第51話 駒

『どうでしょうか……私に似合っていますでしょうか?』

『うん、凄くいいと思う……』


 ショッピングモールに入った久志たちが最初に向かったのは服屋であった。


 久志と一緒に立てたプランでは、その隣にある小物店に立ち寄り、お揃いの物を2人で買えば良いんじゃないかと考えていた。


 だが、ミナは小物店には目もくれず隣にあった服屋へ入り、何故かそのままプチファッションショーのようなものが始まった。


 ファッションショーをしているミナはもちろんのこと、久志もミナが色んな服を着ているのを照れながらも楽しんでいそうだし、退屈にならないという点では良かったが、すでに僕が立てたプランから外れているのでこの先の展開が読めない。


 まさか、気に入った服を全部買うといった金持ちムーブはしないよな。そのあたりのミナの金銭感覚がどうなっているのか分からないので不安なんだよな。


「大丈夫だ、珠奈様は無駄遣いするようなお方でない。物欲があまりないのか、買うのはいつも本ばかりだ」


 さらっと人の心を読んでくるのはなんなんだろうか。顔に出した覚えもないし、この時代に来てから心が読まれ過ぎているような気がする。ひょっとすると自分では隠せていると思っているだけで本当は隠せていないのか。


「ほら、何をぼさっとしているんだ。珠奈様たちは次のお店に向かわれたぞ」


 千順の視線の先にはすでに店から出た久志たちの姿があった。久志の手にはお店のマークの入った紙袋を持っており、気に入った服を一着買ったようだった。盗聴器って便利だな、多少目を離していても何をしていたのかすぐに会話から分かるし。


 良くないと分かりつつも盗聴してしまっているのはまずいな。いくら2人のデートが上手く行くかどうかを確かめるためだとしても。とはいえ、僕が止めたところで千順は盗聴を続けるだろうし、今回限りということにしよう。


 2人はまだ時間があるということで、本屋に寄るらしい。どうやら久志は僕と考えたプランよりもミナが行きたいところに合わせて場所を決めているようだ。


 うん、それは全然いいと思うよ。興味のないところへ行くよりもミナが楽しいと思える場所に行った方がいいからな。ただ久志よ、それができるなら僕がプランを考える必要はなかったよな……


     *


 その後も久志は上手くミナをエスコートしながらデートを続けた。本屋に行ってはミナのおすすめの本を一緒に買ってみたり、映画も事前に席を予約していたので、時間通りに観ることができた。


 さすがに僕の映画のチケットまでは取っていなかったので、映画が終わるまで外で時間を潰そうと思っていたのだが、千順が僕の分まで予約していてくれたため一緒に観ることになった。もちろん、席は2人から離れた場所ではあったが。それにしても準備が良すぎでしょ……


 そして肝心の映画も小説の世界をしっかり表現していて楽しむことができた。それはもう2人のデートを尾行することを忘れるほどには。


『どうでした、今日一緒に観た映画は?』

『まさか、主題歌が伏線になっているとは思わなかったよ。凄く観てて楽しかったよ』


 予約していたレストランで夕食を食べながら、久志たちは映画の感想を言い合っていた。


「心配する必要ありませんでしたね」

「そうだな、これ以上は盗聴する必要はなさそうだ」


 そう言って、千順は僕に預けたイヤホンを回収する。そして僕たちは店を出ることにした。


「デートの残り時間はあと少しだが、せめてこの時間ぐらいは自由にさせてあげても良いだろう。私は珠奈様が店から出たところでさりげなく合流するつもりだ。恭也はどうする?」

「僕はもう帰ります。僕が付いてこようと思ったのはいざという時に久志をフォローするためでしたから。今日一日観察して大丈夫だと分かったので、これ以上僕が2人を尾行する理由がないです」

