第42話 曖昧な感情だけを残して
SPから連絡が来た。どうやら2人は無事付き合うことになったらしい。予想外のことといえば、久志の方から告白したことらしいが、僕にはなんとなく予想はついていた。
アイツのことだ。今度こそ彼女を手放さないように努力するだろう。突然ミナがいなくなるようなことが二度と起きないように。
今となってはミナがいなくなったことが僕には大体予想がつく。大方龍ヶ崎家の中で何かがあったのだろう。僕も龍ヶ崎家の後継者争いに片足を突っ込んでしまっている状態になってしまったわけだし、ミナに何か窮地が訪れればSPもこちらに接触してくるはずだ。
だから正史みたいに、何も分からずミナがいなくなるというのは起きないはずだ。来るべき時に備えて覚悟だけは持っておくとしよう。
それにしても意外なのは龍ヶ崎家は恋愛には甘いということだ。久志の家は有名なわけでもなければ、本人に何か突出しているものがあるわけでもない。強いて言えば足が速いぐらいだが、それだけでは交際することを反対されそうなものだけれども、SP曰く、余程のダメ人間、もしくは危害を加える人物でなければそこらへんは自由のようだ。
経歴だけで判断されてしまったら久志なんて候補にも挙がらなかっただろうからな。ミナにとっては自由に恋愛が出来て良かったことだろう。何故久志を好きになったのか疑問は残ってはいるが、本人たちが幸せなら良いか。
そんなことを考えながら、僕は山道をゆっくり降りていた。花火の場所取りはあらかじめSPの方々が見つけてきたものであり、関係者以外立ち入り禁止することで2人だけの空間を作れるようにしていた。おかげで誰ともすれ違うことはない。
暗い細道ではあるので少し怖いくらいだ。早く抜けきってしまおう。そう思った時であった。
「待て」
誰かに呼び止められる声がした。それも聞き覚えのある機械音の声であった。……謎野がすぐ近くにいるのか。
「動くな。もし動いたら“ミネサヴァ”を起動する」
近くにいるならと素顔を見てやろうかと思っていたが、先に脅されてしまった。そうなってしまったのなら僕はもう動けない。
「それでこんなところで何の用だ」
いつもは電話を掛けてくるだけであった。まさか直接接触してくるとは思わなかった。
「なに、今日は指令を出しに来たのではない。一言お礼を言いに来ただけさ」
「お礼だと?」
「ああ、龍ヶ崎珠奈と楠本久志をくっつけてくれてありがとう。おかげで計画通り進みつつある」
計画……。ミナと久志をくっつけることがか。
「やっぱりお前は龍ヶ崎家と関係のある人物なんだな」
ここまで来たら言い逃れはできないはずだ。指令のことと言い、今日現れたことと言い、すべてミナに関わることだ。これで違うと言う方が無理がある。
「ああそうだ。私は龍ヶ崎家に仕えるものだ」
「それでお前の目的は何だ? どうして僕を巻き込む」
「まだそれを話す時ではない」
またそれか、いつになったら話すつもりなのだろうか。
「次の指令は2学期に入ったらこちらから連絡する。夏休みの間はこちらから接触することもないので、有意義に過ごすんだな」
まだまだ僕は解放してくれそうにないってことか。
「それじゃあ、また連絡する」
「おい、待て!」
動くなと言われたことを忘れ、僕は声が聞こえてきた大木の裏を回り込む。そして何かとぶつかった。
「うわぁ、びっくりしたぁ~」
「え、なんで結夏がいるの?」
何故か、その場には浴衣姿の結夏がいた。とっくに帰っていたのではなかったのか?
「いや~、楠本くんを送ってきた後にね。迷子になっちゃってたんだよ。それで知ってる声が聞こえたから声が聞こえる方に走ってきたら、走ってきた恭也くんとぶつかっちゃったんだよ」
「ごめんね、怪我してない?」
「ううん、大丈夫だよ。それよりも誰か探してた?」
そうだ、謎野は?
