第57話 不発弾

「話が逸れちゃっていたけど、そろそろ本題に入ろうか」


 ミナと瀬川の意外なつながりに驚いたものの、今日は瀬川の恋愛相談に乗るためにここへ集まっているのだ。そろそろ話を訊くとしよう。謎野からの連絡もなかったことから推測するに、今回の指令はこの瀬川の恋愛相談に関することだろう。それならば謎野目的を知るためにも解決は急ぎたい。


「そうですね、いずみさんの話訊きたいです!」


 目をキラキラして瀬川の話を楽しみにしているミナを見て、ミナも恋バナというものが好きなんだろうというのが分かる。僕の周りで浮かれた話はミナと久志のことだけだったし、それはミナにしても同じこと。他の人の恋バナを訊く機会なんて滅多になかったのだろう。


「そうだな、それじゃあ話していくから、笑うなよ」


 僕とミナは縦に頷いた。そして瀬川は上澤のことを話し始めた。幼馴染で昔から仲が良かっただの、今まで何度かアプローチしたけど鈍感すぎて気づいてくれなかっただの。愚痴を聞かされているのか、惚気を聞かされているのか反応に困ることもあった。


「ふぅー、まぁこんな感じかな」


 スラスラと上澤のことを熱弁し、満足げに汗を拭う瀬川。途中から顔が赤くなっていたことから話していて恥ずかしくなったんだろうな。


「……」


 瀬川は恐る恐るミナの顔を見ていた。黙って話を訊いていたミナの反応が気になっているのだろう。


「……凄いです」

「え?」

「長年ずっと同じ方を想い続けられているなんて素敵です」

「そ、そう?」


 羨望の眼差しを向けられ分かりやすく照れる瀬川。10年以上も片思いをしているというのは僕からしても凄いと思う。


「それにしても上澤さんもひどい方でですね。こんなに可愛い子がずっとアピールしてくれているというのに気づかないなんて……」

「それに関してはしょうがないって割り切ってるよ。博昭他人にあまり興味なさそうだし」

「確かに人に興味がないなら恋愛にも興味がないのかもね」


 他人に興味が無いなら正直厳しいかもしれない。だが逆に考えれば上澤に好きな子がいないともいえる。それならばチャンスは自然と生まれるはずだ。


「一応聞いておきたいんだけど、上澤が誰かと付き合ったりしたことはあった?」

「ない」


 即答……、この様子だと陰で付き合っていたということもなさそうだ。それほど上澤の恋愛事情に確信があるということ。


「保育園からずっと博昭と一緒に居たんだぞ。もし博昭に女の影があればすぐに気づく」

「そうですか」


 上澤が他の誰かと付き合うというのを想像もしたくないのか、少しピリついている。そんなに嫌ならさっさと告白しとけって話なんだけどな。


「色々アピールしてきたっておっしゃっていましたが、どんなアピールをしてきたんですか?」

「えっと、『博昭のお嫁さんになれる人は幸せだな~』とか、『ずっと一緒に居られたら楽しいかな』とかそんな感じの」

「……」

「……」

「……なんか言ってよ」

「まぁなんだな、アピールは確かにしてるな」

「……はい、瀬川さん可愛いです」


 確かにアピールをしていることにはしているが、なんというかかなり遠回しだ。こちらが訊いておいてなんだが恥ずかしくなる。


「何か変なこと言った?」

「そこまで言ってるならはっきり好きだって伝えればいいのに」


 つい心の声が漏れてしまった。ただ、ミナも同意見だったようで隣で頷いている。


「それは……」

「たぶんだけど、そのアピールだとしっかり上澤に気持ちが伝わってないんじゃないか?」

「なんで?」

「何度もアピールしても軽く流されているんでしょ? しかも直接的な気持ちは伝えてない。そこから考えるに、瀬川さんのアピールは日常的なものになり過ぎちゃって、『はいはい、いつものね』としか思わなくなってるんじゃない? どうせいつものからかいだ程度に」


 急にそんなアピールをして来たら心は揺れるかもしれないが、小さい頃からずっとされていたら慣れてきてしまうんじゃなかろうか。


「だから僕から言えることは、文化祭まではそういったアピールは禁止」

「それで?」

「文化祭でしっかり付き合って欲しいことを伝える」

「はぁぁぁ‼」


 今日一デカい声が辺りに響いた。わざわざ土曜日に学校に来る生徒もあまりいないので、人が少ないとはいえ迷惑には変わりない。フロアを管理しているスタッフの視線が痛い。その視線を感じ取った瀬川はすぐに周りに頭を下げた。


「なんでそうなるのさ」

「瀬川さんのやり方だとこの関係が長引くだけで進展することはないから」

「結構内海って厳しいことを言うよね」

「だから文化祭の終盤に告白するように準備をする必要がある」

「あれ、無視?」


 自分でも酷なことを言っている自覚はある。だけど今のままだと進展しないどころか、悪化する可能性すらあるからな。誰かが背中を叩く必要があるならそれは自然と僕の役目となる。優しいミナにこの役目ができるとは思わないし。


「ここで嫌ならちゃんと言って欲しい。だけど、その時点で僕らに協力できることはなくなるけどね」


 自分でも意地悪だと思う。こう言ってしまえば、瀬川には告白するという選択肢しかないのだから。


「分かった、それでいい。だけどちゃんと最後まで協力してくれるんだよな?」

「それはもちろん」


 謎野の指令を遂げる、ひいては僕の目的を果たすため。この世界で今度こそ後悔のしない生活を送れるように、僕は何だってする。


 とはいえ、可能な限りは他の人にも手を差し伸べるけど。今回だって、背中を押すだけじゃなくて色々立ち回るつもりでいる。これで告白に失敗されたりして元の世界に戻されたら堪ったもんじゃないからな。


