第46話 相対す
「今日は急に来てもらってありがとうね」
「いえ、これといって予定はありませんでしたから」
「お父様、おじい様は今どこに?」
お父様と言われたのは、僕の前にいる男性、龍ヶ崎篤人。ミナの話では婿養子となった人だ。
何故僕がミナの父と話しているかというと、ミナに龍ヶ崎吾郎から会いたいとのメッセージを受け、龍ヶ崎家まで来たからだ。
龍ヶ崎家と聞いていた時点で予想は出来ていたつもりだったが、それにしても想像以上だった。龍ヶ崎家は巨大な屋敷でどこまでが家なのか分からないほど広かった。その後、ミナの父に招かれる形で龍ヶ崎家へ入ることになった。
「もうすぐいらっしゃるんじゃないかな。どうやら厄介な仕事が舞い込んできたみたいだったけれど、さっき見た時にはだいぶ終わっていたみたいだから」
「というみたいなので、恭也さんもう少し待っていただいてもよろしいですか?」
今日は時間は全然あるからと僕は頷く。ミナの父はいつまでも自分がいると邪魔だろうと言うことで、客室から去って行った。
「恭也さん、今日は来て下さりありがとうございます」
ミナは改めてお礼を言ってきた。
「別にそれはいいんだけど、なんで僕は呼び出されたの?」
友達の祖父から呼び出されるというだけでもおかしな状況であるのに、それに加えて龍ヶ崎吾郎ときた。絶対良くないことに巻き込まれるような気がしてしまう。
「私も聞いていないんですよね。でも、おじい様のしゃべり方からは怒りのようなものを一切感じることはなかったので、恭也さんに対して敵意を向けているわけではないと思います」
「それを聞けて少しは安心したよ」
権力者から怒りを買えばそれはもう死と同じだ。ミナとの付き合い方で何か吾郎の逆鱗に触れたのかと思ったが、そういうこともなさそうで安心した。でもそうすると僕を呼び出した用件は何なんだろうか。敵意以外に理由が思いつかない。
あの龍ヶ崎の当主がわざわざ呼び出しているぐらいだ。忙しい身であるはずなのに、どうでもよい用件で僕を呼び出すはずもない。でもそうすると本当に理由が思いつかない。
僕が悩んでいるのを他所に、ミナは出会ってからずっとニコニコしていた。よほど嬉しいことがあったのだろうと、簡単に察せてしまう。
「何か嬉しいことでもあったの?」
悩んでいても時間の無駄だと判断し、ミナと話すことにした。どう見ても話したそうな雰囲気がビシビシ伝わってきていたし。
「えっとですね、先ほど久志さんからRIMEが来たんです」
「ふーん、それで」
「今週の土曜日に初デートをすることになりました」
「はい?」
ちょっと待て、初デート⁉
「ええ、だからデートに」
「待って夏祭りから随分時間経ったよね」
「はい、付き合ってから3週間ぐらい経ってますね」
「……」
僕は言葉を失う。付き合って3週間も経っているのにまだデートもしていなかったとは。いくら何でも奥手すぎるだろ……
「えっと、そのデートってどっちから誘ったの?」
「私からですよ」
おい、久志……。僕は久志に対して呆れる以外の感情が出てこなかった。
「どうやら陸上部の方が忙しいとかでなかなか予定が合わなかったみたいで」
「大会とかもあったからそこはしょうがないか」
夕才高校の陸上部は全国でも優秀な成績を残しているし、夏休みの練習も自然と多くなる。そっか、ちゃんとした理由があったんだな。てっきり久志のことだからヘタレたのかと思ったぞ。
「あ、これトーク履歴です」
ミナが見せた画面には付き合い始めてからの2人のやりとりで、僕が見てもいいのかと思うが、見せてきたのだから良いのだろう。やりとりの中に、『今週の日曜日は空いていますか?』などのミナからの予定を聞くようなものがいくつか見られた。
「あいつ……」
「どうかしました?」
「いや何でもない」
久志はミナから提示された日をすべて部活で忙しいと断っていた。だけど、アイツが断っていた日はすべて部活なんてやっていなかった。何故僕がそのことを知っているかというと、勉強のスケジュールを作るために夏休みの予定を洗いざらい吐かせていたからだ。
つまり、久志は時間があるというのに部活を言い訳にしてミナとのデートを避けていたということだ。やっぱりヘタレだ。
ただ、今回に関しては『部活が無いと聞きましたので、この日はどうでしょう』と先手を打たれていた。これには久志も観念したのか、『大丈夫』と返信していた。言葉しか見えないが、もう後には引けず渋々受け入れた情景が容易に想像つく。
「ちなみに、なんでこの日は部活が無いって知っていたの?」
「SPである
あのSPの名前、千順って言うんだ。これまで名前は聞くことがなかったからな。ずっとSP呼びしていたよ。
たぶん千順は気づいただろうな、久志がミナとのデートを拒んでいた理由。それで部活が無いことをミナに伝えて先手を打たせたということだろう。彼女と関わったことはそれほどないが、それでも洞察力が高いと思える人物だった。
「楽しめるといいね、久志とのデート」
ミナは少し顔を赤らめながら「はい」とだけ答えた。ここを無事に出たらやることは決まった。帰ったらすぐにでも久志に連絡を取る。楽しみにしているミナを悲しませることだけはしてはいけないと強く感じた。
その時、スゥーっと襖が開いた。そちらを見れば、僕を今回呼び出した張本人、龍ヶ崎吾郎が立っていた。
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