15:00
「この世は刺激に飢え過ぎている」
「先輩のその口癖、久しぶりに聞きますね」
SE課の課長になってから初めての夏。
唐突に来た連絡で久しぶりに存在を思い出し、約半年ぶりに安穏先輩の家へ訪れた。
1月ぶりの先輩はだぼっとした半纏越しでも分かるくらい痩せていて、以前とのギャップに少しドキリとさせられた。
聞き慣れた学生の頃の口癖を聞くまで家を間違えたんじゃないかと疑ってしまったくらい、容姿に変化がある。
前までは野暮ったいと思っていた伸びっぱなしのぼさぼさの髪の毛も太縁の眼鏡も、今では小さくなった顔をより引き立たせるように
モデルやアイドルといった輝かしい魅力ではない。
もっと生々しい女性的な魅力を感じる。
高鳴り続ける心臓に、さっき思い浮かべた〝少し〟という評価を訂正したくなった。
「また一段と疲れた顔をしてるね君は」
「無事に昇進出来たので負担が増えたんです」
普段の仕事振りと〖scrap rat〗の好調な売り上げが認められ、つい最近SE課の課長に着任した。
一部ではアイデア性を買われて開発部署に異動になると噂が出ていたけどそれは半分デマで、結局現状のまま昇進という形を取る事になった。
〖scrap rat〗開発時の大変さを考えれば開発部には行きたくないと思っていたし安堵もしたけど、昇進して責任が増えるのも嫌だったのでプラマイで考えるとマイナスな感じがしている。
給料がそれなりに上がったといってもマイナスを拭い切れる程の魅力は感じない。
特に強い物欲があるわけでも彼女がいるわけでもないし、ゲームや飲み代に使うだけの自分には持て余すくらいの額だ。
「それより先輩。どうしたんですか久しぶりの決め台詞まで言って」
「色々あったんだよ、色々。この半年でね。自分と向き合う事が出来たと言えばそうなんだろうけれど、見たくないところまで見えてしまった」
〝この世は刺激に飢え過ぎている〟
それは、学生時代に事あるごとに先輩が口にしていた言葉だった。
意味を聞いても教えてくれた事はないし大概第一声で出てくるものだったから、おはようやこんにちはと同等の挨拶のようなものだろうと勝手に仮定していた。
振り返ってみれば、半年前まで毎週のようにこの家に来てたのにその時は一度も聞かなかったな、、、、。
先輩の言うように、会っていない半年間で何かがあったんだと思う。
すっかり魅力的に変わってしまった先輩の半年に自分が関与している気がして、また不意にドキリとさせられた。
「随分痩せましたけどそれも何か関係してるんですか?」
「おや?気付いていたんだね。世那君も男の子という事だ」
「はぐらかさないでください。ストレスでご飯食べられないとかよく聞くんで、これでもちょっと心配してるんですよ」
「世那君の予想は半分が正解で半分が不正解だよ。ただ一つ言える事は、世那君は心配すればするだけ損をするという事だけかな」
「損、、?」
それ以上先輩は多くを語ろうとせず、前までよく攣っていた足をストレッチする事もなく朝のルーティンを熟しに行ってしまった。
あれだけ面倒だと思っていたストレッチが出来ない事を残念に思ってしまったのは気の迷いだと思いたい。
痩せたからと言って前まで何も思わずまるで男友達のように接していた先輩に突然欲情し出すなんて、抑えの効かない獣になってしまったみたいで気が引ける。
今も、さっきまで寝ていた布団に引き寄せられそうになる視線を必死に携帯に逸らしている。
気付かれないように、興味のないアプリゲームを久しぶりに開いてまで。
たった3分のアップデートの時間でさえ、度々引き寄せられる布団の魅力によって間延びして感じさせられる。
結局、集中出来ずにゲームを閉じてSNSを流し見た。
普段なら興味がそそられるものなんだろうなと思っても、今は大して興味が持てない。
それ以上に興味があるものが目の前にあるから。
