月が見つめる家の猫

Chan茶菓

月が見つめる家の猫



 

「やぁウミネコ。こんばんはぁ!」

 突然、壊れてしまうのではと心配になるの勢いで扉を開けたのは近くの岩場で暮らしているイワバウサギでした。

 今日は彼とオキヘビのさんにんで晩餐を共にする日だったのですが、イワバウサギは毛布にくるまれた『ソレ』を抱えてやって来ました。

 

 ウミネコはイワバウサギのあまりの勢いに驚きましたが慌ててずれたメガネを前足で調整します。

 ケフン、と一つ咳ばらいをして「いらっしゃい。イワバウサギ、今日のお土産は一段と大きいね。」

 何が入っているんだい?とウミネコは顎に前足を当て毛布を除きます。

 

 「実はねぇ、僕の家の前にこんなのが流れてきてたんだぁ。」

 

 イワバウサギは「よいしょっと」と重そうに床に下ろしました。少し雑に降ろすものですからドサリ、と音を立てた『ソレ』はグルリと一回転。はずみに毛布がはだけて中身が見えます。なんと中身はニンゲンでした!


 ___人間じゃないか!なんともまぁ、くたびれた子供だ!

 ウミネコは心の中で驚きます。


 全身ずぶ濡れ、おまけにポケットの内側からはワカメが伸びています。

 

 ウミネコはなんとか動揺を隠してイワバウサギに言います。

「ともかく、暖かいところに寝かせておこう。」

 イワバウサギもそれに同意し、ふたりがかりでストーブの前に人間を運びました。


「これで良いいだろう。」


「ふぅ…人間は細長いから運ぶのも一苦労だねぇ。…おっと、そろそろオキヘビ来る時間だ!僕は潜水艦を移動させてくるよ~。」

 

 海中時計をポケットから取り出して時間を確認したイワバウサギは小走りで外へ出て行きます。

 ウミネコは晩餐の準備を始める事にしました。旅商人のタビネコから仕入れた青いブレンドティーを淹れたり、料理をお皿に盛り付けしたり…家中に食欲をそそられる匂いが広がります。

 

 食事の匂いにつられてか、ウミネコが準備をする音でなのか、人間が目を覚ましました。

 

「う、うん…」

「おや、もう目が覚めましたか。」

 準備をやめて人間に近寄ります。

 

「どうも…。気付いたらここに…。」

 自分でも訳が分からないのでしょう。ウミネコと部屋を交互にキョロキョロと見渡しています。


 「それはそれは。怪我をしていますね、こちらにどうぞ。」

 床に転がったままの人間をウミネコはソファへと促しました。


 「あ、いや、ごめんなさい。」

 申し訳なさそうに、しかしやっと休めるという安堵も混じった声でした。


  ___この人間はなぜこうも警戒心がないのだろう。そうウミネコは考えます。

 しかし、まずは手当てをしなければ。「さぁ、怪我を見せて。手当をしましょう。」 ウミネコは座ってテキパキ手当を始めました。

 「ありがとうございます。ここは暖かいですね…。」

 おとなしく手当てを受ける人間の体はまだ震えています。身体が冷えている様子です。

 

 「まだ寒いようなら、ウミウシ暖炉のつまみを右に回すと温度が上がりますから。」

 そういって、人間に暖かい毛布を掛けてあげました。


「これでよし。暖かいもの持ってきますね。」

 手当を終えたウミネコはキッチンへと向かい、温めたミルクを入れたカップふたつ用意して、ひとつを人間に渡します。

 

「どうも…あぁ、美味しい。」

 落ち着きを取り戻して気が抜けたのか、温度を上げた暖炉や口に含んだミルクの温かさのせいなのか、少し緊張も解けた様です。


「それは良かった。お風呂も湧いてますから。ゆっくり入りましょう。」

 晩餐の準備を再開しつつウミネコは促します。


「お風呂ですか…。」 と、人間は急に困ったように俯きました。


 「どうしました?」ウミネコが手を止め様子を伺うと、

 「水が少し怖くて。」

 どうやら水に嫌な思い出がある様子です。怯えているようでした。


 __なるほど、だがこんなみすぼらしい姿で居られては、コチラが困るしなぁ。

 

 少し考えて、ウミネコは思いつきます。

 「大丈夫。ゆっくりでいいので、入りましょう。私もついています。」

 大丈夫、ともう一度言って、クルンと宙返りをしたウミネコは小さな四足歩行の姿に変わり、彼を優しく促しました。

 

 浴室に入る前につまみ食いしそうなイワバウサギに声をかけます。

 「晩餐の準備をお願いできるかな。」

 

 そうウミネコが声をかけると、「いいよぉ。」と快い返事をくれました。しかし「だけど僕のは大盛りにしちゃうかも〜。」なんて不的な笑みを浮かべるイワバウサギ。


「それも想定済みさ。構わないよ。」とウミネコも快く了承します。

 

   イワバウサギに準備を任せたウミネコは、彼がお風呂に浸かるそばで座り人間の話相手となります。

 どうやら彼は、ここに着くまでの記憶を失ってしまっているようです。水が怖いのだけはわかるのだとか。

 

 ___水に落ちたか、あるいは…。


「お湯加減はどうですか?」 そうウミネコが聞くと 、「ええとっても、気持ちがいいです。」 と安心しきった様子でした。

「それは何より。」と返しながら、ウミネコはまた二足歩行の姿に変わって先にバスタオルの準備を始めます。


 入浴を済ませた人間に「さ、よく乾かしましょう。」 とタオルを持って手招きをするウミネコですが、彼は恥ずかしそうに「そんな、子供じゃないんですから!」とタオルを持って逃げようとします。そんな彼をウミネコは 「いいからいいから。」と強引に座らせて拭き始めます。


