第15話 高嶺の花はテストでも隙がありません

 二月下旬。

 校内はいつもより賑やかで、少し騒がしいとすら感じる。


 桜ノ宮学園では期末考査が行われ、無事にその日程を乗り越えたことで生徒たちの表情は安堵に満ちていた。

 今日はその結果が掲示板に貼り出されていて、自分の名前があるかどうか期待と不安に胸を膨らませた生徒たちが、掲示板へと集まっていた。

 

 祐馬と蓮司も足を運び、一喜一憂した声を耳にしながら掲示板に目を見やる。


「結果はいかがなものよ?」

「別に。前よりちょっと上がったくらい」


 学習意欲はそれなりにある祐馬は、部活動に所属している生徒よりも自習に向ける時間があるため毎日の復習は欠かさず行うようにしていて人前で公表できるくらい恥ずかしくない程度の成績を維持している。

 今回も四十位とそれなりの順位をとることができたので、祐馬は実力通りの結果だろうなと受け止めていた。


「目立たないけどお前頭良いよな。でも順位が中途半端というか普通というか」

「なんてことを言うんだ」

「どうせなら二十位以内に入っててくれよ」

「要求が無理すぎる。俺は普通を維持できていればいいんだよ」


 上位は小、中等部の生徒がほとんどを占めていて、はむしろ大健闘と言えるくらいの成績だ。それに今ぐらいの普通の順位が一番自分に合っていると思っているのだ。


「んじゃそう言う蓮司はどうなんだよ」

「前回と変わりなく」


 蓮司は祐馬よりも順位が下だ。前回と同じと言うことは、今回も下から数えた方が早い順位ということだ。それでも蓮司が呑気な顔で平然としているのは、最低限の点数は確保しているからだろう。


「どうせまた弾いてたんだろ」

「よく分かったな」

「テスト期間くらいギター弾く時間を勉強に当てろよ」

「何言ってるんだ。一日でも弾かなかったら下手になるんだぞ。感覚が狂っちまう」


 まるで祐馬が間違っているかのような言い草でやれやれと蓮司は首を横に振る。

 ギターや好きなものには時間を忘れて没頭できるくらいの集中力があるし地頭だって悪くない。

その勢いで勉強に向き合ってくれればそれなりの順位だってとれるというのに勿体無いなとため息を吐いた。


「どうした祐馬。もしかして見惚れたか?」

「天地がひっくり返ってもねぇわ」


 蓮司の発言に、祐馬は顔を顰めて引いた顔を見せながら否定して思ったことを伝えると、「それもそうだな」と呟いて、


「俺に見惚れてて欲しいのはこの世で一人だけだけどな」

「あ、そう」

「そんな嫌そうな顔するなよ」

「誰が好き好んで人の惚気話を聞きたがると?」


 こんな風に隙あれば惚気をぶちかましてくるのだから油断できるものじゃない。ちなみに聖奈の成績は優秀で、今回も二十位内と優等生ぶりを発揮していた。


 蓮司が続きを話そうとしたとき、周辺が女子生徒の黄色い声でドッと騒がしくなる。彼女たちはある方向を見ていて、何事か思い祐馬と蓮司も目を向けると、一人の男子生徒が歩いてきていた。


 赤みがかった茶髪に同じ色に輝く双眸からは優しさが滲み出ている。端正な顔立ちから感じさせる凛々しさをより一層引き立てていた。


「あっ!太陽くんだ!」

「太陽くーん!」

「相変わらずカッコいいよね!」

「いつもでしょ!」


 次々と上がる声援に少年――萩浦も穏やかで甘い微笑を浮かべる。その微笑みからは一切の嫌味を感じず、むしろ誠実さを感じ取れる。

  