別にさっきまで寝ていた布団があるからといって何かをしようという気はないけど、そこに体温が残っていると考えるだけでどうしようもなくソワソワしてしまう生々しさを感じる。
近付いてみようか、触ってみようか。
嗅ぐのは流石にちょっと、、。
欲望という大きな枠の中で、気持ち悪さと気持ち悪さの間に挟まれる。
普段は出来る客観視も、今は格好つけでしてるだけで出来てないと言っても過言ではない。
「先にゲームをしていても構わないよ」
シャカシャカ───
「ッ───!?だ、大丈夫です。早く準備してきてください」
「そう急かさないでくれよ。思春期男子みたいな顔をして」
歯磨きをしながらそう言ってニヤける先輩に二つの意味でドキリとさせられた。
気付いていたんだろうか、布団から視線を剥がし切れてない事に。
いやいや。
でもああやって揶揄ってくるのはいつもの事だし、、、。
ドクンドクンと心臓が大きく騒ぐ。
先輩への女性的な興味よりも、興味を持ったと知られてしまった後の面倒さ加減のほうがまだ大きい。
この感情を憂慮するのであれば興味を今すぐにでも失いたいと、そう思っているはずなのに。
「ありがとうございます」
結局心臓を落ち着ける間も無いまま準備を終えた先輩からレモンチューハイを受け取って、乾杯もせずに一口目を呷った。
いつの間にか渇いていた喉に冷えたレモンチューハイが染み渡る。
一気に飲み過ぎて少しくらっと来てしまった。
「〖scrap rat〗、漸くクリアし切ったよ」
「やり込み要素も含めてですか?」
「ゲーマーとして当然だろう。全ての要素を探し出すのはやり込み要素でもなんでもなく平常さ」
〖scrap rat〗は大型アップデートを控えた今の時期にも、細々としたアップデートを繰り返している。
発売開始から追加された要素全てを含めると、当初あったコンテンツの1.2倍くらいのボリュームになってると思う。
その甲斐あってか人気は尻すぼみする事なく、今でもダウンロード数は伸び続けている。
つい最近見たところでは、全世界売り上げ本数4000万本という驚異的な数字を叩き出していた。
それがまだ伸び続けているなんて、、、。
日に日に変わっていく数字を都度チェックしても未だに信じられない。
何度か会社を通して取材依頼もあったし、まるで有名人になったみたいな気分だ。
どの取材でも同じような事ばかり聞かれるから、とうに有名人気分に対する多幸感よりも作業感の強い義務感が強くなってしまったけど。
「今日呼んだのは詳しい大型アップデートの内容を聞いておこうと思ってね」
「教えるわけないでしょう?」
「つれないね」
大型アップデートを約二か月後に控えて、少しずつ情報が解禁されていってる。
今はゴミ捨て場と下水道がステージなのに対し、次は廃墟と飲食街が加わり、新たな敵も出現する。
いくら大型アップデートといってもコンテンツの量が発売当初の倍になるのは流石にやりすぎだと思う。
ほぼ最新作と言っても過言ではないボリュームだった。
既に開発の中枢ではなくなったから仕事量が大幅に増えたり納期に追われたりという事はなかったけど、圧倒的に増えたコンテンツを見て眩暈がしそうになった。
自分が作ったはずの〖scrap rat〗が手元を離れて一人で歩いていくような感覚に見舞われる。
子を送り出す親とも違う、何というか同じものなのに全く別のもののような、そんな感覚。
「どうでした?〖scrap rat〗」
「開発に携わった人全員が〖生存戦争〗のファンだという事が伝わったよ」
全員、とまではいかないが、先輩の言ってる事は的を得ていた。
あんなゲーマーを拗らせた状態で作ったゲームの拘りを一般向けの作品に落とし込むなんて事、原作への愛が無いと出来ないからな。
よく実写化をして叩かれるようなアニメや漫画原作の作品とは対を成す出来になったと思う。
