11:00




「やあ。随分と遅かったね」


14時。

まだ正午と見分けがつかない青空をバックに、胡坐を掻いて片肘をついた安穏先輩が偉そうにそう言った。


「さっきまで寝てたじゃないですか、、、」


平日の出社をしている時間に比べれば確かに遅い。

ただ、言い訳をするのであれば起床自体は11時にはしていた。

ここまで遅くなったのは、先週家まで起こしに行った事を鑑みて適当にこの時間まで時間を潰してた故の結果だ。

少なくとも調整を嘲笑うかのように家の前で3回電話を掛けるまで熟睡していた先輩に指摘される筋合いは無いと思う。

あまりにも格好が偉そうで謝りかけてしまった自分に言い聞かせた。


「早く準備してきてください」

「起きたばかりのレディをそう急かすものじゃないよ。男性が起きてすぐ立ち上がれない理由があるように、女性にも特有のものがあるんだよ」


男性特有のものは分かる。

学生時代程ではないにしろ、今でもよく経験しているから。

自分一人だけの空間ならすぐ立ち上がれるけど、誰かに見られていると立ち上がれない。

女性にもそんなタイミングがあったなんて初めて知ったけど。


「背中を向けてどうしたんだい世那君?」

「見ないほうがいいかと思って」


もし男性特有のものと同じなら、見ないようにしてあげるというのが最善の策だろう。

それ以外の、、例えば女性の日のお腹の痛みで動けないというのであれば、何か必要なものをコンビニで買ってきたりするくらいの事はしたいと思う。

どちらにせよ、視線を逸らすのが最善である事に変わりはない。


「今更じゃないか世那君。そんな思春期を拗らせていないで早くこっちへ来てストレッチをしてくれないか?」

「ストレッチですか?」


女性の日特有のものがストレッチで改善するというのは聞いた事が無い。

というか、振り返って見た先輩の格好に嫌な予感がした。


「急に起きたものだから足が攣ったんだよ。先週みたいに私の身体を好き勝手してもらってもいいかな?」

「一応確認なんですけど先輩」

「なんだい後輩」

「女性特有のものって言ってたのは?」

「過去をいつまでも気にしていると前に進めないよ」


よし。

出来るだけ痛いストレッチにしよう。

先週ストレッチをしてから知的好奇心が湧いてペアで出来る足のストレッチをいくつか調べた。

その中でもきっと一番キツいだろうと思うものを選んでやろう。

これは仕返しじゃない。

ただの奉仕行為だから許されるだろう。


「世那君っ、、!今日はっ、中々激しい、、なっ」

「涙目で変な声出さないでください。続きいきますよ」

「そこはっ、ちょっ、世那君っ!も、もうちょっと優しくっ。世那君!!」


悶える先輩に嗜虐心がじわじわと湧いてくる。

いつも良いようにしてやられている事もあって、どんどん楽しくなって止まらなくなってきた。

よく成人向けの漫画でこういう導入からなし崩し的に男女の関係に発展していく展開を見る事があるけど、今の自分の心と頭を占めるのは、いかに厳しい攻めを続けて先輩を追い込むかという事だけ。

そこに男女の劣情やもつれなんてものはない。


「ふうっ、、ふうっ、、。世那君がまさかこんな激しいプレイが好きだったとはね、、、。中々、、んっ、、、悪くなかったよ」

「好評みたいなんで続きやりましょうか?」

「い、いや。今日は遠慮しておこうかな。待たせてしまうのも申し訳ないしね」


足腰が立たなくなって這う這うの体で部屋から逃げ出す先輩を見て、湧きあがっていた嗜虐心がかなり満たされていくのを感じた。

明確な基準を設けたわけではないけど、間違いなく〝勝った〟という確信が心にある。

学生時代からよく先輩に振り回されては隙を見てやり返していた。

よく聞く積もり積もったものが爆発してとかそういうものではなく、分かりやすく先輩が隙を見せてくれた時にだけやり返してたから、こういう事をしてやりたいと思い立って毎回すぐ出来るというわけではなかった。

