第35話 契約

「それで話って言うのは?」


 周りに誰もいない場所に着くなり、俺は長嶺に呼び出した原因を聞いた。


「いったい何をしているのキミは?」

「何をしているって、全力で走り切った人に対して言う言葉がそれか?」


 口を開くなり長嶺の言葉には怒気が含まれていた。普段の彼女からは見られない姿であるので、場所を変えたのだろう。


「全力? それならなんでゴール直前にスピードが緩んだの?」

「それは……」


 ゴールギリギリまではレースに集中していた。それは間違いない。ミナと恭也のことは気になっていたが自然と走るときにはそのことを忘れていた。だけど、ゴール直前、ミナの姿が視界に入った。


「大方、金山さんと恭也くんのことを考えてたんでしょ?」

「何故それを……」


 コイツはエスパーか何かなのか?


「いや、誰でも分かるよ。誰も指摘しないだけで、楠本くんって結構顔に出るからね」


 そうだったのか、自分の顔ってもんは見えないから知らなかったな。


「それで何で気を抜いたか話してくれるよね?」

「はい……」


 俺は障害物競走を終えてから恭也と気まずくなっていることを正直に話した。話を聞いていた長嶺は「ハア……」とため息をつく、呆れていた。


「どう考えてもそれ楠本くんが悪いよね。恭也くん悪い所なんて一個もないじゃん」

「いやいや、あいつ俺の気持ちを知ってるくせに」

「告白から逃げた人が何を言ってるの?」

「うっ……」


 正史では俺はミナと付き合っていた。だけど、今回は俺がそれを拒んだ。それなのに、それで恭也おミナが付き合うようなことになっても文句は言えないはずだ。そのことは自分でも分かってる。だけど、自分の中でその事実を認めたくなかったのだろう。


「それにあのお題のカードだって、恭也くんが言った通りのものだよ。勝手にからかおうとして、誤解したキミに非があるじゃない」

「はい……」


 先程までは立って会話していたのだが、気づけば俺は正座していた。トントンと俺のダメだったところを的確に突いてくるので、立っていられるほどの精神が持たなかった。


「それで本気を出せば勝てそうだったの?」


 お説教はもう済んだのか、長嶺の興味は先ほどのリレーに移った。


「1対1でやればまず勝てない。さっき勝てそうだったのは、あっちは俺と違って1回目と2回目に走る時間が短かったからだ」

「そっか、その絶好のチャンスをキミは潰したんだね」

「本当にすみませんでした」


 ダメだ、やっぱりまだ怒ってる。声だけで怒っているのが分かるぐらいだ。顔なんて見れるはずもない。俺は必死に頭を下げた。


「それでどれぐらい距離があれば勝てそう?」

「へ?」

「だから平井くんとの距離が何mあれば買えそうなのか聞いてるんだよ」

「10m、いや5mあれば勝てると思う……いや勝つ」


 いくらインターハイ出場者とはいえ、5mもあれば勝機はある。俺だってずっと走り込みは続けてきたんだ。プライドがある。


「分かった、じゃあアンカーの楠本くんに5mの差を作れるようにあたしたちが頑張ればいいんだね」

「あたしたち?」


 あたしたちとは言うが、長嶺は選抜リレーの出場者じゃない。それとも他のメンバーのことを言っているのか?


「もうほんと周りが見えてないんだね」


 呆れたように彼女は言った。ミナに顔を合わせないようにすることに集中しすぎて周りを見てなかったのは事実だ。


「さっきの全員リレーでE組から負傷者が2人出たの。1人はC組の転倒に巻き込まれた岩永くんね。もう1人は雪本さんで足を捻ちゃって走れそうにないんだって」

「じゃあ、雪本の代わりっていうのが」

「うん、あたしってわけ」


 まさか選抜リレーのメンバーが2人も交代になるなんて。ただ長嶺も雪本とほとんど変わらない足の速さだったし問題はないか。長嶺は障害物競走以外に出場していないから、個人種目数の制限には引っかからない。


「女子の方は分かった。だけど、男子の方は? 選抜リレーから漏れた足の速い奴は2種目出ちゃってるぞ」

「その辺りは大丈夫。今頃交渉している頃じゃないかな?」

「ん?」


 俺らがここで話している間に別のところでクラスで会議が行われているのか。言っちゃ悪いが、残っているクラスメイトは足が速くない。負けを認めるようなものだぞ。


「代走の方は気にしなくていいよ。ちゃんと勝てる人を選んでいるから。だからキミは平井くんに勝つことだけに集中して」

「おお」


 誰が代わりに走るかは分からないが、俺の相手は平井だ。長嶺がここまで言っているんだ。俺は自分のことだけに集中すべきだ。


「やっと集中モードに入れたようだね」

「ああ、悪かったな。心配かけて」


 そうは言葉では言ったものの、彼女は俺の心配をしているわけではないことは分かっていた。ただ、その先の未来を見据えているだけ。


「全然。ただあたしはさえ守ってくれればいいだけだから」

「はいはい、分かってるよ。お前こそ、約束守ってもらうからな」


 そう俺が言い返すと、長嶺は不敵に笑った。


「安心して、ちゃんとキミをにできるようバックアップはしてあげるから」


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PV2000超えました。読んでくれている方々ありがとうございます。


少しずつ、主人公以外の目的も明かされていきます。

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