とんでもない技術者達が作ったファンメイドの贅沢な二次創作のようにも思える。
一次創作を上回る二次創作なんて本来なら原作者側からしたら冷や汗ものだろうけど、少なくとも俺は嬉しかった。
あの時実現出来なかったもの全部が実現出来た事が。
「〖scrap rat〗を納得のいくところまで進められていなかったのも、暫く連絡を取っていなかった原因さ。どうにも他のゲームをする気にはなれなかったし、世那君には退屈な時間になるだろうと思ったからね」
そう言って先輩は乾いた笑みを浮かべた。
連絡はこっちから絶ったのに自ら連絡を取っていなかったという言い方をするのは随分先輩らしいなと思った。
昔から連絡をしたい時は追いLINEだろうが気にせずするし、連絡が返ってこない時はとことん返ってこない。
そういう人だったから。
「とは言っても、まだ今日するゲームを決めていないんだ。一通りやり尽くしてしまった感があるからね世那君とは」
そう言って四つん這いの姿勢でゲームを漁る先輩の後ろ姿に、自然と視線が引き寄せられた。
さっき気付かれたかもしれない可能性を鑑みれば、後ろ姿とはいえここで凝視するべきではないと思う。
理性ではそう理解しているのに、ゲームの話をしながらも時折引き寄せられた存在感のある胸が忘れられず、後ろからでも少しでも目に焼き付けようと視線を釘付けにしてしまう。
正直なところ後ろからの角度だと物足りなさはあるけど、正面からじっと見る勇気は無いから仕方ない。
むしろ気付かれる心配が無い現状を加味すれば、この状況は最良と言っても過言ではないかもしれない。
「この辺りが無難かもしれないね」
態勢を戻した先輩から慌てて視線を外す。
目線がずっとゲームから移される事が無かったし、バレてないとは思う。
それでも、してしまった悪い事がバレないか不安な子供のように、心臓の音が五月蠅く耳に届いた。
「○○か新作の○○、、、それか、、」
含みを持たせた間に不安が募る。
ゲームを見ていた先輩の視線が、カチリと音がしそうな程はっきりと俺を捉えた。
「さっきから釘付けになっている私の身体を堪能したいのかな?」
五月蠅く連ねられていた心臓の音が一瞬。
ピタリと止まる空白の時間が出来た。
「何の事ですか?」
「男性から向けられる視線は意外と気が付くものなんだよ。起き抜けの布団にキャミソールの隙間から見える谷間、後ろ姿で目立つお尻とその先にある双丘。あれだけ熱のある視線を向けられてしまっては、前にしか目が無い私でも十分に分かってしまうよ」
必死で言い訳を考えた。
からからと笑う先輩は多分揶揄ってるだけで本気ではないだろうし、言われた事を認めたとして関係性が崩れるような事は無いと思う。
それでも、何とかして隠し通さないとと必死で頭を巡らせた。
不利になる事もないのに何故そうするのか。
それは分からない。
でも、何故か隠さないといけないとしか思えなかった。
「先輩の気のせいですよ───ッ!?!?な、何してるんですか」
「童貞でもあるまいに。布越しで胸を触らせたくらいで動揺するんじゃないよ」
手のひらに触れる柔らかい感触に弾き飛ばされそうになる理性を、必死で繋ぎ止めた。
過去に触れた事のあるものとは、圧倒的に重量感も質感も違う。
必死で開いている指を閉じて感触を確かめたいという気持ちを、なけなしの理性で辛うじて抑え込んでいる。
心臓の音は
「必死に指を開いて、可愛い所があるじゃないか世那君。安心するといい。手を出した後に不同意なんて小狡い事は口にしない。ただ欲望に身を任せればいいんだ」
一人暮らし用の折り畳みテーブルの対面から、手を掴んだまま徐々に距離を詰めてくる先輩の甘い言葉と声に徐々に指を開く力が弱まっていく。
(先輩がこう言うんだしせっかくだから、、、。いやいや、結局揶揄われる事になるから!!)