むしろ出来ずに次こそは、、と闘志を燃やして帰って寝て忘れてる事のほうが多かった。

だけど今回は珍しく思い立ってすぐにやり返して満足のいく結果を生み出す事が出来た。

間違いなく大勝利。

妖怪先輩風を懲らしめる事が出来たと考えていいだろう。



「世那君もビールで良かったかい?」

「何当たり前みたいに昼からお酒進めてきてるんですか」

「ビール以外ならそうだね、、レモンチューハイならあったかな」

「、、じゃあレモンチューハイでお願いします」



さっきまでの意趣返しなのかそれともただただ酒が飲みたかっただけなのか。

歯磨きをして貞子のような前髪を簡単にヘアクリップで留め、着替えもせずに部屋に戻ってきた先輩の手には500mlの缶ビールがあった。

飲み口を上にして持たれたそのビールは既に開封済みで、口をつけた形跡が見られた。

時間だけで言うと昼過ぎだけど、先輩は起きてまだ10分しか経ってない。

学生時代はそこまで酒好きな印象は無かったのに。


「いつも昼から飲んでるんですか?」

「外に出る予定が無い日はね。それに、今日は世那君に激しく身体を求められて良い運動もした事だし、さぞ酒が沁みる事だろうと思ってね」

「動かされてただけですよね」

「女性に動いてもらうのが好きなんて、世那君も中々良い趣味をしているね」

「、、、早くレモンチューハイください」


照れた反応やツッコミをしてしまうのは先輩を調子に乗らせてしまうから駄目。

学生時代に散々学んだ事だ。

それに、今更慣れ親しんだ先輩の声と容姿でいくら成人コミックのような導入をされても、思春期男子のような反応をする事はない。

酸いや甘いの味のある関係じゃなく、吐き捨てるタイミングを忘れてずっと口の中で噛み続けてしまったガムのような関係だ。

存在する感情をグラフにするなら、きっと半分以上は〝惰性〟が占めているんだろうなと思う。


「出掛けないなら今日は何をするんですか?」

「男女が部屋で二人。する事は分かり切っているんじゃないか?」


今日の先輩の頭はいつにも増して濃いピンクな気がする。

揶揄う目的で本気で言ってるわけじゃないって分かってるけど。


「まあ先週ゲームするって言われたからのこのこ来たんですけど」

「相変わらずのゲーム好きだね。会社で散々携わってるだろうに」

「作るのとプレイするのでは全く別物ですよ。むしろ昔より制作側の意図とかを感じられて色んな角度から楽しめてる気がします。携帯かネトゲしか出来てないですけど」

「なるほど。だから家庭用ゲーム機が豊富に揃っているこの場所にのこのこやってきてしまったわけだね」


ここにくれば家庭用ゲーム機もゲームソフトも豊富にあり、一緒にプレイする相手もいる。

しかもその相手は学生時代に散々遊んでいて気を遣う必要が無い相手。

なし崩し的に組まれた今日の予定だけど、実は金曜日の夜には楽しみにしていた。

特に格好よく見せたいわけでもないのに、予約を入れて土曜日に髪を切りに行ったくらいには。

衣替えも込みで服も新調したし、先週ラーメンを食べに行った時よりも明らかに気合が入ってる気がする。


久しぶりに会う先輩と外出する時よりも、久しぶりに自分以外とゲームをする時に気合を入れる。


実際に起こす行動も行動原理も学生時代から何も変わってないなと心の中で小さく自嘲した。

子供の頃に憧れた大人は、もっと輝いてて落ち着いてたように思う。

今の自分は、あの時の憧れの足元にも及ばないくらい子供のままで、かといってそれが嫌だという感覚はなかった。

だらだらと20代の後半を迎えてしまったせいで、危機感よりもぬるま湯みたいな今の心地いい感覚のまま楽に過ごしていきたいなという気持ちのほうが圧倒的に強い。

世の大人らしい大人達は、どのタイミングで大人になってるんだろう。



〖YOU WIN〗

「あ、勝った」



生まれる前からあったゲームの最新作。

配管工のおじさんや多様なキャラクターが車に乗ってレースをするこのゲームは小さい頃から数えきれない程プレイしてきた。

その甲斐もあってか、考え事をしながらでもCPU込みで12人中1位を取る事が出来てしまった。

横目に映る先輩はにこやかに見えて静かに復讐の炎を燃やしている。

