6:45


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目が覚める。



寝惚け眼で携帯を開いて、昨晩忘れていた母親への返信をする。

寝転んだまま打ったせいで画面は縦に横に動いて上手く操作が出来ないし、起きたばかりの目には携帯の明かりは眩しすぎて目をしっかり開ける事すら出来ない。

もう何十年も応援してる歌手のライブに見に行ったという母親の高いテンションへの返信にしてはかなり冷たいものだったかもしれないが仕方ない。

今の体と頭の状態ではどう足掻いてもテンションを上げることなんて出来そうにないから。


「起きないと、、、う~~~~~~ん、、、」


猫のような姿勢で伸びをして、まだ眠っている体を強制的に起こす。

前まではもう少しすっきり起きられたはずなのに、最近は寝る時間が遅くなってきたからか伸びをしないとベッドから降りられなくなってきた。

無理に起きなくていい休日はいつも昼まで寝てしまって結局何もする事が出来ない日々が続いている。

授業に部活に宿題にテストに。

学生時代は早く大人になって自由に使える時間が増えてほしいと願っていたのに、大人というのは体力も時間も無いものなんだなと、社会人になって一年半経った最近、漸く理解出来てきた。

今と昔を比べるなら、自由時間を有効活用出来ていたのは比べるまでもなく昔、学生時代のほうだろう。

ゲームをしたり動画を見たりたまに遊びに行ったりと有益なものではなかったかもしれないけど、自分のやりたい事に熱心に取り組めていたという点で見れば充実した日々だったのかもしれない。


(今やりたい事、、、か)


流されるまま、流れるままに怠惰な日々を過ごしてきたから、やらないといけない事ばかりが浮かんできてやりたい事を思いつくことが出来ない。

ざっくりと何日もゲームに没頭したいだったりとか、金額を気にせず散財したいとか。

そういう現状から目を逸らすような一種の破滅願望的思考は出てくるけど、学生時代のように浮かんでくるそれらが心の底からしたい事なのかという確信は持てない。

社会人の必須スキル〝理性〟は、日常の枠からはみ出ようとした時にこれ見よがしに邪魔をしてくる。

歌だったり絵だったり配信だったり。

日常を維持しながらそれ以外の時間で枠をはみ出る人達はどうやっているんだろうといつも気になる。

少なくとも、休日の半分を睡眠で溶かす自分にはマネ出来そうにない。

学生の頃ハマっていたゲーム作りやそれに必要なプログラミングも、今となってはただの仕事の一部になってしまって、やりたい事ではなくやらなければならない事になってしまった。


「、、、行かないと」


考え事というか愚痴というか。

頭の中でぐるぐると思考を巡らせていたにも関わらず、ルーティン化している朝の準備とゲームアプリの消化を無意識の内に終わらせていて、気分的にはついさっき起きた状態のまま家を出る時間が来てしまっていた。