天使なのか悪魔なのか分からない口論が意識下で起こる。
触らずに手を離すという考えは、少なく残った冷静な考えでも簡単に分かるくらいに劣勢だった。
その事実を証明するかのように、徐々に閉じていた指が一本、また一本と吸い込まれていく。
触れてしまったものを再度引き剥がすのは、挑戦するまでも無く不可能だと理解させられた。
「漸く素直になってきた世那君が喜ぶ事を教えてあげよう」
「な、なんですか」
最後に見たのは先輩の悪戯な笑顔で、右手に続いて引き寄せられた左手が感触を堪能する間もなく肘を最大限織り込まないといけない距離まで近付かれた。
首の後ろに回された腕と右頬に接する先輩の顔、両手の感触。
全てに神経が集中する。
香水のような甘ったるい匂いではない、もっと女性的な魔力を持つ匂いが思考をどんどん鈍らせてきた。
指の力はもうとっくに陥落していて、少しずつ動かして先輩の感触を楽しんでしまっている。
「痩せてから下着を変えてね。測ったらGカップあったんだよ」
「それが、、ッ、、どうしたんですか」
「知っているよ。男の子はカップ数に弱いんだろう?取り分けGという一文字が持つ威力の大きさは計り知れないらしいね」
「・・・」
「答えは聞くまでもないみたいだね」
胸元で動かされる手の感触を確かめて、先輩は耳元で微笑んだ。
顔は見えなくても、耳に掛かる息と声で何となくの表情を察する事が出来る。
きっと今、揶揄われてるんだと思う。
でもそんな事、この両手の平から伝わってくる感覚より優先すべきものではない。
何を言われようと何を聞かれようと、この感触を堪能する事に勝るものは存在しない。
「──んっ」
漏れ出た先輩の甘い声に、理性は吹き飛んだ。
もう、手を止めようなんて考えは存在しない。
どう触れば嫌がられないか。
どう触ればもう一度先輩の甘い声が聞けるか。
頭の中はそれでいっぱいだった。
「随分と好き勝手に触ってくれるね」
「いいんですよね?」
「ふふっ。構わないよ」
この余裕はどこから来るんだろうか。
もしかしたら自分の知らないところで先輩は多くの経験を積んだんだろうか。
そんな余計な事を考えては手に力が籠り、漏れ出た先輩の声を聞いてまた甘い感覚に引き戻されてを繰り返した。
「夢中なところ水を差すようだけれど、胸を触るだけでいいのかい?」
「ど、どういう事ですか」
その先を分かっているのに、動揺が前面に出てしまった。
スピードが上がりきったと思っていた心臓の音がまた五月蠅くなる。
「そういうサービスのお店ではないだろうここは。成人した男女。見知った関係。女性側からの誘い。歯止めを利かせる必要がどこにある?」
耳元で囁かれる甘い誘惑に、心はとうに陥落してしまっていた。
理性が残っていてこの先に進んでいないわけではない。
ただ、若干残ってしまっていた長年見知った関係であるにも関わらず何もしてこなかったという経験が、踏み出す勇気を邪魔している。
本当はすぐにでも先輩を押し倒して好き勝手にしたい。
腫れあがって痛くなる欲望の塊を慰めたかった。
「最後に一つだけ。世那君の後押しをしてあげようじゃないか、先輩として」
「・・・・はあ・・・はあ・・・」
「ゴムなら用意してあるよ」
───理性の糸が切れる音がした。
「漸く、目に生気が戻ったね」
微睡む視線の先に、汗で前髪が貼り付いた先輩の姿を捉える。
至近距離にある顔と、それ以外の範囲に見える肌色が与えてくる興奮は計り知れないものなのに、下半身からの応答は多くなかった。
「おはようございます」
目を見られている気恥ずかしさから気を逸らす為に、先輩を抱き寄せて小さくそう零す。
何時間寝ていたんだろうか。