いつも通り許可なんて取る素振りもなく自分が一番得意なコースを選んだし、この勝負でリベンジマッチをしようとしてるんだと思う。


〖YOU WIN〗


でも先輩は多分忘れていたんだと思う。

同じコースが一番得意な後輩と一緒にゲームをしてた事を。

全く危なげもなく、あっさり一位を取ってしまった。


「お遊びはここまでだよ世那君。次のゲームで、コテンパンにしてあげよう」

「あ、はい」


間違いなく死亡フラグでしかないセリフを吐く先輩が、少し可哀想に思えてきた。

それはセリフのせいだけじゃなくて、選んだゲームが過去一度も先輩相手に負けた事のないものだから。

負けた事が無いだけじゃなく、負けそうになった事も無い。

コツコツダメージを蓄積させたり立ち回りを工夫したりせずに大技一発で吹き飛ばして試合を決めようとしてくる先輩の動きは単調で、こっちのキャラの黄色く愛くるしい電気ネズミの前では止まってるにも等しい。

大技を避けて連続攻撃でダメージを蓄積させる。

また大技を避けて連続攻撃をしつつ隙を見て大技を放つ。

まるでCPU相手に戦ってるみたいに単調な試合展開になってしまった。

せっかく落ちてくるアイテムも使う暇が無い。


〖YOU WIN〗


本日三度目の文字列が画面に出る。

短時間でこうも同じ画面を見ると、見慣れてしまった気さえする。


「世那君。隠れて特訓しただろう?」

「社会人になってから携帯ゲーム以外は自社のものしかしてないですね、、」

「なら、こんなにも上手くなっているのをどう説明してくれる」


怒り半分疑惑三割くらいの先輩に詰め寄られる。

埃が積もっていなかったところを見るに先輩は社会人になってからもこのゲームをやっていたんだろうし、きっと学生時代より強くなってるんだろう。

それでも、学生時代無かった手応えが更に無くなっているように感じられた。

3年以上のブランクがあるのに。

先輩に指摘されて初めて、自分のゲームの腕が上がっている事を知った。


「テストプレイで散々色んなゲームやってるんでその影響かもですね。こういうゲームってどの会社も大体操作方法同じですし」

「君がそんなにもずるい人間だとは思わなかったよ。ハンデを要求させてもらおう」

「先輩もう酔ってるんですか」


お昼過ぎ。

窓から差し込んでくる光の強さに似つかわしくない様子で管を巻いてくる先輩は明らかにアルコールに侵食されていた。

すぐに酔ってしまうのは、学生時代から変わってなかったみたいだ。

慣れた様子で酒を差し出してくるから少しは強くなったのかと思ってた。


「うん。そう。酔っている。酔っているから勝てる試合も落としてしまった。そう、酔っているからね」


何というか、飄々とした感じが失われてただ単に管を巻く先輩は少し残念な感じに見える。

平日の昼間からパチンコ屋で幅を利かせてそうだ。


「ゲームは世那君が酔ってからにしよう。幸いレモンチューハイはまだ幾つかある事だしね」

「じゃあ来る時コンビニで適当に買ってきたやつあるんでそれも食べますか」

「そうしよう。しばし休戦だね」


そう言って、先輩は500mlの缶ビールの最後の一口を大げさに煽った。

渡されたレモンチューハイはまだ半分も残ってる。

このままのペースだと先に先輩が潰れる事になるけど大丈夫なんだろうか。

計画的には大丈夫じゃないんだろうけど、こっちは楽に勝てて損は無いし特に止める事もなく次の缶ビールを飲み始める先輩を見守った。

、、、、べろべろに酔ったら面倒だし損はするか。



「さて。こうしてゆっくり話すのも久しぶりだ。近況を聞こうじゃないか」



ゲームが絡んでないからか幾分かいつも通りの尊大さを取り戻した先輩に、聞かれるがままに近況を報告する。

情報漏洩にならない範囲で、同期の話、部署の話、昇進の話。

自作ゲームの話は発表前という事もあって流石に控える事にした。

この飄々とした先輩は態度の割には口が堅く、そもそもどんな事でも話せる友人が居ない。

それでも、社会人として最低限のマナーは守ろうという良心が意外にも自分にあった。

こういうところだけは大人になったんだなと何となく感じさせられる。

学生時代だったら、真っ先に言いふらしてただろう。

自分が作ったゲームが認められて製品化するなんて話。


(それにしても、、)


