日曜日、村津君と約束した日が来た。普段、休みは少しゆっくりめに起きる僕であるが、今日ばかりはそれ通りではなかった。どうしてか、平日の起床時間よりも早い時間に目が覚めてしまったのだった。まるで遠足の日の小学生のような高揚感に似たものが自分の胸の中にありそれが抑えきれないような感覚であった。いい年して何を期待しているんだろう。たかが十歳年下の学生と会うだけなのに。何度かベッドの上で寝返りを打ち、少し眠ろうと試みたが徒労に終わっただけであった。逆に目が冴えてしまったな。そう思いながら寝床から出てトイレに向かう。用を足すとコーヒーメーカーの電源をつけセットする。少し間が空いた後コーヒーの抽出が始まると液体が流れる音とともに香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。コーヒー好きな僕にとっては至福の時間である。社会人となり時間に追われる身となってもこの時間だけは何としてでも確保したいものだった。

「朝飯にするか。」

僕は朝食を摂ることにした。普段、朝はバタバタすることが多いため朝食はコーヒーのみか、少し時間にゆとりがあるときは食パンを焼いて終わりとなることが多い。今日はかなり時間があるから他にも作ってみようかと思いながら冷蔵庫を開ける。中にはビール、魚肉ソーセージ、くたびれたキャベツ、マーガリン、醤油など調味料だけであった。がらんとした庫内を見渡してさてどうしようかと思案する。確か、このソーセージとキャベツは炒め物にしようと買ってきたまでは良かったが結局作らずに放置されたものだ。確か、一週間ぐらい前のものだろう。コンビニに何か買いに行くことと面倒臭いという感情を天秤にかけ、結局ソーセージとキャベツの炒め物を作ることにした。冷蔵庫からソーセージ、キャベツを取り出す。先に食パンを焼いておこうとトースターにセットする。少し焦げ目がつくように八分に合わせる。それからフライパンを出し、油を敷く。その間にキャベツのしなびた部分の葉をとり大丈夫そうなところを手でちぎった。フライパンが温まったところでちぎったキャベツとこれまた手で引きちぎったソーセージを入れた。ジュージューと焼ける音がする。そこそこ焼けてきたところで塩と胡椒をふる。これだけでは味気ないかなと思い冷蔵庫の中にカレー粉を見つけたので適当にかけた。スパイシーな匂いがキッチンに広がる。そこで換気扇をつけていなかったことに気づき電源のスイッチを押した。少し匂いが薄れた頃、炒め物がいい感じに出来上がった。ちょうど、トーストが焼き上がり、コーヒーも淹れ終わったようだ。出来上がったものを皿に載せ、テーブルに運ぶ。席に着き、食べ始める。まずはコーヒーを口に含み、トーストにマーガリンをつけかぶりつく。うん、これぐらいの焦げ具合がちょうど良い。炒め物にカレー粉を入れたのはファインプレイだったようで、なかなかいける味だった。

「美味いな。思いつきでもやってみるものだな。」

僕はそうつぶやいた。何せ一人暮らしが長くなると独り言が多くなるものだ。自分以外の誰かに聞かせるわけでもなく、発した言葉は宙に消えていく。こんな時には一緒に共感してくれる人がいれば良いなと思う。共感してくれなくても良いからせめて自分の思いを伝えることができる仲の人物がいてくれたら。


 朝食を終えると皿を流しに持っていきそのまま洗う。放置してしまうとそのまま洗うタイミングを逃しキッチンがすごいことになりそうだから僕は食べたらすぐに洗うことにしている。長年の一人暮らしで学んだ一つである。洗い終わると、洗面所へ行き、歯磨きや髪型を整えた。仕事に行く時に比べると少しラフな感じで鏡を見ながら髪型をセットする。

 次は着ていく服を選ぶ。流石にスーツはおかしいし、かといってジャージやパーカーはラフすぎるだろうか。白シャツ、黒のパンツ、青のカーディガンに落ち着いたところで時間を確認する。待ち合わせの時刻まではまだ時間がある。僕の性格的に約束時間に遅れることなど許せなかったから早めに出ることにした。


 指定された喫茶店に入る。入ってから気づいたことだが、この店は以前村津君に出会った日に来たところだった。見覚えがあるマスターがカウンターの中にいた。

「お好きな席にどうぞ。」

僕は端の方の二人掛けの席に着いた。約束時間まであと三十分。先に注文しても良いものだろうかと迷ったが、何も頼まないまま待つのは気が引けたのでコーヒーを頼んだ。マスターはゆったりとした動作で注文をとりカウンターへと戻っていった。僕は持ってきた本を開く。以前購入した二冊のうちの一冊だ。読み始めてしばらく経つのにまだ読み終えていない。静かにページをめくっているとコーヒーが運ばれてきた。コーヒーを飲みながら僕は読書に没頭していた。


 どれほど読んでいたのだろうか、少し目が疲れたので顔を上げるとそこに村津君がいた。いつの間に来たのだろう。全く気がつかなかった。

「すごく集中してましたよ。その本そんなに面白いですか?」

村津君が話しかけてきた。

「ああ。面白いよ。」

僕がそう答えると彼は優しく微笑んだ。

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