第20話 高嶺の花と好みの味付け
「やっぱ品数増えたよな」
椅子に腰を下ろした祐馬が夕食が並ぶ食卓を見つめた。
一条家に並ぶ夕食の品数が普段よりも多いのだ。一条家の大黒柱にして祐馬の父親――一条正尚は現在仕事で海外へ単身赴任中なので、基本は祐馬と菜穂の二人で食卓を囲んでいる。それに合わせて二人分の食事を菜穂が作ってくれるわけなのだが。
「最近麻里花ちゃんとお裾分けし合ってるの。母さんが夕飯お裾分けしに行ったら麻里花ちゃんも作りすぎたからって貰っちゃって。今日の煮物と昨日の時雨煮だって麻里花ちゃんが持ってきてくれたものなんだから」
「へー」
嬉しそうに微笑む菜穂を横目に祐馬は牛肉と大根の煮物に箸を伸ばして口に運ぶ。
咀嚼した瞬間、醤油とみりんと料理酒の煮汁が染み込んで柔らかくなった牛肉と大根が口の中でほろりと溶けた。
「うまっ……」
肉と野菜の旨みと煮汁が見事に絡み合っていてすぐさま白米を頬張る。ご飯にぴったりな一品で、祐馬は舌鼓を打った。
「本当。母さんのより美味しいわ」
「そこは息子的に嘘でもわたしの方が美味しいって言って欲しいところなんだが」
「だってこんな美味しいの作れないもの。レシピ教えて欲しいくらい」
向かいの椅子に座る菜穂も祐馬と同様の反応を示していた。
外食やコンビニで済ますこともできそうだが、金がかかるし栄養も偏ってしまう。
料理だけに限らず一人暮らしをする以上は最低限の家事はできていないとまともに生活することなんてできない。普段は学校で授業を受けて帰ってから家のことと勉強の両立なんてやれと言われてもできる自信がまるでない。
「美人で料理もできちゃうなんて。本当に羨ましい限りだわ」
「ごめんなさいね。色々と」
「そんなことないわ。父さんと母さんの息子なんだからお洒落すればカッコいいわよ。祐馬は元がいいんだから。料理はまぁ……頑張ってとしか言えないけど」
前者には祐馬の言葉に対して否定的な意見を述べ、後者にはただ苦笑いを浮かべることしかできない菜穂だった。
容姿に対する評価には多少の家族補正がかかっていそうなのでアテにならない。料理に関しては本当にどうしようもないくらいで菜穂もそう答えることしかできないのは当然のことだった。
「それにしてもマジで美味いな……」
昨日の時雨煮にしても今日の煮物にしても祐馬が大好きな少し甘めの味付け。茶碗に盛られていた白米がみるみる祐馬の口の中へと運ばれていき、あっという間に空になった。
「あらあら。ひょっとしてもう胃袋掴まれちゃった?」
「うっさい。そんなんじゃないわ」
こちらを見てニヤニヤと笑みを浮かべる菜穂に祐馬は麦茶を喉に流し込みながら、菜穂からの視線を逃れるように目を逸らした。
胃袋を掴まれる。つまり惚れたみたいな言い方をされたのでそれは否定したが、美味しかったのは事実だ。実際時雨煮と煮物は祐馬も気にいったし、機会があればまたいただきたいとすら思っている。
それを麻里花本人に言えるかどうかはまた別問題である。菜穂が言えばまた作ってくれるかもだが、祐馬と麻里花はそれほど仲良くはない。
(高嶺の花の料理を食えるだけまだマシだよな)
ただですら麻里花と親しげに話しているやらで目をつけられているのに祐馬が麻里花の手料理を食べていることを男子生徒に聞かれては何されるか分からない。これ以上学校生活が騒がしくなるのだけは勘弁してほしいところではある。
「ご馳走様でした」
この事は絶対に言わないと決めて、祐馬は手を合わせた。
☆ ★ ☆
「おはよう」
昨日いただいた煮物が入ったタッパーを麻里花に返すため、翌朝いつもより少し早く家を出た祐馬はちょうど家を出ようとしていた麻里花に声をかけた。
菜穂と麻里花はいつも朝のこの時間帯にお裾分けが入ったタッパーを渡し合って味の感想を言い合っているらしい。今日は菜穂が仕事の都合でいつもより早く家を出なければいけなかったようなので、代わりに祐馬が持ってきたのだ。
「……おはようございます」
声をかけられた麻里花は驚いたように目を丸くした。
「なんだよ」
「いつもは菜穂さんなので一条くんが持ってきてくれるのは少々意外でした」
そう言って祐馬が持つタッパーに視線を向ける。麻里花の手にも昨日菜穂が渡したであろうタッパーで塞がっていた。
「一昨日昨日とご馳走様でした。あの時雨煮と煮物は雨宮が作ったものだったんだな」
「お粗末様でした。一条くんのお口に合いましたか?」
「あぁ。めっちゃ美味かった」
「それなら良かったです」
祐馬の感想を聞いて麻里花は安堵の息を小さく漏らした。
「昨日の菜穂さんの料理も大変美味しかったとお伝えしておいてください」
「あいよ。それにしても雨宮料理得意なんだな」
「家事全般は小さい頃から教わっていましたから」
「へー。だからあんな美味い飯作れんだな」
そう言って関心の目を向ける祐馬に、麻里花は首を傾げる。
「そんなに気に入ったのですか?」
「あぁ。また食べたいって思うくらいには」
ポロリと本音が漏れてしまって、しまったと祐馬は口を抑える。そうですか、と麻里花はしばらく俯いた。
「あんなもので良ければまた作ってあげますよ」
顔を上げた麻里花から口からは、予想外にも前向きな言葉が出た。
「えっ。いや。まぁそれは嬉しいんだが……俺は何もしてやれてないんだが」
麻里花からはお裾分けをいただいている。祐馬が麻里花に何かを与えれているわけではない。そのくせ自分だけ要望を伝えるというのは横暴だろう。
「気にする必要はありませんよ。お裾分けは菜穂さんと話すきっかけにもなってますし一条くんはおまけみたいなものなので。それに作りすぎてしまいますからどうせなら美味しく食べてくれる人の方が料理も喜ぶでしょう」
「おまけって。まぁ実際そうだから否定はできないんだけどさ」
祐馬は困ったような表情を浮かべて肩を竦めた。
「でも……そう言ってもらえるのは嬉しいです。ありがとうございます」
「おう。じゃあまた学校でな」
タッパーを片付けに部屋へと戻っていく麻里花にそう声をかけた祐馬は、一足先に学校へと向かった。
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