色々と聞かれてるはずなのに質問攻めにされてるような不自然かつ嫌な感じは全くなく、すらすらと半分自分から答えられている。

学生時代は感じなかった先輩のトークスキルの高さに驚かされた。

乗せられて危うく自作ゲームの話までしてしまうところだった。


「随分と順調に出世街道を歩んでいるじゃないか」

「ほんとに。なんでなんですかね」


特にプログラミングに詳しいわけでもなく、社会人マナーや対人コミュニケーションに優れてるわけでもなく、良い大学を出てるわけでもない。

忙しい日々の中だと忘れそうになる事が多々あるけど、出世に相応しい人がいくらでも周りにいる中で何で自分がこうも順調に出世街道を歩んでるんだろうかと何度も不思議に思った事がある。

出世の話が出る度に丁寧に評価基準を説明してもらってきたが、それでもまだまだ自分が人の上に立てる素養を持っているとは思えない。


「不思議ではないけれどね」

「なんでですか?」

「どんな変わった人物でも穿った目でみないじゃないか。組織の中で世那君のような人物は必須だろう?」


珍しい安穏先輩からの直球の誉め言葉に耳の裏が熱くなった。

珍しいどころか初めてかもしれない。


「先輩も人の事褒めるんですね」

「褒めているわけではないよ。ただ現在進行形で起こっている事実を文字に起こしただけだ」

「、、、なるほど」


〝どんな変わった人物でも穿った目で見ない〟

この言葉の発祥は目の前の人物だった。

確かに、もう慣れてしまったから何ともないけど、安穏先輩以上の変わり者は今まで見た事がない。

耐性が出来たおかげで気付いてないだけで、会社の人達の中で普通だと思って接してる人達も、周りから見ればもしかすると変わった人達なのかもしれない。

言われた内容は今までのどんな評価基準よりも納得のいくものだった。


「先輩は出世とかないんですか?」

「学校から別の場所に勤務先が変わる事はあっても、出世という枠組みで考えると無いだろうね。仕事を斡旋してもらえるように登録はしていても結局扱いはフリーランスと変わらないさ」


社会人経験も浅く会社勤めの経験しかない自分にとって、〝フリーランス〟という言葉の響きは妙に格好よく聞こえた。

実際にするとなると今会社に全て任せている確定申告なんかも全部自分でやらないといけなくなるんだろうし、格好良さよりも圧倒的に面倒くささが勝つと思うけど。

学生時代は憧れを抱いていた課長や部長も、実際目の当たりにすると決して輝かしいものではなかった。


「しがらみに囚われたくなくてフリーランスになったけれど、今思えば会社勤めのほうが随分気が楽だったかもしれない。恒常的な締め付けはなくとも、逃れたはずのしがらみに自ら飛び込んで行かないといけない事が多々あるからね。学生時代の自分は随分将来設計が甘かったんだと今になって痛感しているよ」


