第58話 命日

 昼休み、文化祭のことで盛り上がっているクラスメイトたちを他所に、僕は2日前に話していたことを思い出していた。


 上澤と噂のことについて調べると瀬川と約束したのは良いのだが、少々問題があった。上澤とは正史でも話したことはなかったため、上澤も僕のことを知らないはず。


 そして噂の方もあまり詳しく覚えていない。去年起きたこととはいえ、僕は6年先の未来からタイムリープをしているわけで、実際のところ7年前の出来事ということになる。印象的なことだったら覚えていたのだろうが、正史では瀬川と関わることなんてなかったから、怖いな~という印象しかない。


 というわけでいきなり壁に突き当たっているわけだが、どうしようか。久志に聞いたところで僕と同じようなものだしな。


「なぁそれで内海はさ、どうしたい?」

「へっ?」


 突然意識外から質問を投げ掛けられ僕は変な声を出してしまった。


「なんだよ、内海その声面白れぇな」

「……」

「悪かったって、笑ったのは謝るからさそんなに怒んなよ」


 別に僕が黙っていたのはしゃべりかけてきたコイツに怒りを覚えている訳じゃない。ただ単に記憶を辿るのに時間を要しただけだ。


「誰?」

「それ俺に言ってんのか? 内海は冗談が上手いな~。クラスでこんなに過ごしてるのに俺のこと知らないわけがないだろ!」


 そう言われても覚えがないのだからしょうがない。こんなおちゃらけた奴のことなど全く記憶にない。


「いいか、俺の名前は陸路敏志くがじさとしだ。思い出したか?」

「いや全然」

「嘘だろ⁉」


 陸路と名乗るクラスメイトのオーバなリアクションを無視しつつ、僕は陸路敏志という名前で思い出すことがあった。そういえば、修学旅行が終わった頃に突然家の都合とかで転校していった奴がそんな名前だった気がする。


 正史の僕もクラスメイトにそこまで興味を持っていたわけでもなかったし、何よりずっと鶴井のことを見ていたから陸路のことなど眼中になかった。それは今回も同様で多少は周りを見るようになったものの、陸路のことはまるで認識していなかった。いや認識していなかったというのは少し違うか。あえて無視をしていたというのが正しいか。


 ただうるさく騒ぐ奴と付き合う意味などあるわけもなく、視界に入れないようにしていただけか。それで名乗られても分からないはずだ。まぁ名乗られたところでテストで上位を取る優秀な生徒か、学力以外で秀でている生徒ぐらいしか名前も覚えていないけど。


「それで何か用?」

「話聞いていなかったのか? さっき説明してやったろ?」


 はて何のことだろうか。説明してくれたとは言ってくれているが、僕の耳には全く届いていない。考え事をして気づいていなかったというのもあるだろうが、それにしたってもう少し僕が話を聞いている状態か確認してから話しかけても良いとは思うがな。昼休みに入ってからすぐに噂のことを考えていたから陸路に返事した覚えもないし。


「クラスTシャツどんなやつが良いかって話だよ」

「いや別に実行委員が勝手に決めてくれるでしょ」


 至ってどうでもいい話であった。そんな話で僕の思考を邪魔しないで欲しかった。どうせ実行委員の方からすぐにアイデアが出され、それで決まる。


「つまんねえな。もう少し楽しもうぜ」

「これでも十分楽しんでる方だよ」

「そうかよ。じゃあさ、今度一緒に遊びに行こうぜ」

「はぁ?」


 急に何を言い出すんだろうかコイツは。話しているとこっちのペースを乱される。


「いやさ、俺体育祭で感動したんだ。俺より足が遅かった内海が、本番では選抜リレーに出てめちゃくちゃ速くなってるのが。すっごい練習したんだなって伝わってきてさ」


 なるほど、僕が選抜リレーを走ってしまったがためにコイツと絡むようなことになってしまったと。ほんとに過去を変えると予想外なことが起きてばかり。一応褒めてくれているわけだし、お礼ぐらい言っておいた方が良いか。


