第8話 高嶺の花はお堅い女
昼休み。
祐馬は蓮司と共にカフェテリアにいた。
桜ノ宮学園は本校舎の他に体育館と別棟が複数存在している。たまの授業にも使用されるが、基本的には部活動で使用している生徒が大半を占めている。
このカフェテリアも本校舎から徒歩で少し移動した敷地内の別棟にあるわけなのだが、ここは特別と言っても過言ではない。
この別棟は、このカフェテリアを独立させるためだけに建てられたものだ。
三学年全員が一斉に利用できるほどの広さを有していて、一流の料理人たちが常に最高の料理を提供してくれる。
タイムカード制で毎月決まった日の支払いになっているので、現金を持ち歩く必要もない。
そんなお美味しい昼食をいただけるのだから、当然カフェテリアを利用する生徒も多数いて、和気あいあいとした声が響いていた。
窓際の空いている二席を見つけて、祐馬と蓮司は腰を下ろすと、早速料理を口にする。
「いやー。今日の昼飯も相変わらず最高!」
一口食べた蓮司は頬を緩ませながら感想を言葉にして、どんどん食べ進めていく。
祐馬もナポリタンをフォークで二回りほどクルッと巻いて食べ始めた。
「毎日これだけ美味いものが出来立てで用意されてくるもんな。カフェテリアの内装もちょっとお高いレストランくらいに綺麗だし」
「初めの頃はこんなところで昼飯食っていいのか困惑してたもんな」
高等部から約二キロほどに位置している小、中等部でもこれと同等の設備があると聞いたことがある。
流石は名だたる名家の御子息御息女が集まる桜ノ宮学園と言ったところだろう。設備もかける金額の規模も他校とは比べものにならないくらいでもはや笑いすら溢れてきそうだ。
それにしても、と蓮司は顔を上げて、上空に輝く太陽を目を細めながら見つめる。
「今日はいい天気だこと」
「気温もいつもより高いよな」
今日の気温は十五度ほどで、二月にしては随分暖かい。ポカポカと暖かな陽気が差し込み、眠気を誘発させる。こんな日に屋上のベンチで日向ぼっこすればさぞ気持ちいいことだろう。
「あっ。見てください」
一人の女子生徒が何かに気づいたかのように窓の外に目をやる。窓際の席に座っていた生徒たちも続々と視線を向け始める。釣られるように祐馬たちもその方向に首を動かす。
カフェテリアの窓の向こうは辺り一面に天然芝が広がっている。完璧な状態を保つよう専属のグリーンキーパーが整備を行ってくれているそうだ。
そのため座り心地はとても良く、中には木陰で昼寝を楽しむ生徒もいるそうな。
その美しい芝生の上に木材で作られた屋根付きベンチには、一人の少女が腰掛けていた。
「雨宮さん。いつ見ても素敵です……」
「まるで妖精のよう。ずっと見ていられますね」
「肌もとても白くてきめ細やかで。同性として尊敬すると同時に羨ましい……」
「普段からどのようなケアをなさっているのかしら?今度ちょっと聞いてみてよ」
「無理よ。雨宮さんの美しさを間近で見たらわたしきっと昇天しちゃう」
「俺。もう玉砕覚悟でお茶でもどうですかって声かけてみようかな……」
「俺たちみたいなのが相手されるわけないだろ。断られるのが目に見えている。傷つく前に辞めておけ」
昼食を食べる手を止めて、各々麻里花に視線を注いだ。そうしてでも見る価値が麻里花にはある。
「何をやってても絵になるから凄いんだよな。祐馬もそう思うだろ」
「まぁな」
芝生を揺らす柔らかなそよ風が吹き抜け、麻里花の黒髪を靡かせ、そっと髪を抑える仕草がなんとも美しい。まるで造形品のようで皆の心を奪っているようだった。
祐馬も名画を鑑賞している程度の気持ちで、麻里花に目をやった。
そんな麻里花は手元に置いてある竹籠を開く。その中に入ってあるサンドイッチを取り出すと、食べ始める。
「昼食を食べていらっしゃる雨宮さんってとても可憐ですわ……」
「普段は常に凛々しく振るわまれているだけに、そのギャップにやられてしまいます」
「雨宮さん。昼食はいつもご自分で用意されているらしいよ」
「そうなの?」
「うん。以前尋ねてみたらそう答えられて。料理するの好きらしくて」
聞こえてくる麻里花への賞賛の声に、祐馬と蓮司は小さな苦笑いを浮かべる。
「ご飯食べてるだけであんなに騒がれるとかまるで芸能人みたいだね」
「プライバシーもあったもんじゃねぇな」
小さく口を開けて食べ進めていく麻里花は、女子生徒たちから見たら小動物のようにでも見えているのだろうか。
そんな食事を楽しむ麻里花の前に、一つの影が現れる。
正体は一人の男子生徒で、顔を上げた麻里花と目が合うと爽やかな笑みを向ける。その人物を目にした女子生徒たちは歓声を上げた。
「ねぇっ!あれって芹澤先輩?」
「そうだよっ!でも芹澤先輩がなんであんなところに……」
「それはもうあれでしょっ!」
盛り上がり具合が一段と高まっていく。
そのカフェテリア内で祐馬だけが唯一その熱に取り残されていて、目を丸くしていた。
「あの人誰?」
「二年の芹澤先輩だよ」
「初めて聞いたな。カフェテリアが随分と賑やかになったけど凄い人なの?」
「二年生の中じゃかなりの人気者らしいよ」
「ふーん」
芹澤の顔はかなり美形で、背も高くスタイルもいい。人気者と言われるのも十分納得のいくものだ。
などと話しているうちに、麻里花と芹澤は何か言葉を交わしていた。当然、ガラス越しなので何を話しているかは分からない。
ベージュに染められた髪を払いながら話しかける芹澤だったが、麻里花は聞く耳を持たない様子でサンドイッチを食べている。途中から身振り手振りを交えるがその場にいないような扱いを受けて、黄色い声を上げさせた笑みは徐々に崩れていくのが見えた。
それでも諦めずに胸に手を当てて、振り向いてもらおうと必死に声をかけ続けていると、麻里花はゆっくりと顔をあげた。
ようやくその気になったのかと、期待に胸を膨らませたような笑みを見せたが、にっこりと微笑み麻里花が何か短い一言を発した。すると、芹澤の笑みが見る見る強張っていく。
そして青ざめた表情のまま、芹澤はトボトボと肩を落として去っていった。
作業を終えたかのように麻里花は小さく息を漏らすと、竹籠を持って麻里花はその屋根付きベンチを後にした。
「えっ?ちょっとどういうこと?」
「あの雰囲気からして芹澤先輩がフラれたとしか……」
息を呑み静まり返っていたカフェテリアが騒がしさを取り戻す。
男子生徒の大半は隠れて友人と握手している姿が見えるが、芹澤ほどの男子がフラれて自分に勝機なんてないと現実を突きつけられて落ち込む生徒もそれなりにいた。
「凄い現場に居合わせたな」
「誰かが告ってフラれるところなんて初めて見た」
「俺もだよ」
動揺の声が未だに止まないカフェテリアで、すっかり冷めてしまったナポリタンを口にした。
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