6章 夏祭り、それは恋の予感

第39話 親しくなったなのなら下の名前で呼んで欲しい。

「金山さんは100歩譲って分かる。だけど、長嶺さんはどうしてここにいるの?」


 金山が訪ねて来たわけはなんとなく察してはいる。だが長嶺の方は全く分からない。


「それは面白そうな予感がしたからだよ」

「ハァ……」


 のんびりと家で本を読んでいる夏休み初日、突然チャイムが鳴り響いた。現在久志とは顔を合わせにくい状況であるので、久志が訪ねてくることはない。誰であろうかとドアを開ければ、不思議な組み合わせの2人組であった。


「2人とも僕の連絡先は知ってるんだから、家に来るなら前もって言って欲しかったよ」

「すみません。男性の家に行くのはこれが初めてのことでして、緊張して連絡するのを忘れていました」


 本名を隠しているが龍ヶ崎家の御令嬢だ。むやみに男の家に赴くのは龍ヶ崎吾郎が許さないだろう。


「よく許してもらえたね」


 長嶺は金山の素性を知らないので、聞こえないように耳打ちした。


「いえ、反対されることが分かってたのでSPを撒いてきました」


 ぼそぼそと小さな声からとんでもないことを聞かされ僕は背筋が凍った。これバレたら今度こそ殺されるんじゃないだろうか。


 事の重大さが分かっていないのか、金山はニコニコと笑っている。少しSPが可哀そうに思えてしまった。


「それで長嶺さんはどうして僕の家に?」

「えっとね~、暇だからどこか遊びに行こうと思ったら1人でいるミナちゃんを見つけてね。話を聞いたら内海くんの家に行きたいみたいだったから連れてきてあげたの」

「それはどうもありがとう」

「ええ⁉ 何で内海くんがお礼を言うの?」


 長時間、金山を一人にしていたら危機が迫っていただろうし、長嶺が彼女を連れて来てくれたのは本当に助かった。


 SPも心配しているだろうし、前回交換した(半ば無理矢理に)連絡先に僕の住所を貼って迎えに来るよう連絡しておこう。


 すでに『お嬢様はそちらに行っていないか』という旨の連絡が来ていたからな。誤魔化した後の報復が怖いのですぐに連絡させていただく。


「というか、金山さんって長嶺さんと仲が良かったっけ?」

「いえ、先ほど初めてお会いしました」

「そうなのか?」


 長嶺は金山のことをミナちゃんと読んでいたしてっきり元々仲が良かったのかと思っていたが、そうではなかったらしい。相変わらず距離を詰める速度は尋常じゃないな。


「内海くんこそ、ミナちゃんとだいぶ親しいみたいですけど」

「それはお互い本好きだったしね」

「ミナちゃん、内海くんのこと下の名前で呼んでるし。さすがに仲が良すぎないかな?」

「それは私がお願いしてそう呼ばせてもらったんです。私にはあまり友達はいませんでしたから、下の名前で呼ぶというのに憧れがありまして」


 門限もあったりとその辺は厳しかっただろうからな。自由に使える時間も図書館にいたりと、積極的に友達を作ろうとはしていなかったのだろう。


「じゃああたしのことも下の名前で呼んでいいよ」

「それじゃあ、ええっと結夏さん」

「えへへ、かわいいな~ミナちゃんは」


 お人形を扱うかのようにギューッと抱きしめる長嶺。急に抱き着かれて赤くなる金山。僕はこの空間に一緒に居ていいのだろうか。なんだかありがたいものを見せてもらったような気がする。


