第13話 噂の貴公子様

 空一面灰色の分厚い雲が覆っていて、強い雨が降りしきっている。屋根を打ちつける雑音を体操服の長袖長ズボン姿の祐馬は体育館から聞いていた。


 祐馬のクラスはただ今体育の授業の真っ最中。

 成績は殆どつけ終えたらしく、好きな球技をやってもいいとのことなので、多数決の結果フットサルをやることになった。


 今は授業の邪魔にならない場所に移動して、壁にもたれかかるように腰を下ろして試合を眺めていた。


「暇だねー」

「仕方ないだろ。負けたんだから」


 隣には祐馬と同じチームだった蓮司が大きな欠伸をして目元に浮かぶ涙を拭いながら体育座りの姿勢を崩して足を放り投げるように前に伸ばしていた。


 祐馬のチームは早々に負けてしまったため、授業のほとんどが自由時間となってしまった。祐馬としては汗の始末に困らないのと身体が冷えないので喜ばしいのだが、蓮司はどうも退屈なようで、足をぶらぶらとさせる。


「へぇ。男子って今フットサルやってるんだ」

「面白そう。ちょっと見ていこうよ」


 体育館の上の通路から、体操着姿の女子の声が聞こえてくる。祐馬たちが使用している体育館の隣で女子も授業を行っており、少し早く終わったようで、ついでに様子を見に来たようだった。

 その声を耳にした男子たちは目の色を変えて、ボールを追いかけ始める。


「単純だな」

「単純なんだよ。この年頃の男は。カッコいいところを見せようと必死に頑張るんだって。それにほら。あの人だっているじゃん」


 あの人という単語に数秒ほど考えたあと「ほらあそこ」と蓮司が視線で方向を指し示すと、合点がいったように「あぁ。なるほど」と頷いた。

 女子生徒たちが多く集まっているところから少し離れたところで、麻里花がコートに視線を向けている。


 体育と選択科目の授業は二クラス合同のため、別クラスの麻里花だが、今は同じ授業を受けているのだ。


「おい!寄越せ!」

「いやこっちだろ!最後は俺が派手なの一発決めてやる!」


 コート内にいる男子は闘志を剥き出しにして、ボールを要求する。女子生徒と麻里花が見ていることでいいところを見せようと彼らをさらにやる気にさせているようだった。

 

 だが二分も経たない内に女子たちは興味が薄れていき、コートから視線を逸らして話し始めていた。


「ねぇ。学年で一番カッコいいのは誰だと思う?」

「それはもう太陽くんしかいないでしょ!」

「カッコよく華もあって頭脳明晰。誰にでもお優しくおまけにサッカー部のエース。天才と表現する以外ありませんわ」

「でも残念です。同じクラスではないので話す機会もないですし……」

「クラス替えの時に同じクラスになれるよう祈るしかないよね」


 と、コートには目もくれず、この場にいない男子のことで楽しそうに会話する女子たちの声に、祐馬と蓮司は苦笑を浮かべる他なかった。


「酷い言われよう」

「まぁでも事実だから仕方ないよな」


 話題になっているのはおそらく、萩浦太陽のことだろう。祐馬も名前くらいは知っている。

 初等部から桜ノ宮学園の生徒として通っていて、一年生の中ではダントツの人気を誇っており、校内には萩浦のファンクラブまであると耳にしたことがある。誰にでも真摯な振る舞いをすることから≪貴公子≫と呼ばれているそうだ。


 成績は麻里花に次いで不動の二位。スポーツはなんでも完璧にこなす運動能力を持ち、サッカー部の中心人物。そして萩浦財閥の御曹司であり、次期社長となるそんな人物だ。

 

「次期社長の上に女子からモテモテとか人生勝ち組じゃん」

「あれだけモテると逆に大変そうだけど」

「男はいくらモテても困らないんだよ。無論俺も」

「お前がそんなこと言ってたって倉浜に言いつけるからな」

「それだけはマジでやめてください」


 人気者になったっていいことばかりではないだろう。みんなに注目されながら学校生活を送るなんて息苦しい他ない。

 そう考えるからこそ、みんなの期待にそれ以上の結果で応える麻里花と萩浦を素直に凄いと祐馬は思っていた。

 萩浦に関しては名前だけで話したことはおろか、会った記憶もないので顔も思い出せないのだが。

 

 やがてチャイムが鳴り響き、生徒たちは続々と教室へと戻っていく。いつの間にか麻里花の姿は見えなくなっていたので、一足先に戻ったのだろう。


「俺たちも戻ろうか」

「そだな」


 重い腰を上げた祐馬と蓮司も、彼らの後に続くように体育館を後にする。

 座り疲れたのか、蓮司はんーっと大きく伸びをしてから、ちらりと祐馬を見て「残念だったな」と呟く。

 

「何が」

「女子にかっこいい姿見せることできなくて」

「たかが体育の授業だぞ」

「足の速い男子はモテるっていうじゃん。お前足速いからもしかしたらって話」

「それが通じるの小学生までだろうが」


 論理感のかけらも感じさせない単純すぎる理論を爽やかな笑みで述べる蓮司に、祐馬は何言ってんだと言わんばかりに眉を顰めた。

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