思っていた以上に声は出ず、喉の奥に痰が絡まる感覚があった。
起き抜け特有の口内の不快な粘り気を感じる。
「まさかあれ程長時間する事になるなんて思ってもいなかったよ」
「長時間、、、?今何時ですか?」
先輩の家に着く頃には夕暮れ時だったのを覚えてる。
確か、18時くらい。
そこからは先輩の身体に夢中になり過ぎて、快楽に溶けていくように時間の感覚が失われていた。
「今は朝の5時だね。世那君が寝てから6時間くらいだったはずだ」
今が朝の5時。
行為を終えてから寝るまでの記憶が曖昧というかほぼない事から、6時間前までは手を緩める事なく行為に及んでいたと考えていいだろう。
つまり、18時から23時までの5時間。
俺は今日が初めてだったらしい先輩に好き勝手していた事になる。
「えっと、、すみません、、、今更ですけど痛くなかったですか、、?」
「破瓜などとうの昔に自分の手で済ませているよ」
安心したような残念なような、複雑な心境が浮かんだ。
痛みがあれば5時間もする事なんて出来なかっただろうし、初めての相手である事に変わりはないから悲観する事なんて何もないだろうに。
「ただ少し、、、、腰は痛いかもしれないね」
もぞもぞと身体を動かし、正面の位置まで持ってきた顔を悪戯に歪ませてそう言う先輩。
明白な理由に身体を突き動かされ、分かっているじゃないかと言わんばかりにうつ伏せになる先輩の腰を揉み始めた。
行為を終えてすぐ寝たのは先輩も同じだったのか、どちらも裸のままだ。
弱く効くエアコンも木造アパートではそこまで活躍せず、服を着ていなくても動いていると少し汗ばんでくる。
身体を動かしている事だけが原因ではないんだろうなと薄々理解はしつつ、認めて意識が下にいってしまわないようにマッサージに専念した。
ただ今はそれさえも手に感覚を集中する事になって、吐き出し切ったはずの興奮がじわじわと一点に集まり始める。
手の平から伝わってくる柔らかさ、熱感。
腰からお尻に掛けての曲線。
うつ伏せでも一部が見えてしまっている胸。
視線を下げれば見えてしまうすらっと伸びた足。
あれだけ女性として見る事は無いだろうと評価していた先輩の全てが、今は誰よりも女性らしく感じる。
前までもたまにしていた腰のマッサージも、今では行為の一環のように思えてしまう。
それほど、目からの刺激と手からの刺激が直接性欲に直結しているのを感じた。
5時間の中でどれだけ吐き出したのか。
欲望が集中して主張してくる箇所には、若干の痛みがある。
激痛というわけではないが、今日はもう辞めといたほうがいいと直感で思えるくらいの痛み。
そんな痛みがあるのに、つい腰から下に手が伸びてしまうのは無意識的な本能なんだろうか。
外から聞こえてくる雀の鳴き声に引け目を感じる。
「好きにしてくれて構わないよ」
指先に伝わる熱と伝う雫。
先輩の甘言も重なって、痛みなど一瞬で忘れて理性の糸を故意に切った。
「昨日まで疲れている顔をしていたとは思えないね」
結局、出涸らしになるまで先輩の身体を堪能した後、時計を見て急いで飛び起きた。
流石にもう一度寝るなんて事は無かったし、起きてからは一回吐き出すのが限界だったから長時間は経ってない。
それでも、スーツも何も持ってきていない状態では早々に家に帰って会社に向かう必要があった。
ぎりぎりかと言われるとそうでもないけど、それなりにある帰り道の事を考えると不安に駆られる。
「先輩、、、あの、、、」
よく聞くネット情報では、性欲を全て吐き出した後でも魅力的に見える女性と付き合うべきらしい。
計6時間程で漸く全てを出し切ったばかりの今も、目の前にいる先輩はとても魅力的に見えた。
前まで眼中にすら無かったとは思えないくらいに。
