第6話 高嶺の花は家事万能
麻里花は手提げを持参して再び祐馬の家に上がった。エプロンだけを取りに戻っていただけなのでそんなに時間はかからなかった。
その間に麻里花に言われた通り顔を洗い髪を水で濡らして直したあと、クローゼットから適当にジャージを引っ張り出して着替えた。
これから同じ学校の女子が家に上げるので少しでも綺麗な状態にしておきたい。
物があちこちに散乱していたわけではないが、クッションをソファーに並べ直して、机の角度を調整しておいた。
そんな祐馬はというと、特に何かをするわけでもなくただ椅子に座ってキッチンでエプロンを身につける麻里花を見つめていた。
先ほど「俺も何か手伝おうか」と祐馬が口にすると「一条くんは座って待っていてください」とぶった斬られてしまった。
祐馬が作ったあれを見て、変に手伝ってもらうのはかえって迷惑になると思ったのだろう。祐馬としては何もせずただ作ってもらうのは麻里花に悪いと思っての提案だったのだが、即答で答えられて「はい……」と小さく項垂れることとなり、今に至る。
「そうだ。家にあるものならなんでも使ってくれていいから」
「分かりました。ちなみに何か食べたいものはあるのですか?ある程度のものは作れますが」
「そうだな……炒飯が食べたい……かな。味はお任せするよ」
祐馬の要望に麻里花は小さく頷くと、ヘアゴムを取り出して口に咥える。そして手で髪を纏めるとヘアゴムで結んだ。
その姿に祐馬は目を奪われていた。
学校での麻里花は癖のない綺麗なその黒髪を下ろしている。料理中邪魔にならないようにするためにそうしたのだろうが、麻里花のポニーテール姿は祐馬は初見だった。
いつもと違う雰囲気だが麻里花自身の可憐さを損なうことはない。少し鼓動が速くなった自分がいることに、祐馬は否定をすることができなかった。
「何か?」
「いや。なんでも」
髪を結い終わった麻里花に問いかけられて、祐馬は言葉を濁す。髪を結んでいたその姿に見入っていたとは言えるわけがなかった。口に出せば麻里花に不快な思いをさせてしまうのは明白だったから。
特に追求するわけでもなく「そうですか」と一言で終わらせる。
「包丁とまな板は真ん中でフライパンは一番下の引き出し。サラダ油は隣の引き出しに入ってるから」
「分かりました」
調理器具と食用油の場所を伝えると、麻里花はそれらを取り出して早速調理にとりかかった。
邪魔をしないようにと、祐馬は黙って料理姿の麻里花を見ていた。
(サマになってるっていうか……随分と手慣れてるっていうか)
会話のない沈黙が部屋に流れる中、トントントンとまな板を叩く包丁のリズミカルな音と共にベーコンとレタスを随分と細かく切っていく。普段から料理していることが伺えた。
しばらくすると、いい香りが祐馬の鼻をくすぐってくる。麻里花が白米と溶いた卵に先ほどカットしたベーコンとレタスをフライパンに投入して炒めていた。
香ばしい香りが祐馬の食欲を刺激して、ごくりと唾を飲み込みながら、空腹を訴える腹を抑えんで、出来上がるのをただ楽しみにして待っていた。
☆ ★ ☆
「できました」
出来上がった炒飯を皿に盛り付けると、祐馬の手元まで運ぶ。黄金色の輝きを放つ一品に「おぉ……」と祐馬は感嘆の声を上げた。
「美味そう……」
「味に関してはお口に合わないかもしれませんが……」
「絶対美味いだろこれ。少なくとも俺が作ったベーコンエッグよりは」
「あれと比べられるのは少し癪なのですが」
祐馬の料理と比べられて麻里花は表情をムッとさせるが、そんなことをさらさら気にも止めていない祐馬は「じゃあいただきます」と手を合わせるとスプーンで掬い口に運ぶ。
卵黄でコーティングされた白米は一粒一粒がパラパラに仕上がっている。具材であるベーコンとレタスは程よい大きさにカットされていて、味付けとしての黒こしょうが絶妙な風味と味を引き立てている。
「美味い。味も俺好みでいくらでも食えそう」
「炒飯は盛り付けてあるので全部ですよ」