「ありがとう」

「おお、だから俺と遊びに行こうぜ」

「何故そうなる?」

「知らねえのか? 内海、体育祭終わってから女子の中での人気が上がってるんだぞ」

「足が速いだけでモテるのは小学生までじゃないのか。それに足の速さで言ったら久志や、それこそ平井の方が注目は高いと思うんだけど」

「分かってねえな。今まで影を潜めてた奴が急に力を見せれば心が動くってもんなんだよ」

「そういうもんなのか?」

「そういうもん」


 なるほど、分からん。別に僕はモテたいなどと思ったことはないから、それを羨ましがる気持ちが分からない。好きな人から好かれることの方が何より重要だと思う。


「それで、それと僕が陸路と遊びに行くことには何か意味があるのか?」

「ああ、お前と仲が良いアピールをしていれば俺も良い思いができるんじゃないかってな。それと俺のことは敏志で良いぞ」

「僕にとってメリットはないんだけど」


 どう考えても陸路にしかメリットがない。数分話しているだけで疲れるような奴と過ごす方が罰ゲームを受けているようなもんだって言うのに。


「そうだな、じゃあ俺に聞きたいことは何でも答えてやるぞ。俺の初恋から失恋エピソードまで」


 マジでどうでもいい。本当にくだらない。こんな周りの評価を気にしている奴といるぐらいなら、さっさと噂のことを調べれば……、あれ? 意外とコイツ使えるのでは?


「一つ質問してもいいか?」

「おうよ」

「瀬川いずみって知ってる?」

「ああ、あのヤンキー娘か」


 ヤンキー娘って……、確かに見た目や素行からはそう言われるのも仕方がないけどもう少し言い方はあるだろ。


「そいつがどうかしたのか?」

「いやね、1年前の噂にずっと振り回されて辛いって相談受けたんだよね。事実無根なのに周りのみんなが信じちゃって困ってるって」

「ふ~ん、あの噂って嘘ってことになるのか?」

「そうだね。本人と話してみて嘘をついているように見えなかったし、彼女は本当のことを言ってたと思うよ」


 恋愛相談を受けていることは伏せながら、それでいて理由になる説明を考えた。


「それで、瀬川の噂のことで知っていることって何かない?」

「そうだな~。例えば、ヤンキー娘の噂を流していた奴らは上澤のことが気になってたとかな」

「それ詳しく」

「おお」


 話を訊くに、この学校に入学してからも瀬川は上澤の周りをウロチョロしてたらしい。上澤は上澤で頭も良ければそこそこ有名な家であるので女子からの人気も一定数あったようだ。それで噂を流していたグループにも上澤のことが好きな奴がいたとのことだ。


「なるほど、瀬川を邪魔だと思って流したというのが考えられるってことか」

「そうなるんじゃねえのか? まぁ退学しちゃっている今確かめる方法はないけどな」


 思わぬ人物から収穫があったのはデカい。噂を流した動機が分かるだけでもこの先動きやすさが全然変わる。


「助かったよ。ありがとう」

「おお、じゃあ一緒に遊びに出かけてくれるな?」

「……分かった。ただ、文化祭までは瀬川との約束もあるから、中間テストが終わった日でもいい?」

「ああ、大丈夫だ。それじゃあ、中間テストの順位が発表される日はどうだ? この日なら午前中に授業が終わることだし」

「ちなみに何日?」

「10月20日だ」


 そうか、今年は順位発表の日に被ったんだな。


「悪い、その日はダメなんだ」

「なんだデートか?」

「いや違う」

「隠したってなにもならねえぞ、何なら跡だってつけてやるぜ」


 理由を話さなければ本当についてきそうで困るな。この日ばかりは邪魔されたくはない。


「墓参りに行くんだよ。両親の」


 10月20日は両親の命日。忌々しい交通事故が起きた日。高校生になってからは毎年欠かさず1人で墓参りに行っていた。


「それは悪かったな。変なことを思い出させちまって」

「いいよ。昔のことだから今更気にするようなことじゃないし。ただこの日はそういうわけで遊びには行けないかな」

「そりゃそうだ。遊びは別の機会にでも誘うとするよ。細かいことは中間テストが終わった後にでも」

「うん、よろしく」


 おちゃらけていた陸路にも気まずいという感情はあったようで足早にこの場から去って行った。


 そっか、もうすぐ16年か。両親が死んでからもうそんな経つのか。2人が好きだった花でも買って供えてあげよう。


――――――――――――――――――――


 PV6000超え&フォロー50人超えました。読んでくださっているミナさんありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る