第2部 5話

 奈桃は迷っていた。目の前にはクリームパンとメロンパン。場所は学校の売店の前。クリームパンは甘くとろけるようなクリームが絶品。メロンパンはカリッと焼き上げられており外側のクッキー生地が絶妙で中の部分もふわふわ。どちらも奈桃の好物だった。今日は母親が弁当を作り忘れたそうで売店でお願いーと言いながら千円を渡してきた。正直いうと昼に千円は多すぎると思うのだが余った分は自分の小遣いにしていいそうなので何も言わずにもらっておく。

「奈桃。まだー?」

美樹が奈桃の肩に手をかけながら話しかける。ぐいっと奈桃が悩んでいる商品二品を覗き込む。

「またその二つで迷ってんの?私が決めてあげよっか。」

「いい、いい!私が決めるから!おばちゃん、クリームパンね!」

私は美樹を押し除けお金をおばちゃんに渡す。

「はい。クリームパンね。はい、ちょうどだね。いつもありがとうね。」

「うん、ありがとう。」

クリームパンを受け取りながら答える。振り向くと美樹がつまらなさそうに立っていた。

「クリームパンにしたんだ。へえ。」

「何よ。今日はこの気分だったんだから仕方ないじゃん。私が食べるんだし、私が決めたいよ。」

二人並んで歩き出す。

「ねえ、今さ奈桃はクリームパンとメロンパンで悩んでたじゃん?」

「うん。」

「私、思うんだけど、もしかすると奈桃がメロンパンを選んだ世界も存在したんじゃないかなってさ。」

「は?」

「だ〜か〜ら〜、この世界では奈桃はクリームパンを選んだけど、別の世界では奈桃はメロンパンを選んでるってこと。で、奈桃がクリームパンを選択したからこの世界ではメロンパンの世界じゃなくてクリームパンの世界になったってわけ。」

「何それ。SF?」

「うーん、そんな感じ?私、いつもなんかを選択するたびに思っちゃうんだよね。ああ、私が選んだことによってもう一つの可能性世界を消しちゃったのかなって。」

「大袈裟じゃん。」

「そうだと思うんだけどさ、やっぱ考えちゃうよ。」

「ふうん。」

私のつまらなさそうな雰囲気を感じ取ったのか美樹が首を横にふる。

「ああ。この話はこれでおしまい!さ、お昼食べに行こ!」


 私と美樹は教室が違うのでお互いの教室で食べることはかなり稀だ。大抵お昼は中庭、食堂、屋上近くの階段の踊り場(本当は屋上に行きたかったんだけど生徒が勝手に立ち入ることは禁止とのこと)で食べる。今日は出遅れたから食堂は人がいっぱい、ポツポツと雨が降り始めていたから消去法で階段の踊り場に決定した。

 階段の一番上の段に腰を下ろす美樹、その二、三段下に私は静かに腰を下ろした。同じ段に座るとお互いの顔が見にくいからちょっとずらして座るのがいい。美樹は持参の弁当袋から箱を取り出す。少し小さめのお弁当箱。そういえばダイエットをしていると言ってたっけ。

「美樹、その量で足りるの?」

「足らせるんだよ。少し物足りないくらいの量だけどダイエット中だからねー。ほら夏には海行きたいし?水着着るじゃん。少しはこの肉を落としときたいからねー。」

美樹が少しふざけならが返す。

「それに奈桃の方が心配。何クリームパンだけって。栄養めっちゃ偏ってるじゃん。でもいいなー、奈桃はそんなの食べててもスタイルいいよね。」

「そんなことないよ。見えないとこにお肉はついてるし。」

「そう?そんなには見えないけど。あっ、そうか。学校の外ではすっごい食事制限してるんでしょ。で、学校だけ好きなものを食べるとか。」

「そんなことしてないよ。お母さんのご飯を食べるだけだし。バランスは取れてるけど量は普通だと思う。」

「お母さん専業主婦なんだっけ?」

「ん、最近ピアノ教室に臨時で行ってるって言ってたよ。なんか、お母さんが音大を出てるってそこの先生が聞きつけてスカウトしにきたらしい。」

「まじ?奈桃のお母さんやば。」

「全然。久しぶりに鍵盤触ったら全然指が動かなくてびっくりしたって言ってた。」

「でもすごいなー。ピアノ弾けるなんて。あっ。そうそう聞いてよ。私、バイト始めることになった!」

「本当?良かったじゃん。どこどこ?」

「商店街のパン屋さん。友達の紹介でさ。明日から。」

美樹は少し得意げに言う。

「ずっとバイトしたがっていたもんね。買いに行くね。」

「よろしくねー。いやあ、でもなんか友達がお客さんとしてくるなんてなんか照れる。」

「美樹だって私のバ先によく来るじゃん。」

「それは奈桃のバ先が塾に近いからだよー。」

「えー。ほんとう?」

予冷が遠くで鳴る。

「うわっ。もうこんな時間。って奈桃食べ終わってるう。」

「クリームパンだけだからね。美樹はまだ残ってるね。」

「大丈夫。お腹のキャパは問題ないから!それにほらもう終わるし!」

美樹はおかずとご飯を勢いよく口に詰め込む。その姿はまるで頬袋にタネをいっぱい詰め込んだハムスターのようだった。プッと奈桃は吹き出す。あまりにもその顔が面白かったから。

「すっごい面白い顔。」

美樹が口をもぐもぐさせながらこちらを軽く睨む。手元はお弁当箱を片付けている。それから私たちは各々の教室に戻った。
















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