第19話 高嶺の花と意外な姿
真上に放り飛ばした靴が地面に落ちて、二度ほど転がり止まる。靴飛ばしの結果は千紘に軍配が上がった。
「わーい!ぼくのかちー!」
ブランコから降りて片足を地面に付けないよう取りに向かい、靴を履いた千紘は両手を大きく上げて身体全身で喜びを表していた。いつもの祐馬なら千紘に何か声をかけている場面なのだが、今はそれどころではなく、祐馬はただ呆然とすることしかできなかった。
途端に羞恥心が芽生える。麻里花がいたことに全く気が付かず、それだけ楽しんでいたということなのだが、年甲斐もなくはしゃいでいたところを見られていただけに、穴があったら入りたいくらいだった。
「あ!まりおねーちゃんだ!」
千紘も遅れて麻里花の存在に気がついたのか、声を上げると走って向かう。その間に祐馬は横向きに転がっていた靴を拾って履き直す。
麻里花は駆け寄ってきた千紘に視線を合わせるようにしゃがみ込むと、目元と口元を緩めて話している。
何話してるんだと思っていると、二人は一緒にこちらに歩いてきた。無邪気に笑いながら話しかける千紘に、麻里花も小さく相槌をうっていた。
「えーっと……ちーくん?」
「まりおねーちゃんもちょっとだけいっしょにあそんでくれるって!」
できれば麻里花とは今は顔を合わせたくなかったのだが、心からの笑顔を向けてくる千紘の前に祐馬はこれ以上何かいうわけにもいかなかった。
お互い話したいことはあるだろうが、目の前に千紘がいる手前変なことを言えるわけもない。
麻里花のことを「まりおねーちゃん」と呼んでいたので、それなりの交流があったのだろうか。懐に飛び込むのが上手く、人懐っこい千紘は誰から見ても可愛く見えるのだろう。
「またブランコにのってくる!」
「おう。先に一人で乗ってな。俺たちもすぐに行くから」
祐馬と麻里花の間をすり抜けた千紘は、またブランコの方へと駆けていく。座面に腰を下ろしチェーンを掴んで漕ぎ出した。
「ところで一条くん。さっきのは」
「今すぐ忘れろ」
千紘が乗るブランコを見つめながらボソッと呟いた麻里花の言葉に被せるように、祐馬は即座に食い気味で返す。
「子供っぽい一面もあるのですね。少し意外でした」
「ちーくんに付き合ってあげてたんだ」
「その割には随分楽しそうにブランコに乗っていましたけどね。いいじゃないですか。少なくともわたしはどうとも思いませんよ」
驚きはしましたけど、と付け加える麻里花に「だから忘れろ」と念を押すように少し強めに伝えた祐馬は、続けて口を開く。
「ていうか悪いな。付き合わせちゃって。どこか出かけようとしてたろ?大事な用ならちーくんに別に気遣わなくてもいいんだぞ」
「いえ。近くの本屋に行こうとしてただけですから」
「そうなのか。てっきり遊びに行くのかと」
「どうしてそう思ったんです?」
「まぁ……普通にお洒落だから」
麻里花はウールニットにベージュのカーディガンを羽織り、モカ色のワイドパンツスタイルだ。
本屋に行くにしては少々気合いが入っているというか、友達と遊びに繰り出すくらいの服装だと思ったのだが、遊びに行く予定があったならそのまま通り過ぎているだろうし、麻里花からすれば外出するときは今ぐらいの服装が基本なのかもしれない。
祐馬がお洒落に無頓着すぎるというのもあるだろうが。
褒められると思っていなかったのだろう。しばらくポカンとしていた麻里花が「あ、ありがとうございます」と少し恥ずかしさを交えていた。
「まぁでも、人と会う約束はしていたのでそれなりな服は選んだつもりですけど」
その一言が、先ほど麻里花の家を出た女性のことを指しているのだとすぐに分かった。だが、先ほどの女性の対応から見るに、おそらくは麻里花の様子の確認や近況報告を受けにきたのだろう。
家の事情ともなると、祐馬が変に首を突っ込む場面ではないし、気になりはしたがどうしても聞かなければいけないわけでもないので、深く追求するわけでもなく「そっか」とだけ答えた。
「ゆーまにー!背中押してー!」
「あぁ。分かった」
呼ばれた祐馬が千紘に優しい笑みを向ければ、麻里花がその様子をジッと見つめていた。それに気がついた祐馬は麻里花に視線を向ける。
「どうしたよ」
「一条くんも笑うんですね」
「そりゃ人間なんだから笑うときぐらいあるだろ」
「いつも無表情で笑っているところ見たことないですから」
「あー。言われてみればそうかもな」
笑うことがあるとすれば両親の前と蓮司と馬鹿話しているとき、千紘と一緒にいるときくらいだろう。それ以外は基本表情を変えるようなことはない。自覚はあるし少なくとも麻里花に笑顔を見せるようなことはなかったと思う。
「はやくー!」
「はいはい。今行くよ」
催促してくる千紘の元に、祐馬は軽く駆け足で向かい、麻里花もゆっくりとした足取りでその後を追った。
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