約30分という短い時間とは言っても、こうして週に5回も無意識のまま流れていってしまったら、何となく勿体ない気分になる。

その間にニュースで情報収集をしたり、好きな音楽を聴いたり、家の掃除をしたり、少し早く家を出てモーニングを食べたり。

いくらでも出来る事なんてあるはずなのに。

今日あった特別な事なんて、年々濃くなってくる髭が上手く逸れずに口の横あたりを剃刀で少し切ってしまった事くらいだ。

いくらでも出来る事はあると言っても、こういうアクシデントは望んでない。



≪間もなく~電車が到着します。黄色い線の内側でお待ちください≫



どの列がどの扉のものなのかも分からない人混みの中、今か今かと乗る電車を待ちわびる。

アナウンスがなって少ししてから来た電車には、これ以上乗れるんだろうかと不安になるくらいの人が乗っていた。

幸い、乗れなかった時の事を考えて早めの時間に来て一本見送れるようにしてるから、更に待つことにはなるけどこの人混みを避ける事は出来る。

ただ、次の電車もどうせ混んでるだろうし、今居るホームの人混みも精神衛生上あまりいいものではない。

だからいつも、申し訳ない気持ちを募らせつつも人と人との間に無理矢理体をねじ込んで、時間的に余裕のあるこの電車に乗ろうとする。

学生時代ニュースで見るだけで経験する事のなかった満員電車に毎日のように乗り込んで行く事になるなんて、のんびり自転車通学してたあの頃は考えもしなかった。


≪次は~、○○駅。○○駅~~です≫


会社の最寄り駅まであと3駅。

5分なんて普段だったらあっという間に過ぎるのに、どこを見ても人で溢れてて目のやり場も手のやり場もないこの状況だと、いつもの30分にも1時間にも感じてしまう。


「すみません、、」


聞こえたかどうか分からない程の小さな声で、足を踏んでしまった事を謝る。

反応が返ってこないのは聞こえてなかったからなのか、それとも全然違う人の足だったのか。

これだけ密集して視界が限られている中だと誰の足がどれなのかも判断出来ない。

人混み掻き分けて目の前まで伸びてきた手摺りを持つ腕も、どこの誰のものか分からない。

携帯を触る事も下手に動く事も出来ないこの限られた空間の中では、必死に視線を上げて特に興味もない広告を何度も読む事しか出来なかった。



≪△△駅~。△△駅~、です。乗車の際はお降りのお客様を先にお通しください≫



一日の中で一番長い5分間が終わった。

帰りの時間もラッシュではあるけど、それでも朝の混雑に比べればまだ比較的マシで、携帯を触るくらいの猶予はある。

週に五回、朝に5分の耐え難い時間。

都会には慣れてきたけど、この時間だけはまだまだ慣れない。


〖進学率No.1!!完全オンライン塾!!今なら登録料無料キャンペーン中!!!〗


改札までの大行列に流されながら、何度も読んだ電車内広告の内容を頭で反芻した。

進学率なんて年齢的にも家族構成的にも関係ないから、覚えたところで何の意味もないのに。

掛ける予定も無い電話番号も覚えてしまった。

オンラインを推してるネット塾なのに、そこはQRコードとかじゃなくて電話番号なんだなと、少しだけ興味を持たされた。

会社で仕事をこなしていればすぐに忘れてしまうんだろうけど、広告はしばらく変わらないからまた明日の朝には思い出す事になるんだと思う。

その度に実用性のないオンライン塾に対して興味を持ってしまうんだろうなと思うと少し嫌な気持ちになった。


(その内興味どころか存在ごと忘れるんだろうけど、、、)


思い出せない前までの広告の存在が、不確かなはずの将来に確信を与えてくれた。

心底不本意ではあるけど、通勤途中で買った朝食をデスクで食べつつオンライン塾の概要を調べながら。






「あれ?先輩今日も蕎麦なんですか?」

「昨日はざる蕎麦。今日は天ざる蕎麦」

「天ぷらついただけじゃないですか、、、」


通勤途中の出来事が本当にあったのか分からないくらい薄れてしまった正午。

食堂で天そばの天ぷらをどれから食べようか考えていると、今年の新卒である細木ほそきが相席してきた。

わざと〝してきた〟という嫌悪感が多く籠っていそうな言い方をしたのは、細木のいじりやすい後輩キャラに対する絶大な安心からだ。


〝先輩。パソコン今日あんまり機嫌良くないかもしれないです。先輩のと交換してください〟


初めて一人でプログラミング作業を任せた日。

教育係を担当していた俺に細木が放った言葉がそれだった。

エラーチェックをするまでもなく、明らかに分かりやすい箇所を入力ミスしている。

いや、入力ミスと言ってもいいものなんだろうか、、、。

指示書を1ページ丸々飛ばして入力していっていた。

飛ばしてるところ以外は完璧なのに。


その日から、、、もしくはそれ以前から片鱗は見えていたのかもしれないけど観測したのはその日から。

細木は真面目でコミュニケーションも取れて仕事も出来るのに、変なところでミスをしたり言動がちょっと変わっていて、初めての教育係で緊張して距離感を測りかねていた俺の気遣いレベルは急速に低下した。

