら頬を人差し指でポリポリと掻いて蓮司は答えた。
付き合って初めて祝う恋人の誕生日プレゼントは絶対に外したくない。向こうが欲しがっているものをプレゼントしてあげれば、大層喜んでもらえるのは間違いない。
「なるほどな。それでなんで俺を同行させた理由については?」
「一人でゲーセンは寂しいだろ」
「さいですか」
ゲームセンターに一人で遊びに来る者は少なくないとは思うが、蓮司には厳しいハードルだったらしく暇で声をかけやすい祐馬に白羽の矢が立ったようだ。
「もちろん目的を達成した後は遊ぶけどな。それじゃあ早速クレーンゲームに行きますか」
「あいよ」
お目当てのものを獲得すべく、蓮司は張り切った様子でクレーンゲームへと向かい、祐馬もその横を歩いた。
「やっべー。取れねぇ……」
蓮司はその場に倒れ込みそうな勢いで項垂れる。
ガラスの向こう側にはフェルトで作られた目をこちらに向けるぬいぐるみが横たわっていた。
取り始めてから五分。既に十回挑み続けた蓮司は、ぬいぐるみを着々と景品口へと近づけているのだが、最後の最後で上手くいかず蓮司の財布の中身のみが消費しているのが今の現状。
見ている祐馬の身からしてももどかしさを感じるので、やっている蓮司はそれ以上の気持ちだろう。
「軍資金はあとどれぐらいあんの?」
「金自体は問題ないけど取れる気がまるでしねぇ」
あれだけ元気だった蓮司が今は意気消沈していて、白旗を上げているようにすら見える。焦りと半ば心折れかけているのが、引き攣った笑みの蓮司を見てよく分かった。
「そんなに難しいもんかね」
「そんなに言うならやってみろよ。難しいから」
何気なく吐いた一言に、蓮司は珍しく顔を険しいものにする。
ゲームセンターには何度も訪れているが実はクレーンゲームはやったことがない。蓮司はとても苦戦していたが、見ているだけだとそこまで難しくは見えない。
「んじゃ、やってみようかな」
祐馬はどのクレーンゲーム機で遊ぶか、景品を見つめながら歩き始める。
元々祐馬にぬいぐるみを集める趣味はないので、もし取ることができれば蓮司みたくプレゼントとして誰かに渡そうかと考えていた。
そんなときにまず最初に頭に浮かんだのは――
祐馬が立ち止まったのは、蓮司がやっていた場所から少し離れた台。中にはモヘア素材で作られたパンダのぬいぐるみがゴロンと転がっていた。
お金を入れた祐馬は、リモコンを操作してアームをぬいぐるみの頭上まで移動させる。ボタンを押すとアームが降りてぬいぐるみを掴むと、持ち上げ始めた。
「ここまではいいんだけどアームの力が弱いから落ちるんだよ。アームで景品口まで押し込まないと取れないよな」
持論を述べる蓮司とは裏腹に、アームは掴んだぬいぐるみを離すことなく移動して、ぬいぐるみが景品口に落ちた。
「おっ。取れた取れた」
祐馬は景品口に転がったパンダのぬいぐるみを取り出す。そして蓮司の方に視線を向けると、
「うっそん……」
信じられないと、蓮司は口をあんぐり開けていた。何かの間違いではないかと目を擦ってもう一度凝視するが、祐馬の手にはぬいぐるみが収まっている。
「蓮司が苦労してるからどれだけ難しいのかと思えば思ったより簡単じゃん」
「いやいや。普通は一回二回で取れるもんじゃねぇから。祐馬が異常なのよ」
拍子抜けした様子で口にした祐馬に対して、蓮司は手を横に振りながら否定する。
簡単とは口にしたが祐馬もまさか一回で取れるとは思ってもいなくて、ぬいぐるみを掴んだ場所がたまたま安定する箇所だったのだろう。
「まぁ俺でも取れたんだし、蓮司も倉浜のために頑張れ」
「よーし。俺には聖奈の誕生日プレゼントを手に入れるって使命があるんだ。いくら溶かそうが絶対にゲットしてやる!」
本来の目的を思い出した蓮司は気合いを入れ直して、再びぬいぐるみを手に入れにクレーン台へと向かい、お金を入れてコントローラを操作する。
祐馬も獲得したぬいぐるみを片手に抱きかかえながら、蓮司の後ろ姿を見つめていた。
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