第18話 休日の一幕

「ゆーまにー!そとであそぼ!」

「おう。いいぞ」


 純粋で無邪気な笑顔を向けられながら呼ばれて、敷かれたカーペットの上で胡座をかいていた祐馬は立ち上がった。


 休日のある日、ご近所の斎藤さんに用事があるから少しだけ息子の相手をしてほしいと頼まれた。普段から色々とお世話になっているし、男の子――千紘(ちひろ)も祐馬のことを「ゆーまにー」と懐いていて、一回り年の離れた弟のように思っているので、そのお願いを快く承諾した。


「どこに行く?」

「こうえん!」


 既に準備を済ませた千紘は「はやくはやく!」と祐馬を急かし「はいはい」と返事をしながら厚手のコートを羽織り準備を終える。

 玄関の扉を開けると、千紘が真っ先に廊下を走り出す。祐馬も後に続こうとしたところで、とある光景が目に入って祐馬は視線を向けた。


 麻里花の自宅から一人の女性が現れたのだ。

 色素の薄い金色の髪は肩ほどまでに伸ばされていて、翡翠色に輝く瞳は知性を感じさせた。

 

「それでは失礼します。麻里花さま」


 礼儀正しく泰然とした様子の女性は扉を閉めてこちらに向かってきた。前を通る直前、祐馬に視線を向けて小さく会釈をしたので、祐馬もぺこりと軽く頭を下げる。途中にいた千紘にも優しく微笑みかけたその女性はそのままエレベーターへと向かい、この場から姿を消した。


 (さっき、麻里花さまって言ったよな……)


 少し離れた場所からだったが確かにそう言ったように聞こえた。

 容姿からして年齢は十代後半か二十歳前後だと思う。そんな女性がさまを付けて呼んでいたということは、彼女は麻里花の側付きということだろうか。


 漫画やアニメの世界では側付きメイドなんて存在が登場するが、まさかそれが現実世界にも実在するなんて。あれほどの規模の大きな企業ならいても不思議ではない。

 ただ麻里花はなんでも一人でこなしてしまうので、側付きなんていなくても問題ないような気もするのだが。


「ゆーまにー!」

「ごめんごめん」


 可愛らしくぴょんぴょん跳ねながら呼ぶ千紘に、祐馬は軽く駆け足で向かい登ってくるエレベーターを待っていた。


☆ ★ ☆


 祐馬は比較的に子供が好きで面倒見がいい。

 子供が遊んでいるところや何かに一生懸命に取り組んでいるところを見ていると、応援したくなってしまう。

 千紘と遊んであげることもあるのだが、祐馬はその時間を苦とは感じていないし、むしろ楽しいと思うことの方が多い。


 マンションのすぐ近くにある公園に祐馬は移動する。ここの公園には様々な遊具があって、平日の夕方ごろは小学生たちが遊んでいるのを見かけていた。


 千紘もここでよく遊んでいるのか、着くとすぐにブランコの方へと走り出す。目を輝かせていたので千紘のお気に入りなのだろう。


「おして!おして!」

「あぁ。いいよ」


 千紘は座面に座りチェーンを握りしめながら足をぷらぷらと暴れさせていて、祐馬は微笑みながら千紘の背中を軽く押し始める。次第に勢いがつきはじめて、キャッキャと千紘からも楽しそうな声が聞こえた。


「ゆーまにーもやろうよ!」

「いや。俺はいいよ。ちーくんが楽しんでるの見てるから」


 幼稚園児の隣で男子高校生がブランコに乗っているなんて変な目で見られることは確定事項。それに千紘が遊んでいるところ見ているだけでも、祐馬は十分に楽しめている。


「……いっしょにのろうよぉ」


 傷つけないようにやんわりと断ったつもりだったのだが、千紘の真っ直ぐな瞳は見る見る潤み出していた。


「わ、分かった乗るよ。乗るから泣かないで。なっ?」


 泣いた子供を宥める術を持ち合わせていない祐馬ができるのは千紘のご機嫌をとることだけ。

 慌てふためいた様子でそう伝えると、千紘はすぐに表情を明るくさせて、ホッと肩を撫で下ろす。


 (これは乗らなきゃいけない流れだよなぁ……)


 ブランコに乗ることへの羞恥心と乗らず千紘が泣くこと。天秤にかけたとき間違いなく後者を避けるべきだ。


 祐馬は座面に座って地面を蹴り勢いをつけ始めると、次第にブランコの振れ幅が大きくなる。

 千紘も負けじとブランコを一生懸命漕ぎはじめていた。


 (久々に乗ったけど楽しいな)


 最後にブランコに乗ったのは小学生以来なのでもう六、七年ぶりだろうか。中学、高校と進むたびに遊具で遊ぶのは恥ずかしさが芽生えて遠ざけていたのだが、乗ってみれば小学生のときを思い出すと言うか、童心に帰ったような気がした。


「ゆーまにー!どっちがくつをとおくとばせるかしょうぶしよ!」

「いいけど、本気でやるぞ?」

「うん!しんけんしょうぶ!」


 公園には誰にもいないので迷惑をかけることはないだろうし、一回くらいなら付き合ってあげてもいいだろう。


「それじゃあちーくん先でいいよ」

「よーし……」


 千紘は靴の踵部分を脱いで、ブランコの勢いをつけてしばらくしたのち、「それ!」と声と共に靴が飛んでいった。


「んー……ぜんぜんダメだった……」

「じゃあ次は俺な」


 ブランコの勢いを弱めながらしょぼくれた顔を見せる千紘を横目に、祐馬はブランコを漕ぎ始める。


 真剣勝負と言ったからには祐馬だって負けるわけにはいかない。かと言って靴を飛ばしすぎないように千紘に勝ちつつ程々の力で放るべく、勢いを調整する。


「よーし見てろよ。せーの……」


 気持ちが小学生に逆行していだ祐馬は、たまにはこういうのもいいかもな、と思いながらブランコを楽しんでいた。


「――ぁ」


 祐馬から呆けた声が漏れる。

 靴を飛ばそうとした瞬間に、公園の入り口のにとある人物の人影が見えたからだ。その人物とは黒髪に水色の瞳をした絶世の美少女とも言える人で、ブランコを漕いでいる祐馬を目を開いて目視していた。


 つい気を取られてしまいタイミングが完全に狂いながら靴は、祐馬たちが遊んでいるブランコのほぼ真上に放られたのだった。

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