「マジか……」
そう言いながらも一口、また一口と炒飯を食べ進めていく。
「そんなに美味しいのですか?あれですけど時短で作った炒飯ですよ」
「そうなのか。俺としては腹減ってたから凄く助かったし普通に美味いから満足してるんだけど」
まるで子供のように祐馬は美味しそうに頬張る姿を眺めながら「なら良かったです」と麻里花は小さな声を発した。
その麻里花はキッチンへと戻り使用したフライパンを水につけて洗い始める準備をしていた。
「洗い物くらい俺がやるから。飯作ってもらってるのに洗い物まで……」
「こういうのは最後までやらないと気が済まない性なので。それにこのフライパンの焦げ目だって落とさなきゃいけないでしょう」
麻里花は祐馬が焦がしたフライパンに目を向けると、手提げから取り出したパックのようなものを取り出した。
「何それ」
「重曹です。これを使えばフライパンについた焦げ目もとれるのですよ」
「そうなんだ。結構詳しいんだな」
「この手の知識はそれなりには」
「へぇ……てかフライパンについた焦げ目落としてくれるのか?」
「当然でしょう。こんな状態のフライパンをそのままにしておくことなんてできないですし、一条くんのだと面倒臭がって水につけたまま放置するのがなんとなく想像できましたから」
「うぐっ……」
ある程度の性格を把握した上で祐馬の行動を先読みされてしまい、しかもそれが的中しているのだから言葉も出ない。肩身が狭いと感じながら「申し訳ない……」と謝罪の言葉を述べた祐馬に「構いませんよ」と麻里花は大して気にする様子を見せることなく、洗い物に手をつけ始めた。
△▽△▽△▽
祐馬は洗い物を終えた麻里花を見送るため玄関にいた。作ってくれた炒飯のおかげでお腹は十分に満たされて充実感に溢れていた。
「その……悪かったな。飯まで作ってもらうだけじゃなく俺の失態の尻拭いまで」
「いいんですよ。わたしの余計なお節介なんですから」
実際にもの凄く助かったので、麻里花には感謝してもしきれない。なので祐馬は「はいこれ」と麻里花にとある一枚のチケットを差し出した。
「なんですかこれ?」
「カフェの半額チケット。女子はこういうの好きかなって思って」
休日なのにも関わらず色々と時間割かせてしまったことに祐馬は引け目は感じていた。昼食の準備に洗い物までやってもらってそのお返しが半額チケットはお礼としては弱い気がするのだが、これはせめてものの気持ちだった。
「もちろんこれで足りるとは思っていないんだが
他に渡せるものがこれ以外にないといいますか……」
「確かにこれだけじゃ見合ってないかもしれませんね」
でも、と麻里花はチケットを受け取ると続ける。
「今日はこれと一条くんのその感謝のお気持ちで十分ってことにしておきます」
と、柔らかく穏やかな声が祐馬の耳に響いた。
それはとても心地よくていつまでも聴いていたいと思うような、そんな声だった。
「それではこれで」
「おう」
麻里花はパタンと扉を閉めて、部屋へ戻って行った。
「美味かったな」
とても優しい味でまだ舌と頭の記憶の中に残っていた。その余韻に浸るようにリビングへと戻ると禍々しいオーラを放つそれに気がつく。
そこで祐馬は自分が作ったベーコンエッグがそのまま残していたことを思い出した。麻里花の料理を食べて満足しきっていて完全に頭から抜けてしまっていた。
「食うしかないよな」
箸を用意して恐る恐る掴んだ祐馬は自分が作ったベーコンエッグを試しに一口放り込む。
そして一言。
「不味すぎ」
麻里花の料理を食べたあとでは自分の料理なんて料理と呼べるものとは呼べない。これは到底食えたいものではないなと思いながらも、残すわけにも捨てるわけにもいかない。
決して味合わないように、呼吸を止めて最後まで食べきった。
そのせいで舌に残っていた炒飯の味は瞬く間に苦い味で上書きされることになった。
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