 萩浦は友人らしき生徒と共に、掲示板の方を見ながら言葉を交わしている。萩浦の隣を歩く生徒が霞んで見えるくらいに、彼の容姿と雰囲気はこの場では群を抜いていた。


「太陽は今回も二位か。お見事」

「いや、まだまだだ。今回は凡ミスもあったし」

「意識高ーな。さすがは萩浦財閥次期社長さま」

「やめろよ。まだ完全に決まってるわけじゃないんだから。でもいずれそうなれるように今はもっと頑張らないと」


 萩浦は眉を寄せて少し困った反応を見せるも、意気込みを口にした。萩浦の周りは女子生徒が次々と押し寄せてきて、彼は爽やかな笑みで応じる。

 その様子を、祐馬と蓮司は遠目から眺めていた。


「萩浦だけ雰囲気違くね?本当に同級生かよ」

「周りのみんなを惹きつける何かを持ってるんだろうな」

「カリスマ性の塊みてー」


 胸を張って真っ直ぐ前を見据える萩浦からは程よい自信に満ち満ちている。

 顔も成績も運動も家柄も良しで、幼少期から積み上げてきた成功体験が萩浦太陽という人格を作り上げてきたのだろう。

 性格に難点があれば少しは釣り合いだってとれていたのだろうが、萩浦が女子生徒に向ける対応はまさに神対応だ。 


「男の俺ですらカッコいいって思っちまうくらいイケメンって反則だろ」

「性格も完璧と言えて、≪貴公子≫と呼ばれるのも納得だよ。でもその萩浦ですら二位だもんなぁ」


 そう言って蓮司が向けた視線のその先には、黒髪の少女が一人で順位表を眺めていた。

 そこに数名の女子生徒が駆け寄ってきて、少女に話しかける。


「また一位ですね!おめでとうございます!」

「すごーい!さすが雨宮さん!」

 

 今回の期末考査も麻里花が全教科満点でぶっちぎりの一位だった。

 にも関わらず、麻里花の表情は安堵で崩れることもなく「ありがとうございます」と静かに薄く微笑みを浮かべて、彼女たちの言葉を受け取った。


「雨宮さんあんまり喜んでなくね?」

「雨宮にとってはいつも通りなんじゃない?知らんけど」


 萩浦を始めとして勉学に秀でた生徒は他にも大勢いる。それでも毎回一位の席に座り続けているのだから、まさに才女と表現する他ない。

 

「次のテストも期待しています!」

「また勉強会一緒にやりましょうね!」

「はい。そのときはまた是非」


 周囲から向けられる期待と雨宮の名前を背負う重圧だってあるだろうに、落ち着いた様子で受け答えする麻里花からはまるでそれを感じなかった。


「俺が一位だったらその場ではしゃぎ倒すくらい喜ぶんだけど」

「そんなタラレバ言う暇あったら少しでも勉強するんだな」


 淡々と事実だけを述べた祐馬に、蓮司は「手厳しいこと言うなよな」と肩を竦めて苦笑した。

☆ ★ ☆


 その日の帰り道。

 家路を辿りマンションに辿り着くと、麻里花の姿が見えた。ちょうどそのときエレベーターの扉が開いたので少し早足で向かう。


「よう。雨宮」


 エレベータに乗り込んだところで声をかけると、特に驚いた様子を見せるわけでもなく麻里花はゆっくりとこちらを振り向いた。


「一条くん。どうかされました?」

「別に大した用ってほどでもないんだけどな。期末考査一位だったろ。おめでと」


 慣性の法則が働いている感覚をその身に感じながら、祐馬は麻里花に労いの言葉をかける。少し間が空いて「ありがとうございます」と麻里花の静かな声が耳に届いた。


「一条くんもちゃんと勉強されているのですね。順位表見ました」

「雨宮ほどではないけどな。やることやった結果が出た感じっていうか」

「勉強はしっかりやられる方だと知ることができたので少し安心しました」

「勉強はそれなりにやるだろ。誰でも」

「それもそうですね。進学校ですし」


 口ぶり的に褒められていると受け取っていいのだろう。今思えば麻里花に褒められたのは初めてだと気がついて「まぁどうも」と祐馬は付け足した。

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