第2部 3話

 高宇奈桃(タカウ ナモモ)はどこにでもいる女子高生、いわゆるJKというものだった。県内でも真ん中くらいの偏差値の共学で、成績も真ん中より少し上ぐらい。ここ半年は彼氏もいなくて、部活もしていなかったから駅前のチェーンのハンバーガー屋でバイトをしている。バイトは週に三日から四日ぐらい。そのほかの日は駅ビルで買い物したり、友達とカフェで駄弁って終わる。将来のことはあまり考えていないけれど何とかなるだろうとは思っている。そこそこ家はお金があるみたいだから、うちのママとパパなら適当な私立大学に行かしてくれるだろうし、都内の大学だったら一人暮らしも問題ないだろう。未来のことより目の前のことを楽しまなくちゃと奈桃は今日も友達と待ち合わせして駅ビルにきた。確か、スタバの新作が発売だったはずだ。昼休みにTwitterで確認したから間違いない。ついでにグルメ系インフルエンサーのおすすめカスタムも抜かりなくチェック済み。今はSNSが普及して何でも情報が手に入る。


「奈桃―!待ったあ?」

息を切らせて友達の唐津美樹(カラツ ミキ)が息を弾ませながらやってくるのが見えた。

「美樹!遅かったね。また先生に呼び出されてたの?」

香理は息を整えてから答える。

「違う、違う。今日中に提出の課題を仕上げて提出してきた。先生も少しくらい待ってくれたっていいじゃん?なのにさ、絶対今日中に提出してくださいねって授業中に直接言われるからさー。ほんとだるいよお。」

「美樹、進学クラスだから。先生から期待されてんでしょ。いいなあ、うちらなんて担任も卒業してくれさえすればいいって感じだから、張り合いないよ?」

美樹は学年に一つしかない進学クラスに所属していて、国公立もしくは有名私大合格を目指して独自のカリキュラムが組まれているって話だった。私たち一般クラスとは雲泥の差で、私たちは進学組と就職組が3:1ぐらいだった。やっぱり進学する子が多いけど、底辺私大とか専門に行く子もがほとんどで国公立に行ける子なんていない。なんで頭の良い美樹と私が仲が良いかというと入学式まで遡る。

入学式はクラス順とかあいうえお順などではなく自由席だった。結構珍しいと思う。そう、私と美樹はたまたま隣同士だったのだ。式があまりにも暇すぎてどうしようかと思っていた時に横から話しかけられた。ねえ、バックれよう?と。私はびっくりした。まさか入学式でそんなことを言ってくるなんて余程の不良なんだと思ったから。横を見ると普通そうな女子生徒が私の方を向いていた。

「え。大丈夫かな。」

「良いでしょ。先生にはトイレとか言っとけば。ねえ、行こ行こ。」

私たちは静かに立って体育館の隅の先生にトイレ行きたいですって小声で伝えた。先生は快く了承してくれて、トイレの位置まで教えてくれた始末だった。もちろん私たちはトイレを通り過ぎて廊下を通り三階の一つの教室に入った。今の時間、全校生徒は体育館にいるのだろう、校舎はがらんとしていてまるでこの世界に私たち二人しかいないみたいだった。教室に入り扉を閉めてから美樹が笑い出した。私もつられておかしくなってしまった。ひとしきり笑ってから美樹が話しかけてきた。

「まさか、ほんとにバックれるなんて。あんた、いいね。」

「そっちこそ。よく入学式の最中にそんなこと思いつくよね。」

「なんの為にもならない校長やPTAの話を聞くよりこうしたほうが有意義だと思ったからね。ねえ、名前何?私、唐津美樹。美しいに樹木の樹。」

「私は高宇奈桃。」

「奈桃?どう書くの?」

「奈良県の奈に、フルーツの桃で奈桃。変わってるでしょ。」

「うん。初めて聞いた。良い名前だね。」

私はそれまで自分の名前があまり好きじゃなかった。名付けた母親のことが好きじゃなかったから。だから美樹の発言は予想外だった。

「え?」

「だって、奈桃っていい響きだし、多分健やかに育ってほしいって願いが込められているんじゃないかな。漢字の意味的にね。あまり聞かない名前だからお母さんとかお父さんがすごく考えてつけてくれたんだと思うよ。だから、私は奈桃っていう名前すごく好き。」

知らなかった。親に自分の名前の成り立ちなんて聞いたこともなかったし、今となってはもう聞けない。でも、美樹の言っていることを聞いたらそんな感じがしてきたし、少し自分の名前に愛着が湧いたような気がした。

「そうかな。私、今まで意味とか聞いたことなかったから。あんまり好きじゃなかったし。でも、美樹の話聞いたらちょっと好きになったかも。」

美樹は嬉しそうにこっちを見た。

「そっかあ。それはよかった。ねえ、他にも奈桃のこと知りたい。色々教えてよ。」

それから私たちは出身中学や所属していた部活のことなど様々なことを話し合った。気がつくと入学式は終わっていて、私たちは入学生写真撮影の列に紛れるように合流した。先生たちは気づいていないようだった。


「奈桃。今日さ、スタバの新作の発売じゃん?行かない?」

「そういうと思ってさ、ちゃんとカスタムも調べてきた!」

「まじか!最高!」

美樹が差し出されたスマホの画面を覗き込みながらあまりにも称賛してくるから私も少しおちゃらけながら答える。

「そうであろう。感謝せよ。」

「ははあ!奈桃様!ありがとうございます。」

なんて馬鹿な掛け合いをしているんだろう、私たち。でも、こんな時間が永遠に続いたらいいのになんて考えながら私たちは駅ビルに入っていった。

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