第45話 不誠実
久志とミナが付き合い始めた夏祭りから数日、僕は久しぶりに夢を見た。それも両親が生きていた頃の僕が小さいときの夢を。
さらに言えば、それは両親と話した最後の日でもあった。両親の死因は交通事故であったと聞かされている。
当時通っていた小学校に親戚の叔父さんから電話があり、事故のことを聞かされた。その後僕は母の兄である叔父さんに引き取られた。
叔父さんも叔母さんも僕を本当の息子のようにかわいがってくれていた。それもあってか、叔父さんたちの許で僕は何不自由なく暮らすことができていた。僕のことを一番に考えてくれて僕の考えを尊重してくれていた。
そんな叔父さんたちには感謝しているが、僕には一つ気になることがあった。それは何故か両親が死んだ日から僕は家に帰らせてもらえなかったことだ。両親たちと暮らしていた家には帰る暇を与えてくれず、葬儀の後すぐに叔父さんたちに連れていかれた。
家に一度帰りたいと言ってみたこともあったが、家はすでに引き払ってしまっていて、もう帰ることはできないとも言われた。
当時の僕は小学生であったから売ってしまったならしょうがないと聞き訳が良かった。だけど、中学生にもなれば、事故の遭ったその日に家を売るものかと疑念が生じ始めた。
そこで昔両親と暮らしていた家があった場所に行くと、すでにそこは空き地になっていた。両親との思い出の場所は跡形もなくなくなっていた。
あれから10年以上が経った。
何故今になって夢に出てきたのかは分からない。両親が亡くなった直後はちょくちょく夢には出てきてはいたが、ここ十数年は出てくることはなかった。
僕が2人のことを忘れてきていると思って夢にまで出てきたのかもしれないな。大丈夫、ちゃんと覚えているよ。
僕は布団から出た。もう少し寝ていたい気持ちに駆られたが、時計を見てみれば10時を過ぎていたので起きることにした。いくら夏休みとはいえ、寝過ぎだな。
現在は8月の中旬、夏休みの宿題はもちろん全て終わっている。宿題を見せてくれと頼んできた久志の連絡は1週間以上無視している。それぐらい真面目にやれと言うものだ。
彼女もできたんだからこれからももっと気合を入れてほしいところだ。いくら龍ヶ崎家の当主がミナの恋人に寛容とは言っても、さすがに限度はあるはずだ。ミナがいつそのことを久志に話すのかは知らないが、それを知った時に自身を誇れるような自分にはなっていて欲しい。
2人が破局することがないようにできる限りは協力するつもりだが、久志が努力しないことにはどうにもならないところも出てくるからな。2学期からはどんどん厳しく勉強を見ていくつもりだ。2年の学年末テストでは学年30位に入ることを目指してみるか。
このタイムリープで変わったことはもちろん久志だけではない。僕自身にも変化が起き始めていた。
夏休みからアルバイトを始めたがそんな些細なことではない。鶴井と結夏のことだ。
タイムリープをした当初は僕は鶴井と関わる気はなかった。もし関わるようなことがあれば、また鶴井に惹かれてしまうことが分かっていたからだ。だから期末テストで一計を案じたが、何故か裏目に出てしまった。
勉強を見てあげた結夏が僕よりも高い点数を取るという思わぬアクシデントもあり、そのせいもあってか、鶴井に手を抜いたと疑われることになった。その流れで次の中間テストで勝負することになってしまったが、正直勝てる気はしない。正史にいくら頑張っても鶴井には勝てたことがなかったのだからな。鶴井に怒られない程度の順位になれるよう頑張るとするか。
そしてここから歯車が狂い始めた。体育祭に向けての朝練に付き合ってもらったり、選抜リレーに説得されて出場することになるなど、正史以上に鶴井と関わる機会が増えた。関わることを避けようと思っていた僕も一度接点を持ってしまった以上無駄だと考えていたら、ここまで関わる機会が増えるとは思いにも寄らなかった。
いや、言い訳を並べても意味がないか。僕は鶴井のことがまだ好きなんだろう。本当に嫌だったら関わることを避けることが何度もできたはずだ。それをしようとしなかったことはつまりそういうことなのだろう。
ただそれが分かったところで僕は何かをするかと言われれば、何もするつもりはない。するまでもなく、結果が見えてしまっているからだ。さすがに無駄なことはもうしない。この気持ちは心にしまっておくつもりだ。
そしてなにより、僕の中での大きな変化は結夏に対してだ。この時代に来て一番関わることが増えたといっても過言ではないだろう。そして結夏と一緒に居ることにとても居心地が良いと感じている。
夏祭りでは気持ちが昂るあまり告白のようなものをしていたかもしれない。あそこで結夏が何も言わなければ正直危なかったのは間違いない。
この時代に来て僕はおかしくなってきている。謎野からの指令で振り回されるだけじゃない。鶴井だけじゃなく結夏に対しても同じような感情を抱いてしまっている。その気持ちを僕がどうしたいのか分からない。
こんな感情を同時に2人に抱くなんて思わなかった。不誠実と言われればその通りだが、抱いてしまった気持ちは変わらない。僕の中でこの気持ちとどう向き合っていくか考えていかなければならない。
そんなことを考えている時だった。携帯からBGMが鳴り出し、誰から電話がかかってきた。相手はミナであった。
『恭也さん、今日の午後って何かご予定があったりしますか?』
バイトも休みであったし、これといって予定もなかったので、何もないと答える。
『あのですね、恭也さんに会いたがっている人がいるのですが、会っていただくことってできますか?』
「予定もないし、全然構わないけど、ちなみに誰?」
『私のおじい様です』
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