Juukyuu

 俺は何度も前後のページを確認する。いくら確認しても最後の数ページは白紙だった。これでは最後どうなったか分からない。ようやく掴めると思った正解を目の前で奪われるような、これからの進むべき道が途切れてしまったような気分だった。頭が真っ白となって呆然とした。何も考えることすらできない。


「コーヒーのおかわりいかがですか。」

その声にハッとした。見るとマスターが俺の顔を覗き込んでいた。

「あっ。えっと、ください。」

「同じものでよろしいでしょうか。」

「はい。お願いします。」

満足したようにマスターが笑みを浮かべ離れていく。

「お待たせいたしました。コーヒーでございます。」

「ああ。ありがとうございます。」

「こちらのカップは下げますね。」

ゆっくりとした動作でコーヒーソーサーを持ち上げるとマスターが口を開いた。

「その小説いかがでしたか。」

「えっ。」

俺は思いもよらないことを聞かれたのですぐには反応できなかったが、今読んでいる本について問われているのだと理解した。

「とても素晴らしい本でした。しかし、最後のページが無くて。どうしようかと思ってて。」

マスターは少し眉毛を上げたがすぐに表情を戻して言った。

「その本は、意図的に最後は書かれていないのです。きっと最後は読み手に託すということなのでしょう。ですから白紙であるわけですが、それではあなたは納得できないでしょう。」

少し間を置いてから続ける。

「それならばあなたが続きを紡ぐというのはいかがですか。」

「俺が?」

「はい。それがその物語を完結させることができ、あなたにとっても最適でしょう。」

「でも、俺が小説を書くなんて。」

「できますよ。あなたはその資質があると私は思います。」

「なぜ分かるんですか。」

「世の中には何冊もの小説、本があります。あなたはその膨大な本の中からその本を選び、最後まで読み通しました。それだけであなたには続きを書く資格があると思います。難しく考える必要はありません。あなたなりの結末でよろしいと思いますよ。」

俺なりの結末か‥。

「私は、本を書くことは人生を歩んでいくことと同義だと考えております。結末は人それぞれですし、その結末が良かったか悪かったなどは歩んだ者にしか分からないことですからね。」

「本を書くことは人生を歩むこと‥。」

俺はマスターの言葉を反芻しながら考える。俺は、本当の意味で自分の人生を歩んできたのだろうか。周りに流され、人生の意味や結末など考えずに生きてきたのではないか。

「すみません。要らぬことを申しました。年寄りの戯言として聞き流してください。」

失礼いたしましたと、マスターが申し訳なさそうに言う。

「いえいえ、貴重な意見が聞けてよかったです。小説の続きを紡ぐこと、前向きに考えてみます。ちょっと人より時間がかかって、遠回りになるかもしれませんけど。」

それはよかったですと、俺に声をかけてマスターはその場から離れた。俺は少し冷めてしまったコーヒーを飲み干した。もうそろそろ待ち合わせ場所へ向かった方が良さそうだ。


 店を出ると、すっかり夕方だった。とりあえず就職かなと思いながら俺は足を踏み出す。恐怖心は少し和らいだようだ。

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