 「なんだか恥ずかしいなぁ。」と、吹き終わるまで彼は終始バツが悪そうにしていました。


 

 しっかりと髪も乾いてきたので、「さぁ食事にしようか。」と彼を促し、外で待っていた友人達の元へと連れていきます。外へ出ると真上には大きな月が見降ろしています。人間は見上げた月を見て、思わず「大きいなぁ」と声を上げます。

 

「僕の友人を紹介しよう、君をここまで連れてきたイワバウサギだ。」

 既に食事を始め、口の周りをソースだらけにしているイワバウサギがモゴモゴと呻き手を大きく振ります。

 人間は深く頭を下げました。

 

「そして海辺から顔を覗かせているのはオキへビです。彼女はいつも海藻や海に流れる羽織を集めています。彼女は綺麗なものが大好きなんです。」

 「仲良くしましょう!」と明るい声をだすオキヘビに「よろしくお願いします。」とまた人間はお辞儀をしました。


 「あの、それ…。」

 人間が見つめるオキヘビの首には臙脂色のドット柄リボンが結ばれていました。

 

 「あら、気が付いた?あなたも見る目あるのね!さっきイワバウサギから貰ったの!アタシこの模様が気に入ったわ!」それはここに着くまでに身に着けていた彼のネクタイでした。

 

 「とってもよく似合ってます。」


 そう人間が褒めると、オキヘビは満悦そうに「そうよね、ありがとう!」とカラカラと笑いました。

 

 紹介を終えたウミネコは、彼を椅子へと促し腰かけた人間にペーパーナプキンをかけました。

 

 「さ、どうぞ召し上がれ。」

 人間はウミネコに促されたまま目の前にあるスープを一口含み、舌鼓を打ちました。


「わぁ…すごく美味しい!」

 

「お口に合って何より。」

 __気に入って頂けたようだ。

 人間の笑った顔を確認したウミネコは、満足そうに自分もスープをよく冷まして口へと運びます。

 

 __自分で作って当たり前だが、美味しい。

 タビネコから仕入れたヤギ肉と豆のスープ…コンソメとトマトの風味が肉をかむたび口に広がります。


 晩餐を終え皆が帰るとウミネコは彼をベッドへ促しました。

 「さぁ、寝ましょう。」

 人間が「ありがとう」と言い、ベッドに入ったことを確認したウミネコも一緒にベッドへ入ります。


  明かりを消すと、彼はウミネコに呼び掛けます。

「……あの。」

 なんだか顔を伺うようです。


「えぇ、どうしました?」

 背中を向けていたウミネコは彼に向き合いやさしく返事を促しました。

 暗闇の中でバツの悪そうな顔がはっきりと見えます。

 

「いえ、あの、明日にはここを出ますから…。」

 なるほど。よその家に、しかも今日初めて出会った見知らぬ猫の家にずっと居続けるわけにはいかないと考えての事でしょう。


「焦らなくて大丈夫。傷が治っても気が済むまでここに居もいい。」

 安心させるように、優しくウミネコは見えているか分からない人間に向かってニコッと笑って返します。


 その言葉を聞いてか、ウミネコが笑ったのに気づいてか彼は幾分かホッとした様子で

「ありがとう、手を握っていてもいいかな。」と手を出しました。

 

 「ええ、もちろん。」

 前足を手に添えると、ぎゅっと力が籠められます。

 

 「おやすみなさい。」

 

 縋るように自分の前足に力が籠める小さな手を、ウミネコのもう片方の前足で包みます。


 「おやすみなさい。」


 埋もれる小さな手にはすでに力は入っていませんでした。

 それでも彼の手を優しく包んで眠りました。


 そうして一人と一匹は朝を迎え、共に起きて向かい合って食事をしました。


 朝食は昨日の晩餐で余ったスープです。

 一晩寝かせたスープに浸かるヤギ肉には、さらに風味がしみ込んでおり、かみしめるたびに広がる味と共に昨晩の楽しさも広がります。いつもの友人と新しい友人が囲む晩餐はウミネコが思っていたよりも満足のいくものになっていたようです。

 

 その後も一人と一匹は会話を重ね、幾夜を過ごします。

 重ねた数だけふたりの関係も変化が起こります。


 

 そうして共に過ごして半年が過ぎた頃

 

 

「今までありがとう、おかげで元気になった。それじゃあ!」

 そういって彼は旅立ちます。

 

「それは何より。えぇ、それじゃあ。」

 そう挨拶を交わして、笑って出ていった彼をウミネコは手を振って見送ります。

 

 

 

 人間はもうここに来ることはないでしょう。

 ウミネコは家の上にぽっかり空いた穴を見上げました。

 大きな穴から顔を覗く月と目が合います。


 

 ___次に訪れるのはなんだろう。


 

 そんなことを考えながらウミネコは家に入っていきました。


 

 


あとがき


『あなたの想像エンド』で沢山頂いた感想の中で多かった、『猫』を主人公として描いてみました!



話は変わるんですが、大きい月を見る夢は夢占いでは『願いが叶う』らしいです。


あと、童話っぽくしようと思ってたんですが『これを童話のジャンルに突っ込むのは如何なんだ??』って絶賛悩み中なので童話のタグだけ付けときマス!





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