十四/ジュウヨン×14

 俺と尚は喫茶店を出てから何軒か梯子し、最後は俺の部屋で飲もうということになり酒やつまみをコンビニで買い込んだ。俺と尚は同じマンションであることは把握済みだからいくら潰れても家に帰ることはできるし、尚が潰れたら俺の部屋にそのまま泊まらせれば良いと思っていた。

「どうぞー、汚い部屋だけど。」

「お邪魔します。十分整頓されてるよ。流石、村津君だな。」

「‥。」

俺は酒がいい感じに回った頭でどう返せば良いか考えたが、思い浮かばず結局聞こえないふりをした。相手も酔っているのだからあまり気にしないだろういう期待もあった。

 

 俺は尚にソファを勧めて、自分はグラス、箸や皿などを準備するためにキッチンに立つ。見慣れたキッチン、自分の手によく馴染んだ調理器具。しかし何故だろうか、どこか違和感があり、自分が使って良いのだろうかという感情が湧いてくる。いやいや、今の俺は村津柚慈なのだ。何を躊躇う必要があると自分に言い聞かせグラスなどを手にしてソファで待つ尚の元へと向かう。

「お待たせ。グラスとか一個ずつしか無いからなんかチグハグになっちゃたけどいいよな。」

尚の目の前にグラスを置きながら、俺は何事もないように話しかけた。

「ありがとう。大丈夫、そんなこと気にしないよ。」

言葉とは裏腹に心なしか尚の顔が陰っているような気がする。何か変なことを言っただろうかと不安になる。しかし、聞けない、何故そんなに元気がないのか、俺が何か気に触るようなことを言ったのかと。俺は、黙々と買ってきたものを皿に並べ箸やグラスに酒を注いだりした。

「よし。準備できたな。じゃ、乾杯とするか。」

「うん。何に乾杯する?」

尚が俺に聞いてきた。俺は少し考えて口を開く。

「旧友とのサイカイに。」

尚は少し考えた後になるほどと頷く。

「サイカイに。」

二つのグラスが重なり軽やかな音がなる。尚は気づいたようである。俺が、二人の再会と友情の再開とをかけていることに。

「そういえば、この部屋に来るの初めてだな。村津君と知り合ったのも最近だし。なんか、ここ最近で本当に色々なことがあったな。」

尚がグラスに口をつけながらしみじみと言う。

「そうだな。なんか自分でも落ち着かない。」

グラスに口をつけ、琥珀色の液体を口に含む。それからしばらく二人とも口をつぐんでただ黙々とグラスを傾けていた。


「あのさ、聞きたいんだけどさ。」

 尚が口を開いた。俺は尚の方を見て、次の言葉を待った。

「今の村津君の中に優がいるんだよね。」

「ああ。だからこうして話しているんだ。辻村優としてな。」

俺の言葉を聞いた尚は少し不安そうな顔をした。

「どうした?」

尚は言おうか迷っている様であったが、俺がじっと顔を見つめいるのに耐えかねたのか口を開いた。

「うん。ねえ、優。気を悪くするかもしれないんだけどさ。優がこうして話している時って村津君の意識ってどうなってるの?もしかして無くなっちゃたんじゃ‥。」

「なんだ。そんなことか。」

私は微笑む。

「いなくなったりしませんよ。ほら、いますよ。村津柚慈です。僕の記憶の一部に辻村さんがいる様な感じなので、辻村さんと高梨さんの会話は僕も聞いてますし、意識だってちゃんとあります。でも、辻村さんと高梨さんの会話に僕が答えるのはおかしいと思ったので辻村さんに答えてもらっていたんです。心配させてしまってすみません。でも、なんか頭の中に僕以外の人がいる様な感じなので不思議な気分です。」

「そっかあ。よかった。じゃあ、あくまでも君は村津君で、優が間借りさせてもらっているような感じなのかな。部屋は村津君名義で借りていて優が居候させてもらっているように。」