カラカラとビールを呷りながら笑う先輩を見て、慰めの言葉一つでも掛けたほうがいい内容な気がしても慰めるべきタイミングなのか分からなくなった。

表情や性格の変わらない先輩にもきっと色々と思う事や考える事があるんだと思うけど、俺ではそれに気付けないし深く踏み込むべき立場でも無い。

踏み込んだところで責任の伴った言葉は投げかけられないし、先輩が今置かれている立場を理解する事すら出来ない。


「会社勤めも会社勤めですよ。関わりたくない人ともほぼ毎日関わらないといけなかったりしますし」


円滑なコミュニケーションや良好な人間関係に詳しくない自分でも分かる。

今の会話の流れでこの発言は悪手だ。

女性が愚痴を零す時は解決してほしいわけじゃなくただただ話を聞いてほしいだけだとテレビで言ってたし、慰めないながらももっと別の会話があったように思う。

先輩の酔いの速さばかりに目がいって、500mlのレモンチューハイによって自分の口が緩くなっている事に気が付かなかった。


「相変わらず人付き合いが苦手そうで安心したよ」

「先輩に言われたくありません」

「あえて関わりを持とうとしていないだけさ」


懐かしい。

この会話を、学生時代に何回した事か。

その度にいかに自分が人付き合いが上手いかを話してマウントを取り合っていた。


「先輩は変わらないですね」

「まるで自分だけ先に行っているような言い方をするね」

「少なくともゲームにおいてはそうだと思ってます」

「なるほど、戦争を求めてるわけだ」


また余計な事を言ってしまった。

終始穏やかな雰囲気でつまみを食べながら酒を飲み進めていたのに、一瞬で場の雰囲気が変わる。

追加のレモンチューハイとリモコン二つを持つ先輩はさながら三刀流の剣士のようだ。


「なんでライバル会社のやつばっかり選ぶんですか」


先輩が選んだのは、赤い配管工おじさんとその他がミニゲームをしながらゴールを目指す双六ゲーム。

さっきもその前も。

これだけ色々なゲーム機を持っているのに、選ぶのは勤め先のものではなくライバル会社のものばかりだ。


「今私がやりたいものをやる。それだけの理由だよ」

「ほんとに変わらないですね」


学生時代もそうだった。

二人でゲームをする時は暗黙の了解で先輩がゲームを選ぶ権利を持っていた。

ゲームの好みは似てるから、特に揉める事も嫌に思う事もなかったけど。


「先輩はどうしてそんなに変わらずいられるんですか?」


学生時代のまま。

社会人になって増えた沢山のしがらみに翻弄され続けて本心すらたまに分からなくなる自分とは対照的に感じる。

心理カウンセラーの仕事はよく分からないけど、人の心の深いところに多く触れているのは間違いないと思う。

そんな日がずっと続いてたら、簡単に心がぶれてしまいそうなものなのに。


「案外変わっているよ。ゲームを選ぶ動機もね」

「そうですか?」

「ストレスの捌け口に使うようになってしまった」


社会人になってからの三年間。

昔のように発売日に購入して時間も忘れてゲームに没頭するなんて事があっただろうか。

自分に向けたものではない先輩の言葉でドキリとさせられた。

ストレスの捌け口というわけではないけど、現実から目を背ける為にゲームを使っている事はあるかもしれない。

目を背ける為にゲームをして、ゲームの仕様が気になって現実に引き戻されて没頭出来なくなって。

振り返れば、この三年はいつもそんな感じだった気がする。

最後に何も考えずにゲームをしたのはいつだったかな。


「世那君は察しが悪いね。ここまで話しているのに何故勝ちを譲ってストレスの捌け口になってあげようとしない」

「中々負けるのが難しくて。すみません」

「、、今日は帰れると思わない事だね」


間違えた。

また失言だ。

運要素もあるミニゲームであまりにもあっさり勝ててしまい、つい煽ってしまった。

ゲームに於ける安穏先輩の負けず嫌い具合を考慮もせずに。






「、、先輩。そろそろ帰ります。明日も仕事なんで」

「勝ち逃げとは卑怯な事をするね」

「いやまあ朝まで掛かりそうなんで、、」


22:00。

一度夕飯にピザを頼んだ以外はずっとゲームをしていた。

結局最後までライバル会社のゲームばかりで、手の届く範囲にある自社ゲームには一度も触れる事がなかった。

もしかするとライバル会社のものだったら触れてないだろうと淡い勝機を見出してそればかり選んでいたのかもしれないと思ったけど、それにしては弱かったなと考えを改めた。

運要素のあるものは何度か負けてしまったけど、結局最後まで実力勝負のものは快勝した。

勝ち続けた事と久しぶりに熱中して誰かとゲームをした事でいつぶりか分からないくらい満たされた休日になった。


「これから毎週ゲームをしよう。○○に○○。大学時代にやり残したものはいくらでもある」


先輩が提示してきたのは、やり込み要素があり過ぎて中途半端にしか遊べていなかったゲーム。

無理矢理毎週末の予定を埋められそうな危機に陥ってるのにも関わらず、久しぶりに聞くそれらのゲームタイトルに胸は高鳴った。


「週に一度くらい、未来を提示され続ける君に過去を振り返る時間を作ってあげよう」

「先輩がやりたいだけなんじゃ、、」


今日が楽しくなかったといえば嘘になるし、こうして先輩の家にゲームをしに来るのが嫌かと聞かれればそういうわけではない。

ただ何となく、良いように言いくるめられるのが嫌なだけ。


「来週世那君の吠え面を見るのが今から楽しみだよ」

「寝言は寝てから言ってください」


結局、ゲームに於いて負けず嫌いなのは俺も一緒だった。

まるで啖呵を切るようにぬるくなったレモンチューハイを一気に呷って飲み干す。

来週もその次も。

どこまでも偉そうな態度の安穏先輩を負かし続けよう。

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