「そうか、ならここで解散だな。ありがとう、珠奈様のために行動してくれて」


 これは僕がしたいと思ってしたことだ。それにお礼を言われるような必要はない。 


「ミナに何かあれば、これからも動きますよ。なんて言ったって、ミナは僕の妹みたしな存在ですから」


 妹という言葉に千順はクスっと笑った。吾郎と同じようにミナの方が誕生日は早いとでも思ったのだろうか。


「そうか、妹か。ならお兄ちゃんは妹をしっかり守らないとな」


 バカにするわけでもなく、その目はいたって真剣だった。ミナが命を狙われる可能性があるからこそ、いざという時は守って欲しいということだろうか。


「そのつもりです」


 僕がこの時代に来て大きく変わったことはミナと関わったことだ。それが何を意味するのか分からないが、ミナを守ることが正しいことだと信じて生きていくつもりだ。


 それじゃあ、と手を振り僕は千順と別れた。久志たちに見つかった時の言い訳を考えるのも面倒だし、さっさと退散することにする。僕は背を向け、歩き出すと、


「恭也が頑張るのなら、姉の私も頑張るとするか」


 ボソッと、そのような言葉が聞こえた。明らかに千順の言葉だった。ミナに姉弟はいないと言っていたはずだけど、龍ヶ崎家のことだし複雑な事情もあるのだろう。あえてそれには触れず、僕は足早にその場から去った。


     *


「それで、なんであたしはあなたと一緒にこんな時間までいるのかな」


 不満を隠すこともなく、本音をぶちまけた相手は今日あたしを呼び出した人だ。


「すまないな、この2人のデートは今までにないことだったのでな、少々警戒した」

「あっそ」


 突然、連絡が来たかと思えば、ミナちゃんの後を追いかけるだなんて何を言ってるのとしか思わなかった。


「それで収穫はあったの?」

「いや、奴らが動き出している素振りは見受けられなかった」

「え~、あたし無駄な時間を費やしただけじゃん」


 せっかくの夏休みをくだらない尾行に費やすぐらいなら、恭也くんと遊びたかったな~。恭也くんも恭也くんだよ。


「というか、恭也くんと一緒にいたあの女の人は誰?」

「あの人は龍ヶ崎珠奈の専属のSPだ」

「そのSPがなんで恭也くんと一緒に居るわけ?」

「それは私にも分からないことだ。そもそもあのSPに関する情報がまるでない。出生も分からなければ、苗字すら分からない。徹底的に情報が隠されているということだろう」


 あたしたちをこの時代に連れてきたこの人ですら知らないというのは一体何者なんだろう。それにしてもなんだか、恭也くんと距離が近くてモヤモヤする。


「何かあればまた連絡する」

「え~、まだ付き合わされるの?」


 あたしの言葉に対しての返答なのか、鋭い眼光であたしを睨みつけてくる。


「忘れたのか? お前にタイムリープの機会をやっただけじゃなく、いくつか条件をのんでやったよな?」

「はいはい、忘れてないですよ。ちゃんと覚えています」

「ならいい、余計なことはせず、私に従っていればいいんだ」


 偉そうな人。まぁ、実際に元の時代では本当に偉かったのだから間違ってはいないんだけど。


「でも大丈夫なの? 恭也くん、だいぶあなたのことを探そうとしているみたいだけどね、謎野さん」

「別に見つけたければ見つければいい。そもそも私にたどり着くことは計画の範囲内だ」

「どういうこと?」


 少しぐらい焦るような反応が見れるかと思っていたけど、彼は至って冷静であった。


「お前ごときに私の計画が分かるはずないだろう? 長嶺結夏。お前はただ私の指示に従う駒の1つでしかない。それに内海恭也も私の駒に過ぎない。無駄なことをいつまでも話してないで、さっさと帰れ。ここで見つかったら面倒なことになるのはお前だってそうだろ?」

「分かりました。帰りますよ」


 ここで反抗したところで彼は意見を変えることはない。すでに壊れている人だから。


 あたしを駒のように扱いたいみたいだけど、そう簡単に行くとは思わないで欲しいな~。今は反抗するメリットがないから従っているだけ。もし、デメリットの方が上回ればあたしは容赦なくあなたを切る。


 でもそれよりもあたしが気がかりなのは、千順と呼ばれるSPのこと。ミナちゃん、そして恭也くんとどんな関係か分からないけど、あたしの計画にも支障が出そうだしあたしの方でも調べてみようかな。 

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