自分は男らしい人間ではないと思うけど、それでも初めてを貰ったのであれば責任を取るべきなんじゃないだろうか。
ここまで綺麗になった先輩を誰かに取られる前に告白しておいたほうがいいんじゃないだろうか。
そんな思いが形になって、喉元まで上がってくる。
先輩は何も言わずにじっとこっちを見ていた。
「やっぱり何もないです」
結局、口に出す事は出来なかった。
どれだけ魅力的に見えたとしても、取られてしまう焦燥感に駆られても、生来の臆病な性格は冷静になってしまった今の気分では打破する事が出来ない。
アルコールは身体に感じないし、性欲というアクセルも失われている。
なけなしの胆力だけで告白をしてしまえるほど自分が強い人間では無かった事を再認識した。
いつだったか。
数か月前に新山と田口が分かれた話を聞いて、そこから転職する田口の送別会をして。
一時期会社や街で出会う好みの人と恋人になる事を想像してしまうくらいには、恋愛に対するフラストレーションのようなものが溜まっているのを感じていた。
誰かと付き合いたいというよりは、行き場の無い思いを受け止めてくれる誰かが欲しいという欲混じりの汚い願望だったように思う。
半年ぶりに先輩から連絡が来た時、女性として見ていないにも関わらずそんな願望がぶつけられるんじゃないかと淡い期待を抱いた自分がいた。
結果、先輩は今まで見た誰よりも魅力的な見た目になっていて、期待ごと願望を全てぶつける事になってしまったけど。
あれだけ酷評していた先輩が、色恋の話を聞いてから燻っていた感情をぶつけられる唯一の相手だったなんて目も当てられない。
酷評していた相手が変わっていたからといって都合よく手を出した。
そんな罪悪感も、堂々と男らしく告白を出来なかった理由の一端なのかもしれない。
「これからまたゲームをしに来るといい」
「いいんですか?」
「コンビニで買い出しを忘れなければね」
ニヒルに笑う先輩は、投げ掛けられた疑問符の意味を履き違えている気がした。
何の責任も負わずに手を出したようなやつが来てもいいのかという質問だったのに。
いや、もしかしたらそれを理解した上での発言だったのかもしれない。
今まで適当にあしらっていた先輩の言い回しが、理解しようとすると途端に難しく感じる。
理解をしろと言われたわけではないのに、理解をしなければならないような感覚に襲われている。
「じゃあ、行ってきます」
珍しく玄関先まで見送ってくれた先輩にそう告げて、少し軋んだドアを閉める。
壁に凭れ掛かったまま満足気に俺を見ていた先輩は特に何も言う事が無かったけど、それでも同棲している彼女の家から会社に行くような、そんな充足感が得られた。
カッカッカッ───
夜の名残を僅かに残したままの空気を感じながら、アルミの階段を下りて日光を浴びる。
ここに来る時も見ていた同じ光のはずなのに、まるで違うもののように思える。
不快感なんて全く無い。
清々しさを感じる光だった。
満足するまで寝た夕方と、限界まで体力を使って数時間寝た後の今だと身体の重さは段違いだ。
ただそれでも今のほうが身体まで軽いと感じてしまう程、心が軽くなっている。
仕事や将来への不安が消えたわけではない。
マイナスを残したまま、プラスが増えた。
そんな感覚が全身を包み込んでいる。
「来週、、どうしようかな」
先輩に会いに来るのは自分の中で既に決定事項だった。
悩むのは、本当にゲームをするだけで、都合の良い関係だけでいいのか。
暖かい光に思考を溶かしながら、ぼんやりと帰路に着いた。
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