第9話 親友の頼み事とバイトの先輩
キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り響く。帰宅する生徒や部活動に向かう生徒など各々が散り散りになっていく中、祐馬もそそくさと帰り支度を始めていた。
「やけに急いでますな」
「あぁ。今日はバイトだから」
身体をのけぞらせながら話しかけてくる蓮司に、鞄に教科書を詰め込む作業を行っていた祐馬は頷いた。
桜ノ宮学園は部活動もそれなりに活発に活動を行っている。勉強よりも部活動に重きを置いている生徒もいる中で、祐馬は部活動に所属していない。理由は自分の時間を確保したいからというものだった。
とはいえ家に帰って勉強してゲームするだけの毎日を三年間送るのはどうなのかと熟考した結果、バイトをしようと決意した。
学校側は最低限の成績を収めていることと、事前に申請して許可証さえとっていれば問題なく、そこまで厳しいものではない。
「バイトねー。大変だなぁ」
「もう慣れたよ」
確かに仕事に慣れるのと勉強との両立は大変だが、一足先に社会勉強だってできるし、やることさえこなしておけばお給料も貰えるので、総合的に見ればメリットの方が大きい。
「ちなみにその金は何に使ってんの?」
「貯金」
「リアリストだね」
「いや。欲しいものがないから結果的にそうなってるだけだっての」
祐馬は他の人よりも物欲が少ない方で、買うとすれば出歩くために必要最低限の洋服と本くらい。祐馬の自室にあるのは勉強机にセミダブルベット、そして本棚ぐらいと寂しい部屋になってしまっている現状だ。
「なぁなぁ祐馬」
そう言った蓮司は目を大きく開いてうるうるとさせながら、何かを期待するような目で祐馬を見つめた。
「言っておくけどギターの弦なら買わないから」
「まだ何も言ってないけど……」
「蓮司がそんな顔するときの九割以上は頼み事の話だからな」
「おー。俺のことをよく分かっていらっしゃる。嬉しいぜ」
蓮司は軽音部に所属している。
元々桜ノ宮学園には軽音部はなかったそうだが、蓮司が教師と交渉して無理矢理捩じ込んで創部したそうな。
それなりに楽しく活動しているようで、時折り吹奏楽部の音色に混じりギター音が鳴り響いているのが聞こえてくることがある。
「でもこの間は買ってくれたじゃん?」
「それは蓮司の誕生日だったからだろ」
「どうしても……だめ?」
「だめ」
可愛いと思ってやっているのか、首を小さく横に傾げながら上目遣いで訴えかけてくる。
男がそんなポーズをとっても見ている方がきついだけなので「それやめろ」と伝えると、「はーい」とカラカラ笑いながら言った。
断られるのを分かった上で、ダメ元で聞いてみた感がよく伝わってきたので、祐馬は呆れたため息を吐く。
笑い終えた蓮司が時計に目を見やると、「やべっ。練習に遅れちまう」と言って、鞄とギターケースを担ぐ。
「それじゃあ行くわ。バイト頑張れよ」
「おう。蓮司もな」
笑みを浮かべながら手を軽く上げる蓮司に応じるように、祐馬も返事をして教室を後にした。
☆ ★ ☆
祐馬が働いているのは学校から二十分ほど離れた小さなカフェだ。
内装は白や茶色などの暖色を用いて、オレンジ色の豆電球は微かで淡い光を放っている。壁際と壁に吊るされたハンギングプランターには目を引く花たちが彩りを添えている。
そこで働いている祐馬は、カフェ専用の制服に着替えて通常業務を……と言っても今は暇な時間帯で来店客もいないため、店内の掃除を行なっていた。
「祐馬くん」
ひと段落したところで腰を伸ばしていたところで声がしたので振り向くと、同じ制服に身を包み髪をサイドテールにしてシュシュでまとめている女性の姿があった。
「どうしたんですか?柊木さん」
「そろそろ柊木さんじゃなくてさりさんって呼んでほしいんだけどなー」
むぅっと少し拗ねた素振りを見せながらも柔和な微笑みを見せる女性はバイトの先輩の柊木さりだ。祐馬とは年が四つ離れていて、今年で大学二年生になる。
「その制服も随分とサマになってきたね」
「そうですかね。自分ではよく分からないですけど」
「仕事に慣れてきた証拠だよ」
制服姿をぐるりと見渡した首を傾げる祐馬に、柊木は微笑で答えた。
着ている本人から見ればあまり分からない。確かに当初は制服に着させられていた感覚があったが、今はだいぶ落ち着いたようにも感じる。周りにもきっとそう見えるのだろう。「ありがとうございます」と祐馬は素直に答えて少し頭を下げた。
「それでどうかしたんですか?」
「いや。届きものを運ぼうと思ったんだけどちょっと重くてね。それで男手を借りにきたんだ」
「なるほど。それなら早く運んでしまいましょうか」
掃除道具を片付けると、そのまま柊木と共に裏口へと向かう。「これを備品庫まで運ぶんだ」と柊木が指したのは大きめの段ボール。
せーの、と二人で持ち上げると中々の負荷腕にかかる。柊木一人では無理だし祐馬一人でも持ち運ぶのは厳しいくらいの重さだった。
それを備品庫まで運び終えると、祐馬は「んー」と腰を叩いた。
「助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
「やはり持つべきは優秀な後輩だね」
「そりゃどうも」
肩をポンと叩かれながら、祐馬と柊木はホールへと戻っていく。
柊木はここのムードメーカー的な存在で、雰囲気で言えば蓮司に近いだろう。堅苦しさはなく祐馬や他の後輩にも優しいので祐馬も接しやすくていい先輩だと思っている。
「あーあ。祐馬くんみたいな優しい人を彼氏にしたいなー」
「何言ってんですか急に」
「わ、わたしは祐馬くんが相手なら……いいよ」
途端に頬を赤く染めながらモジモジし始めて、祐馬と目が合うとすぐに視線を落とした。
「そうですね。考えておきます」
「もう少しドギマギした反応が見たかったなー。あと先輩のだる絡みに付き合うのも後輩の務めなんだぞ」
途端に柊木の熱は冷めて「ちぇっ」とつまらなさそうに愚痴を漏らした。
柊木はいい先輩であると同時に、すぐに後輩を揶揄い出す。今となっては彼女の冗談にも慣れたようで、祐馬が軽くあしらっては柊木が文句を垂れるまでが一連の流れとなっている。
「柊木さん美人なんですからすぐいい人現れるでしょ」
「ほほーう。祐馬くんの癖に言うようになったじゃないか」
にやけ笑いを作り「このこのー」と脇腹に拳をぐりぐりと押し当ててくるので、「やめてください」と軽く払い退ける。
仕事も柊木から教わったので、あとはこの面倒な絡みさえなければ本当に尊敬できる先輩という認識に変わるのだが、それが治ることはないだろう。
などと喋っていると、カランカラン、とドアベルの音と共に来店客が入店してきて、「いらっしゃいませ」と祐馬は挨拶をした。
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