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優と会った日から僕らは時々会うようになった。共通点はないお互いの近況や過去のこと、悩みなどを時間が許すまで語り合った。不思議と話題が尽きることはなかった。
「今日さ、僕個展に行ったんだよ。初めて行ったんだけど、すごかったな。小さい空間に絵が沢山あって、空間もそのアーティストのコンセプトに合ったように飾りづけっていうのかな、床の色とか、壁紙の模様とかさ。」
「そうか。俺は個展には行ったことはないが、美術館はよく行くぞ。芸術家にはあまり詳しくないんだが、あの空間が好きなんだ。美術館の展示もそのテーマに沿った空間が演出されていることが多いな。多分その雰囲気を壊さずに、空間を膨らませる意味があるんだろう。空間そのものも作品の一部というわけだな。」
「なるほどね。そんな意味があるんだね。僕さ、雰囲気に圧倒されてそんなことすら考えられなかったよ。何も分からなかったけど、僕には不釣り合いな場所だということだけは分かったよ。」
「そんなことはないだろう。」
優が僕の方を向いて答えた。その目は真剣だったから僕は少し驚いた。てっきり僕を小馬鹿にしたように言ったのだろうと思っていたから。
「尚は初めてだったからその雰囲気に飲まれただけだ。場を重ねればそんなことは少なくなるから大丈夫だろう。」
「そうかな。あの感じに慣れる気がしないんだけれど。」
「誰しも最初はそうだ。初めから慣れている人間なんていない。」
優の言葉は簡潔だったけれど僕にとって心強かった。なぜか優の言ったことは正しいような気がした。
「分かったよ。めげずに何回か通ってみることにするよ。」
「同じ作者の個展に通うことも良いが、違う人のものにも通うことを薦める。違う視点や見解などを発見できる良い機会だからな。」
「でも、僕に分かるかな。不思議な感覚はあるかもだけど、はっきりとは分からないよ、多分。」
優は少しおかしそうに少し口角を上げた。
「その感覚も大事だぞ。何か違うという感覚はあるが、具現化できないということは分かるということだからな。全く何も思わない、何が分からないかも分からないやつよりもよっぽど優秀だ。」
これは褒められているんだろうか?優の言っている意味がいまいち分からないものの、分かっているような素振りでコーヒーのカップに口をつけた。
「俺も美術館に通い始めたのは不純な動機だったよ。」
「なんだったの?」
「好きな子が美術部だった。」
「ベタだね。その子に振り向いて欲しくてってこと?」
「そこまで考えていたわけじゃない。声をかける話題を作りたかった、ただそれだけだ。」
優にも可愛いところがあるじゃんと思った。
「優は誰とでも話すことができて、話題も豊富で、陽キャとだと思っていたよ。」
「外面はいい方だよ。多分、周りの友達は俺のことを陽キャとだと思っているだろうし、俺もそう思っている。ただ、本当の俺は‥。」
優は少し目を伏せながら言い淀んだ。僕はその後の言葉を待ったけれど優は言葉が見つからないようで黙ってしまった。それからは、気まずくなってすぐに別れてしまった。
「なんか気まずくさせてごめん。俺、自分を曝け出すことに慣れてないんだ。」
別れ際に優がポツリと言った。僕は何か励ます言葉をかけたかったけれど何を言ったらいいのか思い浮かばず黙って頷くしかなかった。
優と別れてからすぐに大学の同級生に会った。
「おう、尚。お前、あいつと知り合いなの?」
友達は優の後ろ姿を指差しながら言った。
「うん。会ってからまだそんなに経ってないけどね。よく話すよ。」
「そっかあ。てっきり高校とかのやつかと思ったけど、そんなんじゃないんだな。何、バイトとか?」
「ううん。たまたま声かけられて。初めて会ったんだけどさ、なんか話があうんだよね。だからそれからよく会ってるよ。」
「へえ。そんな奴とよく話せるな。だって赤の他人なわけでしょ?俺は無理だなー。」
「優は悪い奴じゃないから。それと、なんか初めて会ったような気がしないんだよね。」
「それってさ、本当に初対面なの?実はめっちゃ前に出会ってましたとかじゃないの?優が覚えてないだけでさ。」
ドキッとした。僕が最初に思っていたことだからだ。でも、いくら昔のことを思い返しても、卒業アルバムを見返しても優はいなかった。八方塞がりで高校の友達にも連絡したけれど知ってる人は一人もいなかった。
「本当に知らない人。昔の友達とかにも聞いたけど知ってるやつゼロ。完全に初めましてだよ。」
「ふーん。まあ、変な奴には気をつけろよ。尚はそういうことに鈍そうだから。」
僕の印象は周りの友達と優とではあまり相違ないようだった。面白くない真面目で世間をあまり知らない男、それが高梨尚だった。本当の僕は僕自身もあまり理解できていない。
少し話してからその友達とは別れ、住宅街の十字路を曲がった瞬間だった。僕の体に衝撃が走った。その後のことは曖昧だ。僕は地べたに横たわっていて周りの人々が「おい!救急車!」「大丈夫ですか?」「君!ここは一時停止だから止まらないと!」「頭から血が出てる。下手に動かさない方が‥」などと叫んだり僕の耳元で話していることは朧げに記憶している。(ああ‥、痛い、何を言ってるか分からない‥。)
それから僕の意識はぷっつりと途切れた。
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