ⅩⅩ

 入り口の札をcloseにして、閉店業務を終えると男は店の奥の事務所兼自宅へ向かう。そこには大きな本棚があり、ファイルがびっしりと並んでいる。その中に一冊を取り出す。表面には『実験2112番』と書かれ、男はゆっくりとそれを開いた。

『20ⅩⅩ年Ⅹ月Ⅹ日

実験体A:高梨 尚(以下A)21歳

差出者 :辻村 優(以下甲)21歳

受取者 :村津 柚慈(以下乙)21歳

関係者 :間  行人(以下B)21歳

詳細:Aが事故に遭遇、当関連施設に運ばれ、身体修復術・甲に関する記憶消去を受ける。同時に、甲を拉致、記憶抽出を実行。甲本体は当施設にて保管。乙を保管施設より選出。

20ⅩⅩ年Ⅹ月Ⅹ日

詳細:A(31歳)となりサイカイ計画開始。

乙の記憶中枢に甲の記憶を注入。同時に、乙の偽の記憶を作成、注入。

乙の経歴を作成、大学編入。

同年Ⅹ月Ⅹ日

詳細:B(31歳)の協力によりA・乙サイカイ実施。

同年Ⅹ月Ⅹ日

詳細:観測者の助言によりAが甲関連記憶を取り戻す。同時に乙も甲記憶を再現可能。

本実験では、Aは甲関連記憶を自己獲得可能であった。また、乙もAに影響され、甲記憶再現可能。しかし、観測者の助言なしでは記憶の完全獲得は不可能であったとも考えられる。本実験にてサイカイだけでは不十分と思われ、外的刺激も獲得可能であった要因の一つである。』

男は筆をとり、書き加えた。

『出会いはその者たちを救済する。』


静かに本を閉じる。

「俺も記憶が勝手に転移されるなど非科学的なことを言ったものだな。彼らも全く疑いもしなかったのは心外だった。」

男は呟く。

「俺にも自分を救済してくれる出会いがあったらいいな。」

何を馬鹿げたことを思っているのだと、男はふっと小さく笑う。ファイルを棚に戻し、次隣のファイルを手にとる。

「さて、次のサイカイするもの達は救済できるかな。」

男はそう言いながら静かにページをめくった。

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