第53話 勝負内容

「文化祭を楽しむのはもちろんだけど、その後にある中間テストの勉強もしっかりするんだよ」


 文化祭という楽しい妄想から厳しい現実へ戻されたことにより、周りから若干の悲鳴が聞こえてくる。


 中間テストは文化祭の2週間後に行われる。文化祭が終わった後も、勉強せず余韻に浸っていたら、テストの点数はひどいものになるだろう。


 とは言っても、この学校のハードスケジュールに慣れてきた生徒から不満が出ることはない。もうそういうものだと割り切っているからだ。だから先程悲鳴を上げたのはごく一部だけ。


 それはほとんどの生徒がこの学校に慣れたと言えば、聞こえはいいが、単に慣れなった生徒が退学していっただけのこと。


「それじゃあ、今日のHRは終わり! 1か月後の文化祭に向けて頑張ろう」


 HRが終わり解散となったが、何人かの生徒は文化祭の話を続けている。この話に混ざることもできるけど、今はそんなことをしている暇はない。すぐに会議室にいかないといけない。帰りの支度を急いで済ませ、僕は席から立ち教室を出た。


 結構早足だったと思うんだがな、階段を少し降りたところで後ろから名前を呼ばれた。


「内海さん」


 話すのは久しぶりだった。夏休みの間は一度も会うことはなかったから、1学期の終わりに話した以来か。


「どうしたの鶴井さん」


 鶴井はほんの少しではあるがハァっと息を切らしているようだった。それだけでも僕の後をすぐに追いかけようと急いできたのが分かる。


「内海さん、ちゃんと覚えていますか? 私との約束」

「約束?」

「忘れたとは言わせませんよ、次のテストで勝負するということです」


 ああ、そういえば前回の期末テストで手を抜いたとかと難癖をつけられて、勝負することになったんだっけ。まぁ実際に手を抜いていたのは本当だから何も言えないけど……


「もちろん覚えているよ」

「良かったです」


 勝負を吹っ掛けられた時は本気でやるつもりはなかったけれど、体育祭で勝利の嬉しさを思い出してしまったからな。勝てるかは分からないけど、本気で勝ちに行くつもりだ。そのために夏休みの間も勉強をしっかりやり直したからな。


「どうやって勝負する? ただ総合点で勝負する?」

「それでもいいのですが、総合点だけだと、学年一位である私には勝てないでしょう?」

「おっ、言ってくれるね」


 別にその言葉に僕は切れることはない。実際に正史では一度本気を出した末に負けている。鶴井の存在を知らなかった入学試験は別として、この学校に入学して初めての中間テストで僕は2位だった。そういえば、あれ以来勉強に対する絶対的自身が無くなったな。


 昔は自分は勉強が得意で誰にも負けないとさえ思っていたが、それが鶴井に負け、挙句の果てには第一志望であった大学に落ちているのだから笑えないな。


 それに鶴井の言葉は僕をバカにしているようで本気で言っているようには感じなかった。あくまでも僕を挑発したいがために言ったような気さえしてくる。


「優しい私は今回の勝負は3本勝負にしたいと思います」

「3本勝負?」

「ええ、1つは中間テスト9教科の総合点。そして残り2つはお互いの得意な教科で勝負をします」


 3本勝負か、面白いことを考えるな。総合点で勝てないなら2教科だけ本気を出しても良いというわけだ。とはいえ、それを鶴井が良しとするとも思えない。


「総合点だったら同点になることはなかなかないと思うけど、1教科なら同点もありえるよね? もし、1勝1敗1分だったらどうするの?」

「その場合は総合点が高い方の勝ちとします。もし総合点が同じ場合には勝負は持ち越しですね」

「分かった。それでいいよ」


 結局総合点も大事ということか。勝負する教科だけを勉強してもお互い満点で同点になってしまった場合には負けてしまうということか。満遍なく勉強する必要があるってことか。


「私が指名する教科は数Ⅱです」

「え?」


 数Ⅱは僕の一番得意な教科。なにより僕が勝負をするのに選ぼうとしていたのも数Ⅱだった。


「いいの? 鶴井さん、数Ⅱは他の教科よりも点数が低かったと思うけど」


 他の教科は満点近いというのに数Ⅱは90点行くか行かない程度。それでも十分取れているということには変わりないけど。


「いいんです。この教科は私にとって思い入れのある教科でもあり、一番勉強してきた教科でもありますから」

「鶴井さんがいいなら別にいいけど。それじゃあ、僕が選ぶのは化学で」


 卑怯な気もするが、理系教科で攻めさせてもらう。文系教科だと鶴井には勝てる気がしないからな。


「では決まりですね。点数の勝負する教科は、数Ⅱと化学、そして総合点。負けた方は相手のお願いを何でも聞くんですからね」

「あれ? それって僕が勝った場合だけじゃなかったっけ」

「勝負内容を譲歩したんだからこれぐらいいいじゃないですか」


 そう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。総合点だけの勝負だったら本当に勝ち目が薄かったからな。勝てる可能性が出来ただけで満足するとしよう。


「それじゃあ、次の中間テスト楽しみにしてますね」

「お手柔らかに頼むよ」


 不思議と最初から負けるとは思ってない僕がいる。総合点でも勝ちたいと思っている僕もいる。この時代に来てから失われた感情を取り戻したかのように、僕の中の何かが変わり始めているような気がする。


「それと、文化祭も全力で楽しみましょうね」


 ニコっと笑った顔を見せ、鶴井は教室の方へと戻っていった。さてと、僕もそろそろ行くか。僕は止まっていた足を動かし階段を下りる。


 そういえば……


「鶴井さんの笑う姿も良く見るようになったな」


 これもこの時代に来たことによる変化なのだろうか。やっぱりタイムリープして良かったなと思ってしまう。


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