「おい、誰が居候だって?その表現は納得できないな。でも今の状態はそれに近い感じなのかもな。俺は、こいつの許可なしでは自分の存在を証明することすらできないから。こいつが俺を外に出さなければ、俺はずっとこいつの頭の中で独り言のように呟くだけしかできない。」

(僕のことをこいつとかいうのやめてくださいよ。ちゃんと柚慈っていう名前があるんですからちゃんと呼んでください。)

(おお。そうだった。ごめんな、柚慈。)

辻村さんが素直に謝るのが面白くて少し意地悪したくなった。

「今頭の中で僕のことを名前でちゃんと呼んでくださいって言ったら、辻村さん素直に謝ってくれましたよ。意外にいい人なんですね。」

「そうなの?へえー、優も十年でいい子になったんだね。」

(おいっ!それを尚に教えるのは反則だろっ。弁明させろ。)

(嫌ですね。あんまり無理ばっかり言ってるともう高梨さんと話すのを許しませんよ。)

(それは困る。でも、柚慈もあんまり俺を揶揄うのはやめてほしい。)

(分かりました。辻村さんも変なことを言わないでくださいね。)

(俺は変なことは言わないよ。尚とか、柚慈が変なことを言わない限りは。)

(僕も言いませんよ。)

私と辻村さんの会話は私の頭の中で行われているので、高梨さんから見れば私がただただ無言で表情がコロコロ変わるのが不思議であったようだ。様子を伺うように私の方を見つめていた。仕方がないので辻村さんを表に出してあげることにした。

「ん?どうした?尚。」

「いや。なんかいきなり黙っちゃったから何かあったのかと思って。えっと、優、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。頭の中で柚慈と話してたんだよ。頭の中で話しているから周りから見たらずっと黙ってるヤバいやつだよな。そういえば、よく今話しているのが俺だとわかったな。見た目は変わらないだろうに。」

「口調が全然違うよ。一人称も僕と俺だし、村津君は僕のことを高梨さんって言ってくれるからね。優は尚って呼び捨てじゃないか。」

「そういえば、そうだな。こいつ外面は良さそうだもんな。おい、尚。こいつに騙されるなよ。」

「そんなことありませんよ。高梨さん。僕はそんな嫌なやつじゃありません。」

ふふ‥と、高梨さんが小さく笑う。

「分かってるよ。村津君はいい子だ。優が悪かったんだろう。こら、優。若い子を虐めてはいけないよ。」

「なんで俺一人が悪者みたいになるんだよ。ちっ、分かったよ。もう言わないよ。」

(分かればいいんですよ。)

(なんか、腹たつな。よし。)

「尚!今日はとことん飲むぞ!ほら飲め飲め!」

「飲んでるよ。って、勝手に注がないでよ。もう。」

「へへ。こうして飲むのも久しぶりなんだから良いじゃないか。」

俺のグラスに優が注いでくれる。

(おい、これは多くないか。ほぼこれストレートじゃないか。)

(辻村さんが飲もうって言ったんじゃないですか。言っときますけど、僕そんなにお酒強い方じゃないですよ。)

(良いんだよ。酒は飲めば飲むほど強くなる。)

(何年前の話ですか。今じゃ、アルハラですよ。)

(なんだよ、アルハラって。どっかの国の名前か?)

(アルコールハラスメントの略ですよ。最近では飲み会で飲酒を強要することもハラスメントになるんです。僕はそんなに飲みたくないのでこれはれっきとしたハラスメントですよ。)

(なんか、めんどくさい世の中になったな。飲みもコミュニケーションツールの一つだろうに。けどさ、今日は久しぶりに親友と会ったんだ。多めに見てくれないか。)

私はダメだとは言えなかった。この人がどれほど高梨さんと会いたかったのか知ってしまっているから。

(しょうがないですね。今日だけですよ。)

(すまないな、恩に着る。)

それから俺はグラスに注がれた液体を飲み干す。何杯飲んだか定かではないが、次第に視界が歪み、意識が闇の中に溶けていった。


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