ミスをしてふてくされたりカバーしなければならない事ばかりだったら、きっと腹を立てるだけで終わっていたんだと思うけど、細木は変な言動からは想像も出来ないカバー力で自分のミスを自分で回収した。

半年経った今では、他の人のカバーも出来るようになってきてる。

そんなハイスペック陽キャにも思える細木なのに、今だに入社当初のままの腰の低さや変なキャラクターを維持していて、そのおかげで決してコミュニケーション能力の高くない俺でもこうしてフランクに接する事が出来ている。

関係性を全く知らない人が見れば、雑だと言われてしまうかも知れないけど。


「先輩ってなんでそんなに蕎麦ばっかり食べるんですか?逆蕎麦アレルギーとかですか?」

「また変なの生み出してる、、、。毎日食べてるわけじゃないよ。この前かつ丼食べたし」

「あー、先輩もついに気付いちゃったんですね。社食のかつ丼の魅力に」

「午後ちょっと体重かったからしばらくはいいや、、」

「先輩はプログラマーじゃなくて僧侶になるべきでしたね」

「なにその限定的過ぎる職業適性」


おかしい。

学生時代はこんなに突っ込むようなキャラじゃなかったはずなのに。

両親もその他の関わりのある親族にも友人にも、関西人は居ない。

それなのに、細木と接し始めてから少しずつ淡々とつっこむキャラが身についてきてしまった。


「先輩ってほんとに怒らないですよね」

「怒ってほしいってこと?」

「どんな怒り方するのかは気になりますけど、先輩に嫌われるの嫌なんでやめときます」


細木が女性だったら、間違いなく勘違いしていた。

特別な事を言うような勿体ぶる感じじゃなくてさも当たり前かのようにさらっと言うところも良い。

なんでこんなに天然の人たらしの細木が独り身かつゲームオタクなんだ。


「自分で言うのもなんですけど結構生意気な後輩だと思うんですよ」

「確かに」

「ほんとは怒ってます???」


流石に適当に返しすぎたかもしれない。

そう思ったけど、細木は尋ねてきながらも本心では思ってなさそうな笑顔をしていたし多分大丈夫だと思う。多分。


「でもどれだけ生意気でも先輩のイライラした表情すら見た事ないしいつも優しく接してくれるし、正直四班の他の先輩方あんまり得意じゃないんですけど、先輩のおかげで仕事楽しいです」


意外だった。

誰とでも同じくらい明るく、同じくらいの量のコミュニケーションを取ってる細木に対人関係で得意不得意があるなんて。

陽キャという生き物達は生まれ持って誰とでも友達になれる才能を持ってると思ってたのに。


「細木みたいな陽キャでもあるんだ。苦手とか」

「うーん。苦手っていうとなんか違う感じするんですけど、得意とは思わない?みたいな。全然職場で喋ったりするのは苦じゃないけど、ご飯誘われて嬉しい人と嬉しくない人みたいな。あとゲーオタに陽キャは居ないです」

「それは偏見じゃない?」


遠回しにご飯に誘ってくれと言われてる気が一瞬して、かといってわざわざ話題も持ってないのに仕事以外の時間を拘束してしまうのも申し訳ない気がして、突っ込みキャラを上手く使って逃れた。