「私も役に立てるか分かりませんが、頑張ってみますね」

「あ、ありがとう、ございます?」


 ミナに対してどういうしゃべり方をすればいいか未だに掴めていないようで、変なしゃべり方になってしまっている。


「いずみさん、私にも恭也さんと同じようなしゃべり方で大丈夫ですよ。今あなたの前にいるのはただの高校生、金山珠奈なのですから」


 瀬川のしゃべりやすいようにしゃべっていいと一見瀬川を気遣っているように思えるが、いやたぶんその気遣いもあるのだろうが、周りから見れば高圧的な言動の瀬川がミナにだけ敬語だと違和感を持たれてしまうからな。周りと同じように接してくれる方が身を隠しやすい。


「OK、分かった。じゃあ内海に話すような感じでいくからよろしく」

「ええ、お願いしますね」


 ミナは新しく友達ができたようで嬉しそうに笑っている。龍ヶ崎家のことも知っているみたいだし、困ったときには相談できる相手ができて良かったと思う。


「それじゃあ、文化祭に向けて作戦を立てようか」


 文化祭までは時間があるようで短い。文化祭の集まりがあることも考えるとこう何度も集まることは難しい。今日のうちにある程度方向を決めておきたい。


「告白場所だけど、2日目は後夜祭もあって21時ぐらいまで学校に居られるし、場所次第ではムードが良さそうなところもあるかもしれないから探していこう」


 告白するならムードが良い場所の方が成功率も上がるはず。開放されている場所の中でどこが良いかを探すのも重要だ。


「上澤さんはそういうムード的なものにはどう思っているのでしょうか?」

「う~ん、博昭ってあまりその辺のことを教えてくれないんだよね。そもそも興味がないから気にしてないだけかもしれないけど」


 計画を実行する前に上澤に探りを入れた方が良さそうだな。それもこっそりと。瀬川を信じていないわけじゃないが、ポロっと上澤に漏らしてしまうことも考えられるし……


 3人で考えている時のことだった。こっちに近寄ってきていた足音が急に止まった。


『ねぇ、あの人って……』

『しっ、近寄らない方が良いよ』


 振り返ると、そうコソッと話していたと思われる女子2人組の目線は瀬川に向けられていた。こちらが2人のことを見たことに気づくと足早に立ち去っていた。


「すまない、ウチのせいで2人に変な噂でも立ってしまったら……」

「気にしなくていいよ。どうせその噂も全部嘘なんでしょ?」

「それはもちろんだ。朝帰りというのはバイトを夜遅くまでやっていたことによるものだし、親がヤクザというのは工事現場で働いていて少し顔が怖いから。それで中学生時代はグレていたって変な噂を立てられて困ったもんだよ」


 やっぱり噂はでたらめだったようだ。多少言動から怖い印象は感じるものの話してみれば噂は嘘と感じられるほど、根は良い子だと分かる。


「じゃああれは? 噂の出所だったっていうグループが突然学校を辞めったっていうのは?」

「とっちめってやろうと思ったよ。くだらない噂をだしやがってってな」


 そんな物騒なことを言ってるから噂は広まったんだと思うな。火のないところには煙はたたないって。


「だけど、ウチが問い詰める前にいつの間にか辞めてたんだ」

「それは本当なの?」

「本当だ、おかげで怒りの矛先が無くなったんだからな」


 だとすればなんで急に学校を辞めたりしたのだろうか。変な噂を流したとして学校が処罰したのか? いやそれだとちゃんと学校中に頒布されるはずだ。その辺、この学校は厳しいからな。


「あの、そのことは上澤さんは知っているのでしょうか?」

「ん、博昭? そりゃあ、ウチの幼馴染だから、親のこともしってるし、バイトで遅くなっていることも知ってるはずだ」

「ではなく」


 ミナの顔が一瞬で険しくなる。遅れて僕もミナの考えていることが何であるか分かった。


「噂を出した生徒をとっちめたと上澤さんは勘違いしてないんでしょうか?」

「……」

「そういえば、噂のことは博昭には話してない……、博昭なら全部分かってくれていると思っていたから」

「一応確認はしておいた方が良いかもしれないですね。暴力をふるう女性と思ってれば、告白以前の問題でしょうし」


 当人たちが学校を辞めてしまっている以上、辞めた理由を訊くことはできない。それはつまり他の生徒同様上澤も噂を多少なり信じてしまっているかもしれないということ。


「博昭もそのことについては触れてこなかったから、気にしてなかったけど。そういえばウチのアピールに対して素っ気ない態度をとるようになったのもその時ぐらいだったかも……。もしかして博昭に嫌われてるってこと? どうしよう」


 しゃべりながら状況を整理しているうちに弱気になったようで、段々と言葉遣いが柔らかくなっていた。相当なショックを受けているのだと容易に想像できるほどに。


「恭也さん、少し噂についても調べる必要が出て来たようですね」

「そうだな、このままだと上手くいかない可能性が出てきたからな」


 1年以上前の噂に苦しめられることになるとはな。記憶も曖昧になってきているところだし、相当探りを入れる必要がありそうだ。


「内海くん、珠奈さん。博昭がウチを嫌ってないか探ってもらうことをお願いしてもいいかな……」


 あらら、本当に弱ってしまっている。人間って追い込まれるとここまで変わるんだな。ずっと呼び捨てだったのに、くん付けになっているし。


 ただまあ、ここで断る理由もない。告白が失敗されるのはこちらにとっても困ることだからな。何より今の瀬川は見てられない。だから、


「任せて」

「任せてください」


 僕とミナは噂、そして上澤のことを調べることにした。

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