第40話 夏祭り
「次はあのお店に行ってみたいです」
花柄の浴衣を纏ったミナは初めての夏祭りに興奮しているご様子だ。
「美味しい?」
「はい! こういったところで食事をするなんて新鮮で楽しいです」
「それは良かった」
何故僕がミナと2人きりで夏祭りに来ているのには理由がある。それは僕がミナの護衛を任されているからだ。
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SPからのRIMEで夏祭りへ行くことをダメだと言われた僕たちは一度解散した後、再び僕の家で集まった。何故そんな面倒なことをしたかと言えば、結夏にミナが龍ヶ崎家だとは知られてはいけないからだ。
結夏がいる状況ではSPが僕の家に訪ねることもできなく、そのためには一度解散する必要があった。結夏は自分よりもミナの方を家まで送ってあげてと気を遣ってくれたことで楽に誤魔化すことができた。
「何故私は夏祭りに行ってはいけないのでしょうか?」
「危険だからです。大勢の人で溢れている場所ではいくら我々でも見失ってしまいます。現に今日だって、トイレの窓から逃げたではありませんか」
どんだけ必死に逃げようとしているんだよ。お嬢様には似つかない行動で笑いそうになってしまう。
「それともなんです? 私たちが付きっきりで護衛してもいいのですか?」
「それは目立つので嫌です」
「なら我慢してください」
ぶーっと口を膨らませ無言を圧を掛けるミナであったが、SPには効かないとわかると、助けを求める眼差しで僕を見てきた。
そんな顔で見られれば助け舟を出さないわけにもいかないが、それよりも僕には気になることがあった。
「どうして僕たちの会話があなたたちに筒抜けだったんですか? まるで盗聴してたとしか思えないのですけど」
「ええ、盗聴器を仕掛けてましたから」
SPはミナに盗聴器を仕掛けていたことを隠そうともしなかった。
「盗聴器なんてどこに仕掛けたのですか? それらしいものは見当たりませんけれど」
「ええ、龍ヶ崎家独自開発の超小型盗聴器ですから、お嬢様の着けている髪飾りに忍ばせていただきました」
「いつから?」
「夕才高校へご入学されてからです」
どうやら1年以上もミナの学生活は盗聴されていたようだ。ミナは髪飾りを外し、そのままぎゅっと握り潰した。
「おかしいと思ってはいましたが……。おじい様らしくないプレゼントしてきた時点で疑うべきでした」
つまり、今までの僕との会話は全て聞かれていたわけか。ミナに対して悪いことを言っていないか心配になる。
「年頃の女の子の私生活を盗聴したということで、おじい様に文句を言わなければ」
「ご安心を、私しか聞いておりませんので」
「それでも嫌なものは嫌です」
誰が好き好んで盗聴されたがるだろうか。よほどの変態でもない限り盗聴なんてゴメンだ。
「罰として、夏祭りに行く許可を下さい」
「それは絶対にダメです」
このまま2人が話していても決着はつかないだろう。そろそろ僕も疲れて来たし、何より誰かが訪ねて来た時にこの状況を説明をするのもめんどくさいので、早く話を終わらせるとしよう。
「金山さんが夏祭りに……」
「ミナです」
「……」
金山と呼ばれることが嫌なのかすかさず訂正を加えてくるミナ。盗聴されていたことだし、今更呼び方を変えても意味はないか。
「ミナさんが夏祭りに行くのを認めてください」
「ダメだ」
「多分、認めてあげないとまた逃げ出すことになると思いますよ」
「今度はトイレからの逃走はさせない」
「他にも逃走ルートはあるんですけどね」
「……」
大人しい子かと思っていたが、どうやら意外と活発な子なのかもしれない。
「変に撒かれてしまうよりは、最初から許可を出しといた方が良いと思いますが……」
「だが、お嬢様が大勢の人の中に紛れてしまうとなると」
「ミナさんが用があるのは花火だけです。あらかじめ、場所を取っておけば、SPも監視はしやすいでしょう。それなら花火が始まる時間になってきてから来れば、見失うこともないんじゃないですかね」
あくまでミナの目的は久志に告白することだ。それなら花火大会で久志と合流してそこで告白すればいいだけだからな。我ながらいいアイディアだ。
「お嬢様は納得しておられないようだが」
「え?」