細木はきっと、誘われて嬉しくなくても先輩からの誘いだったら断らない。

確証はないけどそういうキャラだから。


「ゲーオタの陽キャ見た事ないですけどね、、。自分も誰かをご飯誘ったりとか積極的なの出来ないタイプですし」

「意外、、、だけど確かに自分から言ってるのは見た事ない」

「そうなんです。だから先輩、奢りたくなったらいつでも言ってください。焼肉でもお寿司でもカモンです!!」

「、、、駄菓子でいい?」

「うわあ~、、、それはそれでアリですね」


初めての教育担当が細木で良かったと、心底思った。

それくらい、会話のフランクさから想像出来ないくらい節々に先輩として敬われてる感覚がある。

敬ってくれつつも接しやすい空気感だったり距離感を作ってくれて、尚且つ仕事もきちんとこなしてくれる。

細木の教育に関するストレスはゼロと言っても過言ではないかもしれない。

むしろ、細木と一緒に働く事で仕事のストレスが緩和されてる可能性まで大いにある。


(食べ放題の安い焼肉くらいなら連れて行ってもいいかな、、、)


普段の仕事において細木が与えてくれる心象への良い影響に、ふとそう思わされた。

ご飯に連れて行ってあげるかと思うくらいには、自分もいっぱしの先輩らしくなってきたんだなあと、そんな事を考えながら。












「っていう話が上がっているんですが世那さん。どうでしょうか」

「えっ、、、と、、」


時刻は16:30。

よくある定期的な打ち合わせかと思っていた直属の上司であるSEの井畑さんからの呼び出しは、思いもよらないものだった。


「僕の自作ゲームをベースに新作を作っていくって事、、ですよね、、?」

「はい。まだ案が出ている段階なので、日程や詳しい中身を煮詰めてプレゼンに出してみてどうなるか、というところですが」


少しずつ違ういつも通りを過ごしていただけなのに、まさかこんなとんでもない話をされるとは微塵も思っていなかった。

予定では本筋はそのままでゲームやキャラクターの名前、作りこみ方等々。

元々の自作ゲームから汲み取るものはそこまで大きくないらしく、原作というよりは原案のような立ち位置になるだろうというのが井畑さんの見解だった。

もし使用許可を出してプレゼンが通った場合、原案の欄に俺の名前が載るらしい。


子供の頃からずっと好きなゲーム会社のゲーム。

それの原案の欄に自分の名前が、、?


あまりにも現実味の無い状況に、理解は到底追いついていなかった。

プログラミングを担当したゲームに名前が載った経験が、この一年半で一度だけある。

ただそれは、あくまで制作陣の一人として。

原案となればその立ち位置やエンドロールでの大きさなどの扱いも大きく変わってくる。


(なんでこんな事になったんだ、、)


嬉しい事だと言葉の形としては理解出来ているのに、どうしても戸惑いが上回ってしまって素直に喜ぶ事が出来ない。


「このまま進める事になれば、今プログラミングに費やしている時間の多くをプレゼンに向けた会議に費やしていただく事になるかと思います。良い物を作るのであれば、ゼロからあのゲームを作り上げた世那さんの意見は必須ですから」


原作者と制作陣との乖離。意見の食い違いや揉め事は、ゲームだけに限らず創作物の世界ではよくある話だと思う。

イチオタクとしてSNSを徘徊していると、そういった類の暴露や揉め事をよく目にする事がある。

そんな世間の風潮なんかまるで知らないくらいあっさりと、井畑さんは作り上げた物を壊されるんじゃないかという不安感を拭い去ってくれた。

原案として名前が載る。

そんな名誉な事でも、自作ゲームへの愛ゆえに僅かに拭い切れていなかった不安感を。


「すみません頭が混乱してて、、。凄くありがたいお話で嬉しい気持ちではあるんですけど、、、。明日まで返答を待っていただく事は可能でしょうか」

「ええ勿論。明日と言わず来週の月曜くらいまででしたら時間の余裕があるので、ゆっくり決めていただけたら」

「ありがとうございます」


貰った一日は決断する為の一日ではなく、現実を受け止める為の一日。

来週月曜日までとなったら、一度受け止めた現実ももう一度逃避してしまいそうだ。

表面上では有難く猶予を貰っている事にして、会議室から出ながら、明日に向けての思考の整理整頓を始めた。


(帰ったら久しぶりにやってみるか、、)


