第48話 跡継ぎ②

「恭也、お前さんはミナのことをどう思っているんじゃ?」

「どう……ですか?」


 これが最初の会話であったのならば、本好きの友達です。とだけ答えて終わっていたと思う。だけれど、先ほどの会話から考えるにそんなありきたりな答えを求めているわけではないのだろう。


「僕にとってミナさんは……」


 本が好きだという共通な趣味もあり、笑う姿がとてもかわいいと思いつつもミナには恋のようなものは好きという感情は生まれることはなかった。ミナに対するその感情は、恋愛というよりかは……


「妹みたいな存在ですね」


 妹。ミナは僕にとって妹みたいな存在であった。もちろん僕には姉弟はいない。生き別れの姉弟がいるというのもありえない。それゆえに自分に妹がいたらこんな感じだったんだろうなと思ってしまう。


「妹じゃと? ミナはお前さんよりも誕生日が早かったと思うが、姉ではないのか?」

「自由気ままなあの態度を見ているとどうしても姉というより妹と思ってしまいますね」


 吾郎が指摘するように僕の誕生日は12月15日、そしてミナは6月14日で、ミナの方が誕生日は早い。だが実際にはタイムリープしたことで僕の方がミナよりも6歳年上みたいなものだ。もし、タイムリープする前にミナに出会っていたとしたら今とは違って見えたかもしれないが、今の僕からしたらミナは妹みたいな存在だ。


「お前さんの前では、ミナは素を見せているんじゃな」


 僕の答えに満足したのか、先程まで鋭かった眼光が少しだけ緩んだように感じられる。なんだかんだ、龍ヶ崎家の当主であっても孫のことは大好きなんだろうな。


「それではミナの兄として龍ヶ崎家を支えてくれるな」

「何故そうなるのですか!」


 僕は強めにツッコむ。流れで「はい」と答えそうになるところだった。というかさっきからいったい何なんだろうか。


「どうしてそこまで僕に継がせたくなるんですか?」

「ミナから聞いておるじゃろ。私には娘しかできなかったと。そしてその娘も女の子しか生まれなかった。もし儂に息子か男の孫がいたらとっくに継がせておる」


 後継者は女よりも男という差別的な考えをしているようにも思えるが、ミナも当主になりたければなれるのに断っていたことを聞くに、自分の娘にも自由な道を選ばせていたのだろう。それで何十年もの間、当主としてやってきたが、そろそろ自分の限界に気づき始めたのかもしれない。


 そういうわけで跡継ぎを探そうとしているのは分かるが、だからといって、何故僕なのだろうか。龍ヶ崎家とはミナという友達がいるだけの関わりしかないというのに。


「それほど後継者が欲しいならわざわざ僕を選ばなくても分家の人たちがいるじゃないですか」


 蒼龍家や天龍家といった分家が龍ヶ崎家には存在している。もし、龍ヶ崎家に後継者がいないのであれば、その両家から探せばいいはずだ。そのための分家でもあるのだろうし。


 だが、吾郎の顔は険しかった。ひょっとすると龍ヶ崎家と分家の関係は僕が思っているものと違うのかもしれない。


「お前さんが言う分家とは、天龍と蒼龍のことじゃろ?」

「はい」


 龍前家が潰れたことで今力のある分家は両家だけ。この両家以外に分家と言われて挙げる家名はないだろう。


「儂は天龍の奴にも蒼龍の奴にも龍ヶ崎家を継がさせることだけは絶対にない。もし後継者が見つからないようなことがあれば、龍ヶ崎は儂と一緒に死ぬ運命にある」


 つまり、吾郎が死んだのと同時に龍ヶ崎家は解体するという意味なのだろう。そこまでして両家に継がせる気はないのだ。


「失礼を承知の上で聞かせてもらいますが、何故天龍家にも、蒼龍家にも継がせたくないのですか?」


 吾郎は僕の質問に対して顔色一つ変えることなく丁寧に答えた。そのくらいの質問程度では怒るつもりもなさそうであった。


「あやつらは、自分たちの利益のためなら手段を選ばん。他人が不幸になることも一切考えない。そんな奴らが国を動かせる力を持ったらどうなる? 間違いなく滅ぶことになるじゃろうな」

