第4話 高嶺の花様は何をしていても美しい
麻里花が引っ越してきてからと言って、関係性に変化をもたらしたわけではない。顔を合わせれば挨拶をする程度で、プライベートの話は一切していない。ご近所としての付き合いであって仲良くなったわけではないのだ。
祐馬自身、これを機に麻里花とお近づきになりたいなんてこれっぽっちも考えていない。
第一これまでまともに話したことがないというのに、家が近くなったからって急に仲良くなれという方が無理な話だ。
そもそも祐馬は麻里花とは住む世界が違うと思っている。
祐馬より家柄が良く整った顔立ちの生徒がこの桜ノ宮学園には多く通っている。祐馬の家もそれなりに裕福な家庭ではあるが、名家とは程遠いごく普通の一般家庭なので、家柄ではまず太刀打ちできないだろう。
麻里花のような雲の上の存在は、決して近づきすぎず遠目から眺めているくらいがちょうどいい。
だから学校で会っても無理に話しかけようとはしなかった。変に関わりを持たない方がお互いのためだと祐馬は思っていたからだ。
休み時間、廊下を歩いていると通りかかった教室にふと目がいった。
ドアが開いていたので教室の様子はよく見える。会話に花を咲かせる生徒が多く見受けられる中で、窓際の一番後ろの席に座っていた麻里花は視線を落とし開いた本の文字を目で追っていた。
普段と変わらない様子で、あのとき見せたような曇った表情はかけらもなかった。
ただ読書に勤しんでいるだけなのに、教室にいる誰よりも圧倒的な存在感を放っている。
椅子に深く腰掛けて真っ直ぐ伸ばされた背筋。姿勢がいいだけでなくページをめくる動作はとても丁寧だ。
優しく差し込む陽の光が麻里花の穏やかな雰囲気にアクセントを加えていて、近くに紅茶を淹れたカップさえあれば、休日に優雅に読書を楽しんでいるお嬢様の完成だ。
現に麻里花の読者姿に見惚れている生徒は男女問わずいる。祐馬もその一人に入っていた。
決して自分だけの世界に入っているわけではなく、数人の女子生徒が話しかけにいけば、麻里花は花の栞をページに挟んで笑顔で彼女たちの会話に興じ始めた。
「何見てんの?」
麻里花のことを見つめていたせいで気が付かなかったのか、蓮司がすぐ近くまで来ていたことに数秒ほど遅れて気がついた。
「びっくりした。驚かせるなよ」
「さっきから声かけてたんだけどな。祐馬が全然返事しないから何を真剣に見ているのかなと」
「特に何も」
「ふーん……」
視線を逸らした祐馬を不審に思ったのか、今度は蓮司が二組の教室に目をやる。
祐馬の視線の先にいたのが麻里花であることに気がついた蓮司はうっすらと笑みを浮かべて、話し始める。
「雨宮さん。今日も変わらず可愛いな」
「そうだな」
「誰かと付き合ってるのかな?」
「知らね」
蓮司から投げかけられた質問に祐馬は一蹴した。
麻里花の恋愛事情なんて知らない。もし仮に誰かと付き合っている噂が流れれば麻里花に想いを寄せている大勢の生徒が落胆の声を上げるだろう。
特に反応を示すわけでもなく応じた祐馬を見た蓮司は眉間に皺を作り困ったように苦笑を浮かべた。
「祐馬よ。もうちょっと他人に興味を持ちなさいな」
「仕方ないだろ。興味ないんだから」
祐馬は軽く鼻を鳴らしながら返答する。
麻里花が誰と付き合おうと本当にどうでもいいと思っている。それは祐馬にとって全く関係のない話だからだ。
麻里花だけに限らず祐馬は親しい人間以外に他人に興味を示さない。正確には興味を持たないようにしているという表現の方が適切かもしれない。
「随分と淡白な性格だこと」
「自覚はしてる」
「そんなんじゃ彼女できないぞ」
「別に欲しいなんて思ってない」
「そんな寂しいこと言うなよなぁ」
こんなひん曲がって性根が腐っている性格のやつに好意を抱く女性なんていない。少なくとも今はそんなつもりは一切ないので、その時が来たらその時に考えればいい。
蓮司はもう一度教室にいる麻里花へと視線を向けると「あーあ」と声を漏らした。
「聖奈と出会わなきゃもしかしたら雨宮さんにアタックしてたかもな」
「なんだよ。蓮司も雨宮のこと気になってたのか?」
「そりゃ可愛いからな。なんたって高嶺の花だし。付き合えるなら付き合いたいって誰もが思うだろ。まぁ今の俺には聖奈が一番だから別に興味ないよ」
「仲睦まじくていいですね」
あからさまに気の抜けた顔で浮かれた声音で言う蓮司に、祐馬は表情の色を消した。
だが蓮司の言葉はごもっともだ。高嶺の花と呼ばれる麻里花と付き合いたいと考えている男子なんてクラスどころか学年の垣根を超えて大勢いる。
麻里花のことは可愛いと祐馬も思っているが、色んなものを天秤にかけたとき、祐馬が勝てるところなんて一つもない。そもそも麻里花と付きあいだなんてこれっぽっちも思っていないのだけれど。
「そうだ聞いてよ。この前聖奈とデート行ったんだけどさ……」
「その惚気は今聞かなきゃいけないんですかね……」
いつの間にか蓮司の惚気話に話が切り替わっていて、祐馬は呆れたように呟き教室に戻りながらその話を聞かされることになった。
その数日後、高嶺の花とまさかあんな形で久々に言葉を交わすことになるとは、この時の祐馬は想像もしていなかった。
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