入社してからは振られる会話の中に何度も出てきた自作ゲームだったが、結局一度も手をつける事が無かった。

やりたいゲームが追いきれてない状態で完成度の低い自作ゲームにわざわざ時間を費やすのは勿体ない気がするし、やらないまま一年半も経ってしまったのは仕方のない事だと思う。

最近では、今日話が出るまで思い出す事すらなかった。

駅へ向かう道中、電車内、駅から家までの道のり。

いつもはアプリゲームに手を出す時間をただぼーっと過ごし、家に着いてからは着替えもせずパソコンを開いて自作ゲームを起動した。

元データは実家のパソコンに置いてきてしまったから、他のゲームをする時と同じように検索エンジンを開く。



「うわあ、、、。懐かしい、、、」



たった二年前に作ったゲームなのに、タイトル画面を見るだけでまるで走馬灯のようにデスマーチの日々が蘇ってきて、何とも言えない懐かしい気持ちになる。

今も昔も絵のセンスが壊滅的だった俺は、キャラクターやタイトルロゴ等々、全てドット絵にして細かいディティールを誤魔化した。

画面いっぱいに表示されるタイトルや背景のドット絵からは、全く無いセンスから絞り出したあの時の苦悩が思い出される。

ゲームを作る上で一番苦戦したのは、間違いなくプログラミングよりもデザインの面だったなあと、二年ぶりに思い出した。



〖──生存戦争〗



謎の横線と共にそう描かれたタイトルをクリックする。

このタイトルとロゴだけではどんなゲームか想像出来ないだろうなと、分かりやすさと伝わりやすさが大事だと散々教えてもらった今なら分かる。




〖──XX年。人口の増加に伴い、排出されるゴミの量は日に日に増えていっていた〗


「うっわあ、、、、、」




下から上に文字が流れていくプロローグ画面。

無駄に凝った作りと、雑に拾ってきたフリーの画像とBGM。

街中のゴミ捨て場の写真とオーケストラのような壮大な音楽がアンマッチで、背筋をぞわぞわとむず痒いような感覚が走った。

スキップ機能をつけなかった過去の自分を小一時間程説教したい気持ちだ。



〖増えるゴミ、増していく悪臭。人間にとって不快でしかないそれらも、彼らにとっては大事な生命線となるのだった。略奪、逃走、拠点作り。これは、確かに存在した彼らの、知られざる闘争の物語〗



画面に表示される〖New Game〗と〖Continue〗

セーブデータは勿論無いので、〖New Game〗をクリックした。

出てきたのはキャラクター設定画面。

一部人間や他の動物が出てくる場面はありつつも、操作するキャラクターは全てねずみで、目の大きさや体毛、尻尾の長さなどを選択して自分好みのねずみを作り上げる事が出来る。

