第49話 恭順

 吾郎から龍前家の生き残りを説得しろと言われたわけだが、どうすべきであろうか。夕才高校にいるということぐらいしか教えてくれなかったことだし、手掛かりが少ないからな。


 そんなことを考えながら帰路についていると、後ろから当然声を掛けられた。


「待ってくれ、話がある」


 声を掛けてきたのはミナのSPである千順であった。ミナが近くにいるわけでもなく、わざわざミナから離れてまで僕に話があるとは一体用件はなんなのだろうか。


「僕に話ってなんですか?」


 このあと用事が入っているわけではないが、吾郎との対話でかなり疲れている。できれば話は早々に切り上げたいところだったが、


「立ち話で終わるような話ではないからな、そこにファミレスもある。そこで話さないか?」


 これは話が長くなりそうだなと直感する。


「そう心配するな。お金のことだろ? もちろん私が払うから大丈夫だ」


 何を勘違いしたのか、僕がファミレスに入ることを渋っているように見えたようだ。アルバイトもしているわけだし、そのぐらいのお金であれば別に問題があるわけではない。ただ単純にこれ以上面倒事に巻き込まれたくない、その一心だった。


 そのことを説明しようにもそのまま伝えれば角が立つことは明らかであるし、どう切り出そうかと考えているうちに僕はファミレスに連れ込まれた。


 店員に案内された席に着くなり、千順はメニューを開きすぐに注文を決めた。


「私は日替わり定食でお願いします」


 あ、がっつり食べる感じなんですね。話をしたいとのことだから軽い物を注文するかと思っていたが、お昼代わりにでもするのだろうか。お前はどうするんだと視線で促されたので、この季節限定のスパゲティを頼むことにした。


 今の時刻は14時であるが、吾郎と話すという緊張からか食事も喉に通るわけもなく昼食を抜いていたので、ちょうどいいといえばちょうど良かった。


「それだけで足りるのか?」


 千順は僕が頼んだものの写真を見て首を傾げた。僕の頼んだスパゲティはそこまで量は多くない。千順自身が頼んだものの量と比べて物足りなさを感じたのだろう。


「普段から小食なので」

「そうか……」


 僕が普段食べる量は男子高校生の平均で、小食というほど食べないということはないが、千順からの話というだけでもすでに胃が痛い。注文した料理を残すわけにもいかないので、少なめの量を頼んだだけのこと。


「急に声を掛けたのは、恭也お前に頼みがあったからだ」


 千順は注文が終わるなりすぐに話を切り出してきた。まぁ仲良く話す間柄でもないし、そちらの方が会話が途切れずこちらとしても助かる。


「それで頼みというのは?」

「珠奈様のことです」


 僕に頼むようなことなどそれ以外にはないか。千順の顔からは焦りのような表情は見えないし、大した相談ではなさそうだ。


「珠奈様は久志さんとのデートを楽しみにしています」

「はぁ、そうですか」

「なんですか、その興味なさそうな顔は」


 そうですか、ということ以外に感想は浮かばなかった。ミナが楽しみにしているのは今日会った時に分かっていたことだし、千順から聞いたところで他に感じることなどない。


「人の恋愛話なんてそんな反応にならないですか?」


 恋愛話が嫌いという訳ではないが、すでに成就してしまったカップルの話にはあまり興味が湧かない。ラブコメの漫画やアニメを見ていても、主人公が誰かとくっついたら途端に飽きてしまうタイプだ。


「珠奈様の恋愛ですよ。興味持たないわけないじゃない」


 この人怖い。もうあれだ。絶対ミナのことをただの護衛対象として見てないんじゃないだろうか。


「千順さんのミナに対する考えはよく分かりました。それで千順さんはミナのデートが上手く行くか不安に思っているですね」


 会話の主導権を千順に渡しておくといつまで経っても本題に入らなさそうだから、こちらから話を進めさせてもらう。


「そうです。久志さんを悪くは言いたくないのですが、ちゃんとしてデートプランを立てられるのか心配でして」


 それに関して同意見だ。ミナとのデートを渋っていたことから察するにまずどうデートに誘おうか悩んで決められなかったのだろう。正史で一度フラれているとなれば慎重になり過ぎているのも無理はないか。


 まぁ、龍ヶ崎家のことを知った今、久志の前からミナがいなくなったのは単純にフラれたということじゃないかもしれないから、デートにそこまで心配する必要もないんだけどな。


 それを久志に伝えてもどうとなるわけでもないので、どう久志のデートプランに介入できるかだが……


 その時『ブー、ブー』と携帯が震えた。確認してみれば、久志からのRIMEであった。


「まぁそこまで心配にならなくても大丈夫ですよ」

「そうなのか?」

「はい、久志からSOSが来ましたから」


 僕は笑って久志とのトーク画面を千順に見せた。


『ミナとデートすることになった。どんなデートをすればミナが喜んでくれるか分からないから恭也も何かアイデアを考えてくれ』


「先程久志さんのデートプランには不安があると言ったのは私ですが……、彼にはプライドとかないんですかね」

「ミナの前だけでかっこつけられればいいんですよ。久志にとっては」


 僕たちは顔を見合わせてクスっと笑った。そして千順はすっと席から立ちあがった。


「恭也がデートプランを立ててくれるならもう心配はないな」

「僕のこと信用してくれてるんですね」

「まあな。……のことを疑うわけないだろ?」

「今なんて?」


 周りがうるさかったわけでも僕の耳がおかしかったわけでもない。千順が明らかに小さな声でしゃべったがゆえに言葉の一部を聞き取れなかった。


「いやなんでもないさ。それよりも珠奈様のデートの方を頼んだぞ」

「最後に一ついいですか?」

「なんだ? 私のタイプか?」

「いえ、興味はないです」

「つれないな~」


 いちいち冗談にも付き合ってられないので軽く流す。



「ミナってどんなところに行きたいとかあるんですか?」

「久志さんとのデートだったらどこでも楽しんでくらっしゃるだろうな」


 うーんそうなると、こちらで場所とかを全部決めないといけなくなるか……


「ああ、そういえば珠奈様の好きな小説が映画になっていると聞いたな。それなら珠奈様も行きたいと思うんじゃないか」


 映画か……、確かにいいかもしれない。会話のネタも困ることがなくなるだろうし。


「どうするかは全部任せるが、決まったら私に教えてくれ。もちろん珠奈様には内緒で頼むぞ」


 千順はそう言い残し、喫茶店から出て行った。


 

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