Juuhati

 久しぶりに高梨に会いたくなった。

 イナセンから仰せつかった論文もようやく昨日終わり一息ついた。実はまだ授業で使うと言っていた資料作成には全く着手していないものの、頑張ったのだから今日ぐらいは休んでいいだろうと自主的に今日は何もしない日と決めた。パチンコか、誰かと飲みに行くか、いかがわしいお店に行くかと悩む。そういえば今月は少し財布が寂しいんだよなと思う。パチンコとお姉ちゃんの店はさらに財布の厚みが減りそうだ。飲みも金はかかるが、割り勘で安い店なら大丈夫だろうと楽観的に考え、さて誰を誘おうかと思った。その時ふと高梨のことが思い浮かんだ。スマホを開き、高梨に連絡を取ろうとした矢先だった。村津から着信があった。おお、ナイスタイミング。

「よう。俺だ。イナセンには資料は絶賛作成中ですって伝えてくれ。」

「お疲れ様です。稲垣先生に言われて電話したわけじゃないですよ。ていうか、多分ですけど先輩、まだ資料は作ってないでしょ。外にいるのバレバレですよ。車の音が聞こえます。」

「うっ。周りの音を消すの忘れてた。イナセンに言われたんじゃなければどうしたんだよ。貸す金はないぞ、俺が貸してほしいくらいだからな。」

「借金でもありません、先輩じゃあるまいし。電話したのは高梨さんに提案されたからなんです。」

「高梨い?あいつがどうしたんだよ。」

「実は、今日高梨さんとご飯行くんですけど、先輩も一緒にどうかなって。」

「なんだ、そんなことか。行く行く。俺もちょうど高梨と飲もうかと思って連絡しようとしてたんだよ。」

「それなら良かった。今日の六時なんですけど大丈夫ですか。」

「もちろん。俺はいつだって大丈夫よ。」

「では、六時に。お店はまたLINEしますね。」

「よろしくー。じゃ、また。」

「はい。よろしくお願いします。」


 ぴっ。会話を終え、今の時間を確認する。十一時か。約束の時間までまだまだあるな。とりあえず朝食兼昼食を摂ろうかと目についたファストフード店に入る。適当にハンバーガー、ポテト、コーラのセットを頼む。イートインは二階だそうで、商品を受け取ると階段を登る。少し昼食には早い時間だからかあまり混んでおらず、俺は外が見える窓際の席に座る。コーラを一口飲み、包み紙を開け一口頬張る。うん、可もなく不可もなくという感じだ。

 ポテトを齧りながら眼下の通りを見下ろす。スーツを着たサラリーマンが足早に通り過ぎ、学生服を着た学生思しき若者が友達と共に自転車を押しながら歩いている。仕事や学校に勤しんでいる人々を見ていると自分がいかに社会不適合であるかを実感する。親や大学の同級生には型にはまる生き方はしたくないだの、のびのびとできる今が俺はいいのだと言い訳しているが、本当のところ社会に出るのが怖いのだ。就職し責任を負い生きていくことを、俺はできる自信がない。俺自身、今までそうやって責任とか、役職とかいうものから逃げてきた人生だった。友達といる時は馬鹿騒ぎしたり好きなことをするのに、いざグループの代表者を選ばないといけない場面には他の人に任せたり自分は向いていないと押し付けたりしていたのだ。そんな逃げてきたやつが責任を負って働くなんて到底無理だった。このままじゃいけないことは俺が一番よく分かっている。周りの同級生は結婚や昇格して役職を与えられバリバリ働いているのだから焦燥感も感じるし、今の状況を変える必要があるとは痛いほど感じている。でも、できない。俺はそんな俺自身が一番嫌いだ。


 ポテトを食べ終わり、コーラも無くなったところで周囲が騒がしくなってきたことに気づく。スマホを見ると十二時過ぎだった。もうそろそろ出ようかと思い、席を立つ。やることもないし、金もない。ふらふらとしていると一店の古書店を見つけた。普段読書はしない俺だが、その時は気まぐれだったのだろう、店に入ることにした。店に入ると、古書特有の少しかび臭い紙の匂いがぷんと鼻についた。店内には、七十代くらいの男性が書架の前で自身と同じくらい古そうな本を開いている以外客はいなさそうであった。店の奥には六十代くらいの男の人が椅子に腰掛け本を読んでいた。俺も手近な書架から一冊抜き取り開く。俺でさえ名前を聞いたことのある作家が執筆した小説のようだが、題名は聞いたこともなかった。その本は、この一文から始まっていた。

『いつ誰とどうやって出会うのかは誰にもわからないだろう。』

不思議な始まり方だと思った。

『ただ、その出会いには何か理由がある。善い出会いだろうと悪い出会いだろうと。人生最後にそれは分かるだろう。ただ一つの救済なのだから。』

そこまで読んで俺はその本を会計に持っていく。自分でも何故その本を買いたいと思ったのかは分からないが、俺はこの本を買うのだという確信はあった。


 買った本を早速読もうと喫茶店に入る。コーヒーを頼むとすぐに本を開く。それから俺は夢中で活字を追った。時間が経つのも忘れ、ほぼ読み終わりそうだというところまで読んで気づいた。最後の方の数ページが無いことに。

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