「ねえ、誰か見なかった?」
「恭也くんが探している人かどうかは分からないけど、黒い格好の人とすれ違ったよ。帽子と眼鏡をしてたから誰かは分からなかったけど」
「逃げ足が速いな」
「どうしたの? 何か事件とか?」
「ううん、大したことじゃないから大丈夫だよ」
「そう、それならいいけど」
一瞬の隙をついて逃げたということか。暗い山道ではあるし、今から追ったところで見つけるのは不可能だろう。次の指令の時にでも尻尾を掴んでやる。
「それでどうなったの? ミナちゃん上手くいったって?」
結夏もこの件に噛んでいたことで2人がどうなったのか気になるようだった。
「上手くいったみたいだよ。今頃2人で花火でも見ているんじゃないかな」
本当はこと細かに2人の様子がSPから送られては来ているが、それをここにいる僕が知っているのは変であるので、黙って置く。というかSPしつこい。
「それは良かった~」
自分のことのように喜ぶ結夏。最近知り合ったばかりとはいえ、ミナとも凄く仲良くしていたから気が気でなかったのかもしれない。
「ありがとうね、手伝ってくれて」
「全然いいよ。あたしも楽しかったし」
結夏が協力してくれなかったら、久志を連れてくるのは難しかっただろうし、手伝ってくれて本当に助かった。
「まだ時間があるのなら、少し奢るけど?」
「いいの? 実はあたしまだ何も食べていないんだよね」
花火が始まっているおかげで、屋台の方はだいぶ空いていた。みんな花火を見るために場所を移動したのだろう。
「あたし、たこ焼き食べたい」
「じゃあ、買いに行こうか」
たこ焼きを1つ購入して近くのベンチへと座った。結夏は美味しそうにたこ焼きを食べ、幸せそうな顔をしている。その顔を見ているとこっちまで幸せに感じてくるのは不思議なことだ。
「恭也くん、あ~ん」
「僕はいいよ」
「早く食べてくれないと、つまようじからたこ焼きが抜けて落ちちゃうよ」
僕が食べるまで辞める気はないらしく、僕は諦めて受け入れた。
「美味しいでしょ?」
「うん……」
たこ焼きの美味しさよりも恥ずかしさの方が上回ってしまっている。世のカップルたちはこのようなことを恥ずかしげもなく出来ているのか、凄いな。
「美味しかった」
満足そうにたこ焼きを平らげ、ご馳走様まで丁寧に言っていた。
「他に食べなくていいの?」
「まだ食べていいの?」
「たこ焼きだけじゃ足りないでしょ」
「うん、それじゃあ焼きそば食べたいな~」
焼きそば、焼きそばと、口に出すほど気持ちが浮ついているようだ。こんなに楽しそうに食べてくれるなら奢りがいがあるってもんだ。
「あ、そうだ。浴衣可愛くて似合ってるね」
まだ浴衣を褒めていないことを思い出したのだが、結夏の足が急に止まった。
「50点」
「ちなみに何点中?」
「そりゃ100点だよ」
そりゃそうですよね。50点というのは僕の褒め方のことだろうし、それにしても半分か。
「減点理由は?」
「会ってからしばらく経ってるのに、言うのが遅かったからだよ」
結夏と会った時と言えば、謎野のこともあってバタバタしていて浴衣には目が行っていなかった。どうやら結夏はすぐに褒めてくれなかったことに不服らしい。
「でも、ちゃんと褒めてくれたから50点。ありがとうね」
本当にこういうのは反則だと思う。不意に見せる笑顔に思わずドキッとしてしまう。一体キミは何度僕の心を惑わすのだろうか。
*
「花火終わっちゃったね」
「そうだね」
花火が終わりに近づくにつれて屋台も店じまいを始めたので、僕たちは帰路についていた。もちろん、結夏の家まで送るつもりだが。
「今日はありがとう。いっぱい食べちゃった」
「楽しんでもらえたのならなによりだよ」
結夏と今日のこととか、1学期のこととかを談笑しながら歩いていたが、家に近づくにつれて歩くペースがだんだんゆっくりになってきた。
「今日はもう終わりなんだね。楽しかったからもう少し続いて欲しかったな」
「そうだね……」
僕も結夏と過ごした時間はとても楽しかった。まだ一緒に話していたいぐらいに。
「あのさ、結夏……」
「あっ、もう家がそこだからここまででいいよ」
「そ、そっか……」
「送ってくれてありがとね」
バイバイと手を振りながら結夏は駆けていった。
もし、結夏が何も言ってこなかったら、僕はなにを言おうとしていた?
勢い任せにまた過ちを起こすところだったんじゃないか……
僕に芽生えた感情が何かは分かっている。だけどそれと同時に別の誰かの顔がちらつく。初恋か、今の恋か。どちらの感情に従えばいいか分からない。
ただどちらにせよ分かっていることがある。どちらを選んだにせよ、僕は正史と同じような結果になると勘がそう言っている。
僕はこの時代に来て、何をしたかったのだろうか。良い大学に行きたい? 鶴井に認められたい? それともただ普通に恋をしたいのか……
そんな曖昧な感情だけを残し、夏祭りは終わってしまった。
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第1部、残り1話です。
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