「そんな風にお考えなんですね」

「なんじゃ、体育祭の時に千順ちよりから聞いておらんのか?」


 千順? 体育祭? 頭の中にそのワードが駆け巡る。そして、そういえばと体育祭でのミナとの一件を思い出した。


 吾郎には息子がいたのだが、何者かに殺されていたということ。そしてその犯人が蒼龍家ではないかと。


 何故それを今思い出してしまったのかと僕は心の中で焦る。自分にはあまり関係ないことだと忘れかけていたのが悪いのだが、よりにもよって息子を殺したかもしれない蒼龍家に跡継ぎを任せればよいではないかという風な発言をしてしまった。


 ダラダラと滝のような汗が流れる。もの凄く失礼、いやかなりまずいことを言ってしまっていた。恐る恐る吾郎の目を見るが、そこには笑みさえあった。


「別に気にしておらんから、そんなおびえた顔をするな。それに表情で相手に情報が分かるようなことはするなと親には言われんかったのか?」

「似たようなことは言われました」


 小さい頃から父に叩き込まれたもの。そういえば、ミナも同じようなことを言われたって言っていたっけ。


「息子のことは残念じゃと思っておる。だから儂は死ぬまでに蒼龍を滅ぼしたいと考えておるのじゃ」


 蒼龍家に対する並々ならぬ復讐心が垣間見える。


「儂も反対したんじゃが、ミナも我儘でな。証拠を集めるといって聞かなかった」

「ミナさんが夕才高校を受験したのもそれが理由でしたね」

「儂としては危険な目に遭ってほしくはないんじゃがな」


 僕も吾郎と同じ立場であったならば間違いなくミナの入学は反対していただろう。それほどまで蒼龍家に対する警戒心は高いはずだ。


「恭也、お前さんに頼みがある」

「後継者にはなりませんよ」

「ダメか」


 何とも諦めが悪いようで、ここまで来たらわざとやっているしか思えない。


「なら、他にやって欲しいことがある」

「なんですか?」

「まずはミナの身を守って欲しいことじゃ」

「それは言われるまでもなく、守るつもりです」


 ここまで事情を知ってしまったこともあるが、僕にとってミナは妹みたいな存在。妹を守るのは兄としての責務だ。


「そして、龍前の生き残りに後継者を継がせてくれ」

「龍前?」

「ああそうじゃ、儂が信頼している分家の1つじゃった」

「でも龍前家は潰れたはずじゃ」

「息子が残っておる」


 確かに息子までの死亡は確認されていないはず。


「でも、手掛かりはあるのですか? 僕は龍前家については詳しくないですよ」

「そのあたりは大丈夫じゃ。龍前の息子はミナと同じ夕才高校に通っておる」


 意外と身近にいるんだな。というか同じ年代なのか。いや待て、


「そこまで知っているのなら龍前家の生き残りが誰か知っているんじゃないんですか?」

「ああ、名前や顔もばっちり知っておる」

「だったら名前を教えてくださいよ」

「それは無理じゃ、当の本人には継ぐ気はないと断られているからな」

「では、僕は何をすればいいんですか?」


 龍前家の生き残りも分かってて、後継者になることも断られている。だとすれば僕にできることなんてあるのだろうか。


「簡単な話じゃ、龍前の息子が継ぐといえば良し、説得できなくともお前さんが次いでくれれば良しじゃ」

「龍前の生き残りを頑張って説得します」

「その意気じゃ。ただ名前は教えられんから自力で探すんじゃぞ」

「え?」


 その後も吾郎に龍前家の生き残りについて聞いてみたが口を割ることはなかった。

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