⑧
「高梨さん。」
出社しようと階段を降り、エントランスに差し掛かった時に声をかけられた。振り返るとそこには知った顔があった。
「えっと‥、村津君だっけ。おはよう。」
間と会った日からしばらく経ったが、同じマンションにも関わらず彼と顔を合わす機会はなかった。きっと生活リズムが違うのだろう、社会人と大学生ならば当然か。彼は、あの時と髪型が変わっていたがその他は変化ないようであった。
「久しぶりですね。僕のこと覚えてくれていたんですね。」
「もちろん。後輩のことは忘れないよ。髪型変えたんだね、似合っているよ。」
「ありがとうございます。あの、他に何か思いませんか。」
「うん?えっと、僕、最近の流行とかに疎くてあんまり若い子たちの髪型とか分からないんだ。だから、ごめん、君に似合っているとしか言えないな。奇抜な髪型とかだったら何か言えたんだろうけどね。」
一瞬、彼が少し残念そうに見えたのだが、すぐに微笑みながら口を開いた。
「最近の流行とかじゃないですよ。確か十年くらい前に流行ってた髪型だと思います。多分、高梨さんが学生の頃はこんな髪型の人ばっかりだったんじゃないですか。」
「そうなの?全然覚えてないなー。その時から流行とかには興味なかったしな。なんで、村津君はその髪型にしたの?」
「何となくです。最近流行ってるんですよ、少し前の髪型とか服とか。だから僕もしてみたんですけど高梨さんの反応を見ると微妙だったかな。」
「そんなことないよ。村津君は顔も整っているし、どんな髪型だって似合うよ。」
「はは。フォローありがとうございます。ところで、また二人でゆっくりご飯とか行きませんか。もちろん仕事が休みの日に。」
「良いですよ。では、今度の日曜日なんてどうかな。」
「はい。僕も大丈夫です。あと、連絡先交換しても良いですか。」
「そうだね。何かあったら連絡とりたいし。LINEでいい?」
「はい。これ、僕のQRです。」
「んっと、友達追加ってどうやってするの。」
僕がまごついていると村津君が操作してくれ、何とか連絡先を交換することが出来た。
「ありがとう。こういう機械とかアプリとかいまいち分からなくてね。」
「いえいえ。こちらこそ無理言ってすみません。あ、会社行く途中だったんですよね。時間大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。いつも早めに行ってるから。これぐらいの時間の方がちょうどいいんだ。じゃあ、失礼するよ。」
「はい、ではまた日曜日に。時間はまた後で連絡しますね。」
「助かるよ。頼む。」
僕はマンションから出て、手元のスマホの画面を見た。LINEが表示されており、そこには村津柚慈とあった。村津君の下の名前難しいな、何と読むのだろうかと考えているうちに駅に着いた。電車に乗り、日曜日の約束を忘れないようにスマホのカレンダーに入力しておく。なんて書こうか迷ったが、結局『村津君と食事』とありきたりな内容に落ち着いた。会社の後輩を除いてひと回りも下の一緒に食事に行く人間など僕にはいなかったから大丈夫かなと少し不安に感じたが、相手があの村津君だから何とかなるだろうと気を取り直しスマホをカバンにしまう。日曜日が楽しみだ。
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