ミナの方を見れば不服そうな顔をしていた。本来の目的忘れていませんかね。
「私は屋台とかいうお店も回ってみたいです」
もぅ~、せっかくいい感じに交渉できると思ったのに。少しぐらい妥協をしてほしいよ。でも、年頃の女の子と考えればお祭りをめいっぱい楽しみたいものか。
「ハァ……、分かりました。特別ですよ」
「いいのですか?」
「ただし条件があります」
「条件?」
「はい、楠本久志とかいう男と合流してもいいのは、花火大会から。それまでの時間は恭也さん、あなたがお嬢様を護衛してください」
「僕が⁉」
――――――――――――――――――――――――
ということがあり、僕がミナを護衛する代わりに夏祭りへ行くことが許可された。一体何故僕がこんな目に遭っているのだろうか。龍ヶ崎家とは関係のない家柄なはずなのに、ミナの正体を知ったばかりにいろいろと巻き込まれているような気がする。
まぁこんなかわいい子と一緒に夏祭りに出かけることが出来ていると考えて多少の面倒事には目をつぶろう。世の中にはかわいい子とデートしたいと思ってもできない男もいるのだから。
ミナには内緒ではあるが、あらかじめどの屋台へ行っていいかは決められている。わなげや射的などは縛りはないが、飲食店だけはすでに店の名前と位置が写真付きで送られてきている。
毒でも盛られていたら大変だからと、わざわざ龍ヶ崎家の人間がいくつか店を出しており、食事をする際はそこで購入しろとのことだった。ミナがそのことに気づいているかは分からないが、楽しめていそうなのでその辺は大丈夫だろう。
「花火まであとどのくらいですか?」
「あと30分ぐらいかな?」
花火を見る場所は事前にSPが確保してくれている。移動時間も考えれば、あと行けても1店ぐらいだろうか。
ちなみに、久志の方だが結夏が連れまわしてくれており、時間になったら確保している花火の場所へと合流する予定だ。もちろん久志には内緒だ。今回ばかりはバッタリ会うわけにはいかないので事前にエリア分けをしている。だから久志と会うことは花火の時間までないので安心して回ることが出来ている。
「じゃあ、最後にあれをやってみたいです」
「射的か……」
客足も段々と減ってきているようでそこまで並ぶ時間は要さなかった。200円を払い弾を5発渡される。
「やってみます」
1発、2発目は初めてやることもあってか、全く違う方向へと跳んでいく。
「難しいですね」
3発目にして狙っていた人形に掠り、4発目にして見事的中した。小さな人形ではあるものの、自分で倒して手に入れたことに喜んでいるようだ。店員のおじさんから人形を手渡されると、目をパチパチさせながら少しの間眺めていた。
「ミナちゃん、もう1発残ってるよ」
「そうでした」
もう少し余韻に浸らせてあげたかったが、時間もそんなに残ってはいない。最後の1発を打ち終えたら、すぐに向かうとしよう。
「恭也さん、また当たりました」
初めてやったとは思えないほどの上達スピードで、1発しかなかったというのに、ブレスレットを手に入れたようだった。
「上手だね」
「楽しかったです。……恭也さんはやらないのですか?」
「僕はあまり射的は得意じゃないから」
「私だけ楽しんでしまってなんだか申し訳ないです……、そうです! こちら恭也さんに差し上げますね」
ミナが差し出してきたものは先程手に入れたばかりの鳥のようなものが刻まれているブレスレットであった。
「いいの? せっかく獲れたのに」
「はい、今日のお礼です。それに恭也さんにはいつもお世話になっていましたから」
「そういうことならありがたくいただくね。ありがとう」
僕は受け取ったブレスレットを左手にはめる。大きさもちょうどよく、着けているのが気にならないほどぴったしハマっている。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
「そうだね、結夏たちも動いているかもしれないから慎重に行こうか」
夏祭りを十分に満喫したミナは、いよいよ今日の本題へと向かう。
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第1部、残り3話です。
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