第2部 文化祭でも気は休まらない
第1章 吾郎とミナと
第44話 苗字
「ねぇ、お父さん。どうして僕は○○って名乗ってはいけないの?」
僕がそう質問すると、父は笑いながら説明してくれた。
「それは恭也のことを守るためさ」
「僕を守るため?」
「ああ、その名前を名乗ると命を狙われるかもしれないからな」
「漫画とかじゃあるまいし、そんなわけないでしょ」
「杞憂で終わればそれでいいのだが、念のためだ」
あくまでも念のため。どうやら父は理由を話すつもりはないらしい。そう言われても納得できるようなものではない。内心不満を感じていると、
「恭也、感情が表に出ているぞ」
僕はハッとする。これで何度指摘されたことだろう。これでも表情を隠すことはできるようになってきていたのに、つい気を抜くと顔に出てしまうようだ。
「少なくとも、その感情を隠せるようにならないと○○を名乗らせることはできないぞ」
僕はわざとらしく頬を膨らませる。別にそんなことをしなくとも父には表情を読まれるわけだが、当てつけみたいなものだ。
「本当は全ての感情を隠せと言いたいところだが、譲歩してやってるんだぞ」
父はチラッと母の方を見た。その視線を感じ取り、というより最初から耳を傾けこちらの話を聞いていたようで、母はニコニコ笑っていた。
「だって、嬉しい! とか、楽しい! とかの感情を隠しちゃうなんて周りから好かれないじゃない。せめてそっちの感情は見せないと人間らしくないもの」
「ということだ。だから困ったときの顔みたいな自分にとって不利益になるような表情だけ隠せれるようになればいい」
「分かった。それができたら○○を名乗ってもいいんだよね」
父は笑うだけで肯定することはなかった。母もそれを見て笑っていた。僕はそんな風に両親と話す日々が凄く楽しかった。
父と母の笑った顔を見たのはその日が最後だった。そして僕は未だに内海恭也を名乗り続けている。
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