幕間1
後ろから背中を刺された時のことを覚えている。
知的好奇心が幸いしたのか小学校を飛び級した自分が、十四歳で進学する大学を決めようとしていた春先のことだった。
少しだけ生き急いだ人生だったかもしれない。
子供の身で動き過ぎたのかもしれない。
だけど、『助けて』と泣く少女がいたから。
土砂降りの天気雨の中、縦樋が雨水を吐き出している、川のようになった路地裏で。
爪が割れた、肉の抉れた手足。所々に青痣が覗く、汚れた検査着。幼い子供には似合わない藍色の無骨なチョーカー。
振り絞る、消え入りそうな声で、その少女が『助けて』と言ってくれたから。
方々を駆け回った。生活必需品の為のマーケットや、役所も孤児院も図書館も、警察署も。
自分一人では変えられないから、交渉して頭を下げた。今の自分の無力さは自覚している。
祖国を『魔女狩りの国』と呼ぶのも、世界中に広まった俗称を変える力が無いただの学生に過ぎないことを、忘れない為の戒めだ。
少女を見つけた路地裏にあった階段を降りて、錆びついた扉を無理やり開いた。
薄暗い廊下の先、窓の無い一室にたどり着く。
少女と同じ容姿が、沢山いた。それを見つけた瞬間、背中に痛みが走る。
熱い。熱い熱い。熱い熱い熱い。
刺されたと分かった時には、うつ伏せに倒れていた。
生温い血液が腹部から流れて水溜まりを作っていく。
自分を刺した男の声が、後ろから降ってきた。
「そいつらは一緒だ。下水溝に浮いてる桜の花びらと、一緒だ。きれいだな、汚い水に落ちて可哀想に、精々そう思われるまでだ」
遠退きそうになる意識を、下唇を噛んで繋ぎ止める。
「お前がやってるのは鋼の格子を外してその手を汚してまで花びらを掬いとる行為だ。どうせ後は萎れるだけなのに。救える筈がないのに」
震え出した手足でもがく。吐き気を喀血ごと噛み殺す。
「なぁ正義のヒーロー。それは誰も理解しない。
それでも……——
雨で大粒の涙を誤魔化す女の子に、生きていて良いんだと、自分の好きな道を選んで良いのだと、そう、言ってあげることを諦められなかった。
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