第54話 瀬川いずみ

 2階会議室。この部屋は教師や委員会などによる話し合いで使われていること多いが、基本的には自習スペースとして開放されている。テスト前になれば勉強をする生徒でいっぱいになるが、テスト前までは1ヶ月ある。さらに言えば始業式の日にわざわざ自習をする生徒なんているわけもなく、会議室には誰もいなかった。


 窓から下を見下ろせる席に着き、昼食を広げる。しっかりと片付ければ飲食も禁止されていないので、本当に過ごしやすい環境だ。もし飲食が禁止されていれば、会議室から離れられなかっただろうし昼食が抜きになるところであった。指令の示す時間が分からない以上、昼食はしっかり食べれるのは良かった。


 チラチラと下の様子を見ていたが、昼食を食べている間、特に変わった様子はなかった。校舎裏を通る生徒はあれど、立ち止まることなく過ぎ去っていく。この様子だとまだ何か起きることはなさそうだ。


 ただこうしてじっとして時を待つのも退屈、それに来週には返さないといけない本もあることだし、小説を読みながらその時を待つとしよう。


     *


 何事もなく1冊読み終わった。逆に何も起きなさ過ぎて怖いぐらいだ。ひょっとして見過ごしたのか? いや、本に集中してたとはいえ、ちゃんと窓の外も警戒をしていた。何か起きれば気づくと思うのだが、何も起きた気配がない。


 時刻は15時半。この会議室に来てから3時間弱経っている。いくらなんでも待たせ過ぎなのでは? 謎野が日付を間違えたのではないかと疑いたくなってしまう。でもあの謎野ことだ、何かしら意味があるはず、もう少し待つとしよう。



 ―――1時間が経った。


「帰るか……」


 さすがにこれ以上は待てない。というかもう待ちたくない。謎野の間違いだったということで帰ろう。これでこのあと何かが起きてもそれは謎野が正確な時間を教えてくれなかったのがいけないのだ。僕はもう知らない。


『あのっ‼』


 そう思った時だった。校舎裏から誰かの声が聞こえてきた。女の人の声だ。


『ウチ、あなたのことが……』


 言葉だけで何を言おうとしていうのかが何となく分かる。告白だ。誰かが告白しようとしているんだ。


 謎野が言っていたのがこのことなのかは分からないが、見つからないようにこっそりと下の様子を覗いた。


「えっ……」


 言葉を失った。予想外の人物がいて驚いたとかではない。だって、下には


告白しようとした、の姿しかなかったからだ。


『好きで……す?』


 声を出してしまったのがまずかった……、下にいた瀬川と目が合ってしまったような気がする。やばいと思いすぐに顔を隠したが遅かった。


 恐る恐る、窓を覗くとすでに瀬川の姿はなかった。


 良かった、目が合ったと思ったのはこちらの勘違いか。とにかく、もう何か起きることもないし、早く帰ろう。僕は急いでこの場から離れたかった。


 その理由は瀬川にある。瀬川めぐみ、定期テストでは学年トップ10の常連であり、前回の期末テストでは学年4位であった。


 それだけであれば、ただの秀才で済ませていたが、瀬川には怖い噂が出回っている。


 中学時代はグレていたとかや、親がヤクザだとか、朝帰りは当たり前などと。最初は誰もそんな噂を信じてはいなかったが、その噂に1番食いついていたグループの何人かが急に学校を辞めたことで、恐怖を抱く生徒も増えた。


 同じクラスになったことのない僕でもその噂のせいで、瀬川のことを知っている。もしかすれば鶴井の次にこの学校で有名かもしれないな。ショートカットヘアーでスレンダーなボディから男子からは恐怖以外での知名度もある。怖いとは思いつつもスタイルが良いと魅了されてしまうのだろうな。


 まぁ僕には関係のないことだ。噂を信じているわけではないが、関わらないことに越したことはない。怖がっているとかじゃないからな、ただ帰りたいだけだ。


 僕は帰り支度を終え、会議室から出ようと扉に手を掛ける。すると、『ドドドドッ』と足音が聞こえてくる。あ、これやばいな……そう思わずにはいられなかった。たぶん、いや確実にこちらに向かってきている。ただ会議室に用事があるのであればここまで恐ろしい足音にはならない。会議室にいた僕を逃がさせまいと急いでこちらに向かってきている音だ。


「ふぅ―――」


 呼吸を整え、階段から離れた扉の方へ移動する。そして耳を澄ます。勝負は一瞬、瀬川が階段近くの扉を開けたと同時にもう片方の扉から逃げる。一瞬でも遅れれば命はないだろうな。


 息を潜め、その時が来るのを待つ。するとすぐに足音は会議室の側まで来て音が止んだ。そして『ガンッ』と音と共に扉が開けられた。それと同時に僕は部屋を飛び出した。後ろを振り向かずに走った。廊下を走っているところを先生に観られれば怒られるかもしれないが今はそんなことを言っている場合じゃない。


 急いで靴に履き替え校門まで走った。校門は目と鼻の先、助かったと思った時だった。後ろから『ガシッ』と肩を掴まれた。


「内海恭也だよね?」

「……はい」


 なんて力なのだろうか、一度掴まれたら最期、瀬川の手を振りほどくことはできなかった。


「さっきまで会議室にいた?」

「いえ、いませ……痛い痛い! いました、いましたよ」


 嘘をついたところで信じてもらえるわけもなく、肩を握りつぶされそうになった。


「じゃあ、ウチが言いたいことも分かるよね」


 僕は恐る恐る後ろを振り向いた。目の奥が笑っていないというのこういう顔を言うんだろうな。瀬川はニコニコとした顔でこちらを見ていた。


「じゃあ、内海には大事な話があることだし、会議室に戻ろっか」


 帰る選択肢などあるわけもなく、僕は無理やり引きづられていった。どんだけ怪力なんだよ……そう思うと同時に死んだなと思った。

 

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