「それと、ミナちゃんが内海くんのことをしたの名前で呼ぶならあたしも呼んでもいいよね?」

「別に減るものでもないし、好きに呼んでくれていいけど」

「うん、じゃあ恭也くんって呼ばせてもらうね」


 恭也くんか……、何年ぶりにそう呼んでもらえただろうか。僕のことをそう呼ぶのは長嶺だけであった。なんだか当時のことをおぼいだしたかのように懐かしく感じる。


「それと、恭也くんもあたしのことを下の名前で呼んでよ」

「ええ、僕も?」

「いいじゃん、あたしは呼んでるんだしね」

「分かった、じゃあ結夏さん。でいい?」

「さん、はいらない」

「えぇ~」

「ほら早く~」


 女子の名前を呼び捨てにすることに抵抗はあったものの、呼び捨てをさせようと楽しそうに要求する長嶺と、その様子をほほえましく見ている金山を見て根負けしてしまった。


「結夏……これでいい?」

「うん」


 パァっと顔が明るくなり喜びを見せる長嶺。そして何故か不服そうにする金山。先程まで微笑んでいた表情はどこへ行ったのやら。


「ずるいです。私のことは下の名前で呼んでくれませんのに……」


 どうやら自分だけがいつまでも苗字の方で呼ばれていることが不満のようだ。結夏に聞こえないように耳元でそっと囁いた。


「いやだってほら、久志のこともあるし、それに龍ヶ崎家の御令嬢を下の名前で呼ぶっていうのは」


 勘弁してくれという意味で伝えたつもりたのだが、本人的には納得がいっていないようで、ご機嫌ななめなご様子。


「じゃあ、僕も結夏みたいにミナちゃんって呼ぶことにするよ」

「はい、それでお願いしますね」


 不機嫌なままでいられるのも嫌だし、2人とかでいる時はそう呼ぶとしよう。周りにSPがいると分かった時には金山さんに戻すけど、それで文句はないはずだ。


 なんかどっと疲れた。疲労感だけで言えば、先日の体育祭よりも感じているような気がする。気を遣うのって結構疲れるんだな。


「それで、ミナちゃんが僕のところに来たのって、あの件について?」

「はい、いい案が思い浮かばなかったので、恭也さんの知恵を借りたくなりまして」

「あの件って?」


 結夏はミナが久志のことを好きだとは当然知らない。この話を進めるなら結夏にも説明する必要があるが、ミナはどうなのだろうか。結夏に知られたくないのなら一度解散してまた集まるしかないが……


「私が楠本くんのことが好きで告白の手伝いをしてほしいということです」

「ええ、言うの⁉」


 まったく隠すことなく正直に話す彼女には驚きが隠せない。そういうのってできるだけ隠したいものじゃないのか? それとも女子の世界では普通のことなのか?


「結夏さんはお友達ですし、それに聞かれても問題ではないですから」


 さすが、龍ヶ崎家の御令嬢。どっしりとした構えだ。


「へえ~、ミナちゃんって楠本くんのことが好きなんだ。どの辺が?」

「それについては内緒です」

「ええ~気になるよ。教えてよ」

「内緒です」


 好きな人は教えても好きになった理由は教えてくれないのか。僕もその理由とやらは聞いてないから告白が成功した後にでも聞いてみたいな。


「む~、そこまで言うなら今日のところは諦めてあげる」


 これ以上聞いたところで口を割らないと判断したのか、結夏はミナの口を割るのを諦めたようだ。


「それで告白を手伝ってほしいっていうのはどういうことなの?」


 僕とミナは今まで起きたことについて結夏に説明することにした。


「あ~、それはタイミングが悪かったね」

「そうなんだよ。まさか久志が校舎裏に来るとは思ってもなかった」

「ですが、私はまだ諦めてませんよ」


 事実、今回のことは完全に誤解であるのだから、それでやる気を失うというのもない。むしろ早く誤解を解きたいというのがミナの心の中にはあるだろう。


「それじゃあ、これなんかはどうかな?」


 話を聞いていた結夏が携帯を開き、僕たちに画面を見せた。


『8月2日花火大会のお知らせ』と書かれたホームページ。


「この花火大会で2人きりになって、告白するのはどう?」

「いいです!」


 ぱあっと目を輝かせて食い気味に賛成したミナ。よっぽど気に入ったようだ。


「じゃあ、そのためにも計画を立てよっか」

「はい」


 結夏が花火大会での計画を立てようとした時、僕の携帯が震えた。


「怖っ」

「どうしたんですか?」


 僕はそのままRIMEに来たメッセージをミナに見せた。そのメッセージはSPからであり、夏祭りに関するものだとすぐに分かった。僕はその文面を見て恐怖を覚えた。


『ダメです』


 これどっかに盗聴器仕込まれてないか?

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