ゲームがそこまで好きではない友人にプレーしてもらった時は、この時点で反応があまり良くなかった。

確かに、好みのネズミと言われても答えられる人はかなり限定的だし仕方のない事だと思う。

ただ、ゲームにおいてキャラクター設定が一番好きと言っても過言ではない身としては、この工程はどうしても省く事が出来なかった。


「ピンクとか青色とかはいらなかったかもな、、、」


製作途中に薄々気付いていた一般受けをしにくいという問題への悪足掻きとして追加した要素の一つに、キャラクターの色をポップな色に出来るというものがあった。

深夜テンションだったのか何なのか。

テストプレイで確認した時はあれだけ良い要素だと思ったのに、改めて見てみると青やピンクのねずみに一般受け要素は無い。

むしろ、よりニッチな層への追加要素となってしまってる気がする。


「、、これでいいか」


いつもはどのゲームでも30分はかけるキャラクター設定の時間も5分でさっと終わらせる。

画面に表示されるのは尻尾が短く目の大きいピンク色のねずみ。

出来る限り可愛いねずみのメスを作ろうとした努力の末路は、目にも心にも優しくない刺激的なモンスターだった。


「十字キーで左右、、shiftでしゃがむ、、、」


ぼそぼそと口にしながら操作方法を確認する。

心優しいチュートリアル画面なんてものはなく、キャラクター設定が終わった後は簡単な世界観の紹介の後のゴミ捨て場の風景だった。

ドット絵の画素数の粗さのせいでモザイクがかかってるように見えて、写真よりもよりリアルにゴミ捨て場の汚さが見て取れる。

この辺りの画素の粗さだけは、テストプレイをしてくれた友人にも好評だった。

モザイクのおかげで汚いものを見ずに済むから、と友人の篠崎しのざきは言っていた。

プレイヤーの精神衛生を思ってのものじゃなくて制作側の都合だった事は、篠崎のゲームに対する心象の為に言わずにおいた。

世の中、知らないほうが幸せな事もある。




〖Game Over〗


「あ、、、、」




忘れてた。

最初に食料を持って逃走しようとした時、必ずここを縄張りにしてる敵達のボスが襲い掛かってくる事を。

相当な熟練度があれば逃げ切る事は出来るけど、初見ではまず助からないような設定をしてある。

それに、ここに来るまで装備を手に入れる事も出来ない。

このゲームでは、ゴミからねずみが持てそうなサイズの武器や防具がドロップしたり、拾って帰ってきたゴミを繋ぎ合わせて色んな装備を作る事が出来る。

こっちが全裸で食料を運んでいるのに対して、会敵したボスは防具を着込み、ペットボトルキャップの盾と五寸釘の槍を持っていた。

そこにレベル差から来る身体能力の差が加われば、逃げるだけで一苦労なのも一目瞭然だ。

ただ、あくまで初回のイベント的要素として入れただけの理不尽なので、一度倒されてからは比較的平和に素材や食料集め、拠点作りに集中出来る。


(拠点はここにして、、装備はとりあえずビニール防具と、、、)


思い出しながらやるというよりは、完全に初めてやるゲームとして、一つずつ操作を確認しながら進めていく。

時間にして一時間。

漸く拠点と装備品を一式取り揃えたところでセーブをして、椅子に座ったまま大きく伸びをした。



「ふわああ~、、、。風呂入ろうかな」



いつもならこの時間は、だらだらとアプリゲームの消化をしたりテレビを見たりご飯を食べたりしている。

そんな怠惰な時間をゲームとはいえ一時間も真剣に取り組むと、まるで仕事の延長戦をしたみたいな気分になる。

たった一時間だったはずなのに、お腹は空くし身体は重いし欠伸は止まらない。

理想を言うならこのままベッドにダイブしたい気分だった。


(でも案外悪くなかったな、、)


重たい身体がすぐに風呂場に行く事を拒んで、特に意味もなく開いたままのゲーム画面を見た。

学生時代にネットで調べながら約三年かけてコツコツと作り上げたゲーム。

動きがカクカクしていたりバグが起きたり画素数が粗過ぎて何が何だか分からなかったり。

プロとしてゲーム制作に携わってきた経験値を持って見てみるとお世辞にも精巧で売り物に出来るような出来ではなかったけど、それでも設定や世界観は面白くて悪くないなとは思う事が出来た。

井畑さんから聞かされたプレゼンの話。

このゲームの設定や世界観をどこまで採用するのかは分からないけど、これだけ粗だらけのゲームならどう適当に作ったところでプロの手に掛かればもっと良い物が出来るだろう。

その時はきっと、途中途中粗が気になって集中が削がれる事もなく、安心して世界観に没頭して楽しむ事が出来ると思う。


「ドット絵じゃなくなるのかな、、」


気が付けば話を聞いたばかりの時にあった色んな感情が、どんな出来上がりになるんだろうかという胸の高鳴りに押し流されていた。

返答はもう会社で決めていた。

改めてプレイした今、制作当初の拘りも思い出す事が出来た。

必死に試行錯誤しながら作ったゲームが表舞台に立つ。

明日から、そんな非日常を噛み締めていこう。

、、、、まだプレゼンが通るって決まったわけじゃないけど。

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